Scene3:王子と「魅了」のティータイム
国王は笑顔で彼を迎えた。
「おお、エルリック。ちょうどよかった!公務ご苦労。こちらへ来なさい。ルナ嬢を紹介しよう。」
第二王子・エルリック=ブランフォード。
エルリックの視線は国王からルナへと移った。
ルナの姿を一目見たその瞬間、彼の黒曜石の瞳には一瞬だけ鋭い光が宿る。
そして僅かにも揺らがせることなく、瞳の奥で全てを理解したように見つめていた。
アルドリック国王は、息子の登場に嬉しそうに言う。
「ルナ嬢、紹介しよう。私の次男エルリックだ。そしてエルリック、こちらは……君たちも幼い頃に少し遊んだ、亡き友人の孫娘、ルナ嬢だ。お菓子屋を開く健気な夢追い人だよ」
エルリックは優雅な歩みでルナに近づいた。
一瞬、ルナの瞳に自分の視線を合わせ、彼の口元がわずかに魅惑的な笑みの形に引き上げられた。
その黒い瞳には、女性をドキリと惹きつける"魅了"の力が自然と宿っている。
「……お久しぶりです、ルナ嬢」
低い、響きのある声がルナに届く。
「公務を切り上げ、急いで参りました。お祖父様には生前、父がお世話になりました。そしてルナ嬢が私どもの城に来てくださったこと、心より光栄に思います」
エルリックはそう言うと、ルナの手を取り、まるで古の騎士のように、恭しくその甲にキスを落とした。
その仕草はあまりにも洗練され、そしてあまりにも色気が強く、ルナの心臓を激しく打ち鳴らした。
(これがエルリック王子……?幼い頃の、あの男の子だなんて、信じられない……!)
ルナは、ただただ驚いたように彼を見つめていた。
緊張でうまく言葉が出てこない。
エルリックはルナの手を離すと、ルナの顔を優しく覗き込み、囁くような声で言う。
「ルナ嬢。もしよろしければ……幼い頃のように、私のことは『エル』と、気兼ねなく呼んでいただけますか?」
その魅了的な眼差しには、強い意志が隠されていたのだが、ルナは気づいていなかった。
そしてその光景を、国王の背後に控えて見ていた執事……ウィンは一瞬だけ、王子の黒曜石の瞳に込められた"力"を察知し、その完璧なポーカーフェイスの裏側で、眉をひそめた。
(殿下は、ルナ様を一瞬で認識された。そして、あの"魅了"を……。しかしルナ様には効いていない。やはり、ルナ様は……)
ウィンは、ルナがエルリックの"魔力"に屈しないこと、そして、彼らが再会したことを、冷静に、しかし複雑な思いで観察していた。
この二人の関係が今後の王家、そして彼自身の運命を大きく左右するであろうことを、既に悟っていたのかもしれない。
そんなことも知らずに、再会への喜びと緊張を浮かべていたルナは、席を立ち上がった。
──そして、
「エルリック王子……エル、お久しぶりです!」
満面の笑みを浮かべた彼女の心には、幼い頃からの親愛の情が溢れ出し、気づけば衝動的にエルリックに一歩踏み出していた。
そして次には、感激と再会の喜びから、貴族のしきたりなど全て忘れ、そのスマートな体に抱きついてしまっていた。
「また会えて、本当に嬉しい!」
ルナの行動は、王室のサンルームでの光景としてはあまりに異例で予想外のものだった。
国王とのティータイムの優雅な空間に突然、一般人女性から王子への抱擁という、前代未聞の行動だ。
エルリックは予期せぬルナの行動に、一瞬で全身が硬直する。
その漆黒の瞳に"魅了の力"を込めながらルナの反応を待っていたのだが……。
ルナは彼の魔力を受け付けないどころか、予測不可能な行動で応じてきたため、内心で激しく戸惑った。
(……彼女に、この力は効かないのか?)
彼の計画では、ルナを魅了し、優位な立場から再会を導くはずだった。
しかし今、彼のそばには昔と変わらない素朴な温もりのルナがいる。
至近距離で髪や肌からふわっ…と漂う、バターと砂糖の混じった甘いお菓子の香りに、彼の理性は乱された。
エルリックが幼い頃から陰でひっそりとルナを見てきた時からの、懐かしい香りだった。
「っ……」
エルリックは冷静な王子の仮面の下で、予想外の形で、相手に逆に魅了されてしまったことを自覚した。
"魅了"を使ったのは自分のほうなのに、ルナの素直さと香りに心が激しく揺さぶられている。
まるで初めて魔力を発動させた時のような、胸の高鳴りだ。
彼は驚きを隠すように、すぐにルナの背中に腕を回し、抱擁を受け入れた。
.




