6話 Watcher in the Rewrite
物語も第六話を迎えました。
ここまで読んでくださっている皆さまに、まずは心より感謝申し上げます。
今回の話では、これまでの流れの中に潜んでいた「違和感」が、少しずつ輪郭を持ちはじめます。
ましろと陽菜の旅は、ただの冒険ではない。
どこかに隠された“目的”や“意図”のようなものが、ふとした瞬間に顔を覗かせます。
世界は、静かに彼女たちを試している――
そんな感覚が、読後に残れば嬉しく思います。
深夜1時、ログアウトする直前。
「陽菜、やっぱりあの“観戦アイコン”、気になるよね」
「当然でしょ。システム上、観戦モードは原則フレンド限定のはずよ。それに、あのID……“UNKNOWN_Observer”。管理者でもないのに、観戦ログが残ってるなんて」
「うわ……その言い方だと本気で怖くなってきた……」
ましろはソファにうずくまり、黒いキューブを膝の上でくるくると回していた。
けれどそのキューブは、今は黙ったまま何も表示しない。まるで状況を静観しているかのように。
「……で、どうする? それっぽい動きもないし」
「運営からの連絡もなし、変なエラーもなし。でも――“気配”だけはある」
その瞬間、ふたりのインターフェースが小さく震えた。
《新イベント発生:Code Mirage》
《イベント条件:トップランカー限定/Rewrite対応ログ保有者限定》
《条件を満たしました。参加権を付与します》
「うわ、陽菜、出た出た出た! めっちゃ嫌なタイミングでイベントきた!」
「Rewrite対応ログ……つまり、ましろの《Rewrite Unit 00》の使用履歴が引っかかってるってことね」
「え、えっ、でもこれって、私のせいで陽菜まで巻き込まれ――」
「バカ、今さら何言ってんの。ペアで来たんだから、一緒に行くに決まってるでしょ?」
「……うう、好き……!」
そう言って笑ったましろのキューブが、一瞬だけ、青いノイズを放った。
⸻
※ イベントフィールド『コード・ミラージュ領域』
そこは、ゲーム世界のどこにも存在しない、透明な虚構の都市。
地面は透けており、空はバグったように割れていた。建物は浮かび、歪み、時間の概念が壊れているかのように感じる。
「……これ、マジで存在してるの? テストサーバーのバグじゃなくて?」
「いいえ、明らかに“作られてる”。目的も、観察者も……全部意図的」
その時。
空に、静かに浮かぶ1人の影が現れた。
白いフード、顔は見えず、足元も揺れている。
《ようこそ、Rewrite適合者たち》
「……えっ、喋った!? まさかNPC!?」
《Rewriteという力は、ただのスキルではない。君たちがその“扉”を開いたことで、この世界のルールは書き換えの対象となった》
「いやいやいや、もっと説明して!? 扉って何!? ルールって何!?」
《Rewriteを使うたび、君たちは真実に近づいていく。だが――近づきすぎれば、“巻き戻される”》
「それ、どういう――」
《では、実証してみよう。ペアテスト開始》
目の前に、ましろと陽菜“そっくり”のコピーが出現する。
違うのはその目。深い紫に染まり、感情の一切を感じさせない。
「私たちの……コピー? 性能は……」
「同等、もしくはそれ以上。ましろ、準備して!」
「う、うん……Rewrite起動!」
⸻
■ バトルフェーズ:Rewrite vs Rewrite
ましろのキューブが淡く発光する。けれど、対面のコピーも全く同じ動きで起動。
まるで“キューブの記憶”をコピーされたかのように、同じ技が反射される。
「やばいっ……こっちのRewriteが全部、向こうにも使われてる……!」
「ましろ、見て。あのコピー、あなたの過去の戦闘データを再現してる。つまり、“あのましろ”は“昔のあなた”よ!」
「ってことは……!」
「“今のあなた”なら、絶対勝てる!」
――Rewrite:フェーズ編集《未来座標予測》
キューブが初めて表示する、未知のコマンド。
ましろがそれを、直感的に選ぶと、時間が一瞬だけ止まったような感覚に包まれる。
そして彼女の中に“動きの未来”が流れ込んだ。
「陽菜! 10秒後、あのコピーが左に回る! そこを斬って!」
「了解っ!」
陽菜が動く。
ましろが、未来を書き換える。
コピーが予測通りに動いた瞬間――
「斬ッ!」
《戦闘終了。ペアテスト成功》
息を切らしながらも、ふたりは立っていた。
《よくたどり着いたな、Rewrite Hearts》
《次に会う時、お前たちは選択を迫られることになる》
声が消えると同時に、あの歪んだ都市も、ノイズと共に消えた。
ロビーに戻ったふたりは、しばらく無言だった。
そして――
「ねぇ陽菜、やっぱりこのゲーム、普通じゃないよね……?」
「うん。でも」
「それでも、私たちで Rewrite してみせるでしょ?」
「……うん!」
ましろがキューブを手に取り、目を輝かせたその時。
――画面が、一瞬だけ、全ての色を失った。
「え……?」
ログアウトもできない。チャットも動かない。キューブだけが、ぐるぐると静かに回っていた。
そして、ふたりの目の前に、新しい表示が浮かび上がる。
《Rewrite認証:ステージ002へアクセス可能》
《アクセス条件:片方のログイン制御を無効化》
「……これって、どういう……」
直後。
ましろの姿が、ふっと、消えた。
「――ましろ!?」
次の瞬間、陽菜の目の前に、ログメッセージが表示された。
《Rewrite Hearts の片翼が、異常転送されました》
第六話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、二人の視点の“ズレ”に焦点をあてた構成になりました。
同じ景色を見ていても、感じ方や受け止め方は少しずつ違う。
それは時に、強い絆を揺るがすことすらあるかもしれません。
けれど、揺れることでこそ、関係は深まっていくものだとも思います。
陽菜の沈黙の意味、ましろの無邪気さの裏側――
そのひとつひとつを丁寧に拾い上げながら、少しずつ彼女たちの内面を描けたらと意識しています。
次回、物語は一歩踏み込みます。
これまで伏せられていた事実が、わずかに顔を出し、彼女たちに選択を迫ることになるでしょう。
どうか、これからも二人の旅路を見守っていただければ幸いです。
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