5話 Rewrite Unleashe
拙作をお手に取っていただき、ありがとうございます。
作者です。
第五話は、物語の温度がほんの少しだけ下がる回です。
明るさの裏に静かに流れる、言葉にならない違和感。
それがましろと陽菜の足元に、ひそやかに忍び寄ってきます。
この世界がどこまで彼女たちに優しく、どこから彼女たちに牙を剥くのか。
その境界線が、少しずつ浮かび上がってきました。
この物語の本質は、きっと“出会い”や“力”ではなく、“気づくこと”です。
何気ないやり取りの中に、少しでもその兆しを感じ取っていただけたら嬉しく思います。
「ふぅ……。なんか……現実に戻ったみたいだね」
ましろが深くため息をついて、ロビーのベンチに腰を下ろす。さっきまで宇宙みたいな管理空間にいたとは思えないほど、いつもの《Rewrite Hearts Online》の景色が心地よかった。
「現実っていうか、ゲームの現実ね。忘れちゃダメだよ、ましろ。あのキューブは……もう、“見逃されてる”だけ」
「うぅ、言い方こわい……」
陽菜が警戒心むき出しで周囲を見渡す一方で、ましろの黒いキューブは、いつものように彼女の手元にふわふわと浮かんでいる。
「でも……ちょっと嬉しいかも」
「何が?」
「私、このキューブと一緒に、陽菜ともっと強くなれるかもって思ったら……ちょっとだけワクワクする」
その言葉に、陽菜は小さく笑った。
「その図太さは見習いたいわ」
そこへ、ロビー内にシステムボイスが響く。
《ペアバトル・ランキングマッチ開始まで、あと5分です》
「……来たね。今日の相手、覚えてる?」
「えっと……えーっと……何かと何かを足して6みたいな名前……」
「《Sixth Union》。現時点のランキング8位のペア。連携が売りで、片方は範囲魔法、もう片方は精密な狙撃型。中距離コンビって感じ」
「強そう……!」
「うん、強いよ。でも、私たちは“上に行く”って決めたでしょ」
陽菜がスラッと剣を抜いた。
「Rewrite Hearts、出撃だ」
⸻
※ バトルフィールド:ステージ『オーバーレイ・シティ』
廃ビルとネオンが入り混じる、近未来都市のようなステージ。
遮蔽物が多く、遠距離攻撃が有利とされるこのマップで、近接タイプの陽菜は不利なはずだった。
だが――
「陽菜、斜め右上、スナイパーきてる!」
「――見えてる!」
陽菜が壁を蹴って空中に跳び、ましろがキューブに指を走らせる。
《Rewrite:重力制御 0.5倍》
「はやっ!? ていうか、これチートじゃない!?」
ましろの足元から青白いラインが伸びる。彼女が操作するたびに、物理法則そのものが“編集される”。
陽菜が空中で身体をひねりながら、敵のスナイパーの照準をすり抜け、一直線に魔法使い型へ突進する。
「追いつけると思う?」
敵プレイヤーが放ったのは巨大な光球。陽菜の進路を完全に塞ぐ一撃。
だが――
「Rewrite、転送位置書き換え!」
ましろのキューブが青く光る。
陽菜の身体がまるでワープしたかのように、光球をすり抜けて敵の懐へ――。
「……!?」
「ごめん、もう遅いよっ!」
陽菜の一閃が敵プレイヤーを撃破。
続いてスナイパーの方へと2人が動く。けれど今度は、敵の“カウンター用の罠”が張り巡らされていた。
「やばっ、近づけない……!」
「任せて! Rewrite、視覚データ書き換え――!」
ましろがキューブにコマンドを走らせると、敵スナイパーのスコープ表示が一瞬チカチカと点滅。情報視野がズレた隙に、陽菜が接近に成功。
「……さすが。私のために、世界を書き換えてくれるってわけね」
「へへ、陽菜が動いてくれるから、私も頑張れるんだよ」
そして――ペア《Sixth Union》、撃破。
《試合終了。勝者、《Rewrite Hearts》》
ふたりの姿が光に包まれ、戦場がロビーへと戻っていく。
「……勝った。初の上位ランキング戦、突破」
「私たち、ランキング……18位だって!」
「やったじゃん」
ましろが、嬉しそうにキューブを掲げる。キューブも、まるで嬉しそうに小さく“ピコン”と音を鳴らした。
けれど――
その時、画面の端に一瞬だけ、見慣れないアイコンが表示された。
《観戦中:UNKNOWN_Observer》
「……ねぇ陽菜、今の見た?」
「うん。なんか……見られてた、よね」
ふたりの影が、少しだけ揺れる。
そしてその視線は、ゲームの“さらに深い”謎へとつながっていく―。
ここまで読み進めてくださった皆さまへ、心より感謝を申し上げます。
第五話は、物語の流れの中で非常に静かな一幕です。
ですが、こうした“静けさ”の中にこそ、登場人物の輪郭が最もよく現れます。
ましろの無垢さと陽菜の沈着。その対比が、ただの個性の違いではなく、“生き方の差”としてにじみ始めたのではないかと、自分でも感じながら執筆していました。
“キューブ”という万能の力。それが意味するものは、まだ曖昧です。
けれど、その曖昧さこそがこの世界の根幹であり、これから描かれていく真実への入口でもあります。
次回、第六話では、彼女たちの目の前にひとつの「問い」が立ちふさがります。
答えが正しいとは限らない、けれど選ばなくてはならない。
そんな岐路に、彼女たちは立つことになるでしょう。
これからも、見守っていただけたら幸いです。
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