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第1話 逆NTRで世界は変わる。

「……逆NTRと言うらしいです」


 昼休み。

 陰キャボッチ代表の俺は校舎一階、誰にも見えない階段直下の薄暗いジメジメ空間で、心安らぐプライベートタイムを過ごしていた。


 そこへ突然やってきた、疎遠気味の幼馴染——藤咲奏雨(ふじさきかなめ)


「は?」


 奏雨の呟きの意味が理解できず、パサついた菓子パンの咀嚼が止まる。同時に驚きやら何やら感情が爆ぜた拍子に、パンを喉に詰まらせた。切羽詰まりながらもパックの牛乳を飲んで難を逃れる。


「カレピがビッチに寝取られたのですよ、瑠璃」


「は、はぁ。そう……」


 なんだかもうどっと疲れた俺は生返事を返す。


 ねと…られ?

 それってあれですか? 

 いつからか日本のエ〇サイトのランキング上位を埋め尽くしている?


 NTRってファンタジーじゃないのな。

 今どきの学生って、やべえ。

 いや、俺も学生だったわ。ボッチだから関係ないけど。ガハハ。


 俺は純愛が好きだ(ドンッ!!!!)


「……………………」


 沈黙が続く。俺からは決して何も言わない。だって地雷しか見えないんですもの。


 触らぬ神に祟りなし。それは陰キャのためにある言葉だ。


 陰キャが饒舌に語るのは、いつだって心の中だけである。


 やがて奏雨は「はぁ」とため息を吐いて俺のお隣数センチに腰を下ろした。右手に持っていた弁当箱を制服のスカートの上で広げる。丁寧に両手を合わせて、いただきますの仕草。

 さっそく美味そうな鶏の唐揚げを口に運び、モグモグと高速で噛んでからごっくん飲み込んだ。


「昨日、見ちゃったんです」


 からの一方的な会話、再開。


「放課後の教室でカレピがあのビッチと浮気えっちしてるの、を……っ!」


 ブスッ。乱暴に箸で貫かれるミニトマト。じんわりと赤い果汁が溢れてくる。


「みんなの学び舎で……! 不純異性交遊……! しかも浮気……! 自分から告白してきたくせに……! 私のこと好きだって……! 好きだって言ったのに! いえ、どうせあの女が彼を誑かしたのですから、やはり、逆NTR……~~!!」


 ブスッ、ブスッ、ブスッ。

 ああ、なんてことを。いたずらに弄ばれるミニトマトがハチの巣状態だ。


 ワナワナと震えながら、雨音はお弁当を口に放り込んでいく。その度に「あのクソビッチめ」とさらなる愚痴をこぼした。


 ミニトマトには穴だけが増えていった。ミニトマトさんが何したって言うんですか。


「私なんか……! まだキスはおろか……! 手を繋いだことだって、なかったのに……!」


「へ?」


「どうかしましたか……!?」


 ちょっと驚いて声が出ちゃっただけなのにそんな怖い顔で睨まないでもらえませんか? 泣いちゃう。


「い、いや、なんでキスすらしてないのかなぁ……と」


「はぁ? まだ付き合って2ヶ月ですよ……? 私が許すわけないじゃないですか……?」


「えぇ……」


「手を繋ぐまでに3ヶ月。キスで1年。エッチなんて、最低2年は必要です。私、何か間違っていますか!?」


 またしてもミニトマトが――以下略。


 なにそれいつの恋愛価値観?

 今どきは付き合った直後に初エッチ。それが常識ですよ。陰キャ専用の教科書であるエロゲさんもそう言ってる。


 手繋ぎすらNGとか、軽いスキンシップもできない。カレピくんはさぞムラムラを溜め込んだことだろう。お盛んな男子高校生など他の女に靡いて当然である。


 しかして、俺の幼馴染は意外にも今日日珍しすぎるくらいに貞操観念が高いらしかった。


「ま、間違ってないです。はい」


 圧に負けて頷く陰の者。


「でしょでしょう?」


 雨音はふふんと得意そうに鼻を鳴らして、本邦初公開の笑みを漏らす。


 まぁ、ビッチよりはいいんじゃない。しがない陰キャオタクとしては純粋に、そう思う。


「いい子の瑠璃にはご褒美をあげましょう。はい、あーん」


 原型をとどめずお汁ダラダラのミニトマトが俺の口元に差し出される。


「いや、これご褒美っていうかおまえが嫌いなだけだろ」


「聞こえませーん。知りませーん。いいからお食べくださーい」


 問答しても埒があかないので、大人しく食いつく。中身がほとんど出ちゃってる。ちょっと悲しくなりながら、トマト汁で汚れた床を拭いた。


「お母さん、私がミニトマト嫌いなの知ってて3日に1回は入れてくるんですよね。いつもなら文句たらたらしながらもちゃんと食べてあげるのですが、今日は虫の居所が悪いので瑠璃にあげます。いつもは食べているんですけどねいつもは」


 まったく、聞いてもいないのによく喋るなぁこの幼馴染。


「あ、そだ。動画見ますか? よく撮れてますよ、NTRエッチ」


「見るわけある?」


「えー、どちゃんこエロいのにー。ほらほら見てくださいよー、ほらー」


 どちゃんこってなんだ。そも、なぜ録画している。


「嫌だって。んな特級呪物を俺に向けるな勘弁してマジで」


 スマホを振りかざしてくる奏雨から目を逸らして断固拒否する。しばらくの攻防戦の後、ようやく奏雨は諦めて、ひとり鑑賞を始めた。


「……おまえのメンタルがわからん」


「めちゃくちゃ傷ついてますしこの動画を教師に送りつけてやろうか、いや全世界に配信してやろうかと真剣に悩んでいますが、寝取られに目覚めたのでまぁ無敵って感じです」


 いやさっきまでウルトラスーパー怒ってたじゃん? トマトさんの血涙は忘れないよ?


「……ま、さすがの私も、今回は少しだけ懲りたと言いますか。呆れたと言いますか。疲れたと言いますか。昨晩は激しくオ◯ニーしすぎたと言いますか」


「最後の情報いらんいらん」


「しばらくフリーでいようと思うので。思う存分、瑠璃で遊びたいと思います」


「クッソ迷惑で草ぁ」


「クッソ喜んでくれて嬉しいです、瑠璃。あぁ、やっぱりボッチの相手は楽でいいですねぇ」


「……おまえってほんと、人の話聞かないよな」


「失礼な。瑠璃の話は聞かない、の間違いでしょう?」


「なお悪いわ」


 疎遠の期間は終わり、傷心(?)の幼馴染との日常が始まる。

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