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第2話 幼馴染襲来。



 陰野瑠璃(かげのるり)は、陰キャボッチの高校生である。

 教室には話し相手どころか居場所もなく、休み時間には学生が滅多に来ない階段下の隙間でよく時間を潰している。

 教科書を忘れたりしようものなら、授業中は地蔵だ。教師に当てられないことをただひたすらに祈るのみ。体育ではもちろん、暑苦しい体育教師の専属パートナーを担当している。


 人見知りで、内気で、口下手で、ただただ社会に溶け込みにくい、不適合者なのである。


『窓開けてくださーい』


 そんな俺の癒しといえば、世界が眠りついた深夜の時間帯だ。特に今日のような週末は夜更かしできるから素晴らしい。


 昼間のボッチは時に奇異な視線を向けられる、異物だ。しかし夜ならボッチでも普通であり、むしろ正義。


『無視しないでくださいよー』


 スマホがバイブする。メッセージの通知だ。送り主は登録されているたったひとりの同級生であり、幼馴染。

 

 明日の朝、「ごめん寝てた⭐︎」とでも返すとしよう。それで万事うまくいく。俺は今忙しいんだ。


『窓開けてください♡ 世界一可愛い幼馴染からの……お・ね・が・い♡」


 金曜の夜、それは陰キャの陰キャによる陰キャのための夜なのだから……!!


 俺には徹夜でエロゲして美少女ヒロインを幸せにするという使命があるんだ!!


『さっさと窓開けないと瑠璃が小5までオネショしていたことを学校中にバラします』


「バカおま、ふざけんなバカコラぁ!?!?」


「こんばんは、瑠璃」


「————ふぁ?」


 思わず部屋の窓を開けて、お隣の家に向かって叫んだ。

 その瞬間、正面の窓から見覚えのある女が飛び込んできた。


「開けてくれてありがとうございます。やっぱり持つべきものはお隣に住む幼馴染ですね」


 窓から窓へ華麗に渡ってきたパジャマ姿の奏雨かなめがニタリと笑う。


「おまえなぁ……危ないだろ。マジで」


「ところで、瑠璃」


 相変わらず人の話を聞かない幼馴染は、我が物顔で人の部屋を見回しながら、なぜか、くんくんと鼻を鳴らす。


「……臭いますよ、この部屋」


「は?」


 ナ、ナンノハナシデショウカ?


「換気とかした方がいいですよ。ティッシュを残しておくのもよくないです」


「……よ、余計なお世話だ」

 

 そもそもこの部屋には基本的に俺しか入らないのに、誰に配慮する必要がある。


「男の人のってこんなニオイなんですねぇ。初めて嗅ぐのに、なんでかわかります。ふふ、くちゃいくちゃーい」


 くるくる回りながらクンカクンカ鼻を嗅ぎ続ける雨音。なぜか少し興奮気味で嬉しそう。ついにはゴミ箱の中へ頭を突っ込みそうになったので、慌ててゴミ箱を奪い取った。


「ちっ」

「なんの舌打ちだよ意味わかんねーよ怖いよ」


 羞恥心の限界だ。これからはちゃんと処理しよう。

 とりあえずは奏雨をゴミ箱から遠ざけ、緊急対処として窓は開けっぱなしにすることにした。


 奏雨は勝手に俺のベッドへ座る。


「今日はここで寝ようと思います」

「帰れ」

「寝ようと思って目を閉じると、なんだが昨日のことが脳裏に甦るのですよねぇ。あ、昨日のことというのはもちろんNTRエッチです。すると自然と興奮してきて、お股へ手が伸びてしまうので寝れなくて困っています」

「いや知らんが」


 知りたくもねぇ。


「なので、瑠璃のベッドで寝ます」

「………………???」


 オタクらしく行間を読むのは得意なつもりなのだが、奏雨の真意がまったく読めない。


 言うだけ言って奏雨はごろんと寝転がった。人の布団に包まり、人の枕に顔を押し付けて無駄に深呼吸を繰り返す。


「はぁ〜〜〜〜、陰キャの香り〜〜〜〜」


「いい加減殴りてぇ……!!」


「褒め言葉ですよ。落ち着きます、陰キャスメル」


 煽っているようにしか聞こえないが、実際に奏雨はリラックスしているように見えた。

 むふふふふ、と変な笑みまで漏らしている。


「気持ちワリィ……」

「ええー。ここが私の帰る場所。つまりは第二の子宮のようなものだと言っているだけなのに」

「子宮に帰れてたまるかよ」


 そして例えもまた、気持ち悪すぎる。


「お部屋へ帰りなさい。危ないから今度は玄関経由で、帰りなさい」


「イーヤー! イーヤーナーノー! 奏雨ちゃん瑠璃の陰キャスメル、陰キャスメル摂取しないと寝れないのー!!」


「なんだこのキモい駄々っ子……」


 奏雨をむりやりベッドから引っ剥がしたいところだが、幼馴染とはいえそれなりに豊満に育ったボディに触れる胆力は俺にはない。はい詰んだ詰んだ。


「はぁ…………」


 諦念に駆られて、俺は項垂れる。


「瑠璃は私の部屋で寝ていいですよ」

「それこそ嫌だよ無理だよ」

「汚さなければ何してもいいのに」


 緊張しすぎて何もできないに決まってんだろ陰キャ舐めんな。


「じゃあ、ベッドで一緒に寝ますか? 昔みたいに」


 奏雨は平然と俺を手招きする。

 俺は首を振って床に腰を下ろした。

 

「ここでいいや」

「一緒の部屋で寝るのはいいんですね」

「俺は何もできないから、おまえがいいなら何も問題はない」

「………………。ぷふっ」


 奏雨はなぜか心底おかしそうに吹き出して笑う。


「”何もできない”。ぷっ、”何もしない”じゃなくて”できない”って……ふふふっ。さ、さすが。さすが瑠璃です。あはははっ」


「べつに笑うところじゃないんだよ……」


 それは奏雨にしては珍しい大笑いだった。

 人見知りさえ克服すれば芸人になれるかな、俺。


 ひとしきり笑った後、奏雨は改めて笑いかけてくる。


「本当に、瑠璃は瑠璃ですね」

「はぁ?」

「安心します」

「……そりゃあ良かったですよ、はい」


 奏雨の声音は優しい。

 陰キャの自己肯定感上がるわー。いや、本当に上がるか? もっと行間読んで行こうぜ。


「おやすみなさい、瑠璃。今日は安らかに眠れそうです」


 数分もしないうちに、ベッドから規則的な寝息が聞こえてきた。目元には、クマが見えた。


 ちなみに俺は一睡もできる気がしなかったので、幼馴染が眠る部屋でめちゃくちゃエロゲした。

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