番外編:炎の魔女の告白
ミカは、自室のベッドに顔をうずめていた。
配信は炎上し、フォロワーは激減。そして何より、あの最弱スライムテイマーに、一番大切な場所を奪われた。
(どうして……! どうして、私だけ……!)
彼女の頭の中には、いつかの日の、苦い記憶が蘇っていた。
初めての転校は、小学三年生の時だった。父親の仕事の都合で、ミカは何度も学校を転々とした。新しい場所に行くたびに、彼女は「誰からも好かれる自分」を演じなければならなかった。明るく、優しく、完璧な「ミカ」。それが、彼女が新しい居場所を築くための唯一の武器だった。
「ミカちゃんって、すごいね! 何でもできるんだもん」
「ミカがいれば、クラスの雰囲気、良くなるよね!」
そう言われるたびに、彼女は心の中で安堵した。誰からも必要とされない恐怖を、その言葉が一時的に遠ざけてくれた。だが、完璧な自分を演じ続けることは、孤独な戦いでもあった。少しでも弱みを見せれば、すぐに居場所を失う。そう信じていた。
VRMMO『ELO』は、そんなミカにとって、最高の逃げ場所だった。現実の自分を隠し、「炎の魔女ミカ」として、誰もが認めるトッププレイヤーになった。必死の努力で手に入れた人気は、彼女の心の支えだった。
だから、彩花が現れた時、ミカの心は激しく揺さぶられた。何の努力もしていないように見える、ただ感情が豊かというだけの少女が、一瞬にして皆の注目を浴びた。それは、彼女が必死に築き上げてきたものを、簡単に否定されたように感じたからだ。
(ずるい……! 何もしないで、どうしてそんなものを手に入れられるのよ!)
「悲哀の魔王」を召喚したのは、彩花を危険な存在だと証明し、彼女の人気を地に落とすためだった。同時に、それは自分自身の心の闇を、ゲーム世界にぶつける行為でもあった。
そして、すべてが終わった。
「悲哀の魔王」は浄化され、彼女の目論見は失敗に終わった。それどころか、彩花は英雄となり、ミカは嘲笑の的となった。
「もう誰も、私を必要としない……」
ミカは、一人で泣き続けた。完璧な自分を演じ続けてきた結果、自分自身の居場所を失ったことに気づいたのだ。
その時、スマホが光った。
『私は、あなたの気持ち、少しわかるような気がします。』
差出人は、彩花だった。ミカは息をのんだ。自分を打ち負かした相手からのメッセージ。どんな罵倒の言葉が並んでいるのだろうか。そう思いながら読み進めたミカの目に、信じられない言葉が飛び込んできた。
『私も、自分の感情が怖くて、誰かに嫌われるんじゃないかって、いつも不安でした。』
ミカは、喉の奥が熱くなるのを感じた。
(この子も……私と同じ?)
完璧な存在だと、そう思い込んでいた彩花が、自分と同じ不安を抱えていたという事実に、ミカの心の氷が溶け始める。
『ぷるぷるが、レオンさんが、そして、みんなが、私に希望をくれました。だから、あなたにも、きっと……』
そして、添付された動画。そこには、彼女の過去の配信の切り抜きが、温かいコメントとともに並んでいた。
「炎の魔女ミカの本当の強さは、仲間を想う優しさだ」
「ミカは、本当は不器用なだけなんだよな」
それは、彼女が「完璧」を演じようと必死だった頃、無意識にこぼれ落ちた、彼女の本当の優しさが映し出されていた。
(……私は、一人じゃなかった?)
完璧を演じることに必死で、見えていなかった。自分を支えてくれる人が、本当はたくさんいたのだと。彩花は、そんな彼女の心の奥に隠された温かさを、見つけてくれた。
ミカは、震える手で、メッセージに返信を打ち始めた。
「……ありがとう」
それは、偽りの笑顔ではない、本当のミカの言葉だった。
そして、その言葉を打った後、ミカは震える手で『ELO』にログインした。画面に表示されたのは、彩花がくれたメッセージと、レオンから送られてきた一つのメッセージ。
『次は、お前の心の温かさを、俺に引き出させてみろ』
ミカは、再び涙を流した。それは、もう孤独の涙ではなかった。




