【SIDE】一方、エルフ国では①
リディアが少年レオハルトと別れを惜しんでいたちょうどそのころ。
エルフの国では豊穣祭が行われていた。
王都には無数の露店が並び、収穫されたばかりの野菜や穀物、山から採れた秋の味覚が所狭しと並べられている。
広場では楽師たちが演奏し、子供たちが踊り回っている。
近年まれに見る豊作に、人々(エルフたち)は満面の笑みを浮かべていた。
「いやあ、今年はリディア様がいなくなってどうなるかと思ったが、素晴らしい年になりましたな」
「そうだな。これも聖女ヴェロニカ様のおかげだ」
王宮では祝宴が開かれ、貴族たちはしきりにヴェロニカを褒めそやしていた。
「ヴェロニカ様の聖女の祈りの効果は絶大ですな」
「リディア様のお作りになられた肥料よりも、ずっと効果がある」
ヴェロニカは謙遜するように目を伏せる。
「そんな……。お姉様の力も素晴らしかったですわ」
「いえいえ、ヴェロニカ様の方がよほど素晴らしい」
そこへ、ギルバードが現れた。
「ヴェロニカ、ちょっといいか?」
「ええ、もちろんよ」
ヴェロニカとギルバードが歩き去るのを見送りながら、人々はヒソヒソと囁き合う。
「次期女王はヴェロニカ様に決まりですな」
「ええ、きっと世界樹に愛されているのでしょう」
そんな声を背に、ヴェロニカはほくそ笑んだ。
(本当にうまくいった)
彼女は、もともとリディアが妬ましかった。
生まれつき膨大な魔力を持ち、製薬の力にも長け、次期女王の座を約束されていた姉。
それに比べて、自分は魔力量もそこそこ。どれだけ努力しても勝てなかった。
しかも、ずっと好きだったギルバードを婚約者として奪われた。
「何とかして姉を蹴落としてやりたい」
そう思っていた時、彼女は一冊の古書を手に入れた。
図書室の禁書庫の奥深くに眠っていたそれには、エルフ国の知られざる歴史が記されていた。
エルフ国と人間の国の国境にある森の奥には、魔力泉が存在すること。
魔力泉から流れる地脈がエルフ国を潤し、国の繁栄を支えていること。
そして、魔力泉の上に生えている巨木――“静寂の巨木”に、魔力の強いエルフを生贄として閉じ込めると、泉が活性化して、エルフ国を流れる地脈が活性化され、豊穣が約束されること。
この生贄制度は、1000年前まで当たり前のように続いていたが、生贄となったエルフが孤独のあまり発狂。地脈に呪いを流し込んで国が滅亡寸前まで追い込まれた。
これを、当時のエルフたちは、“世界樹の怒りを買った”と怯えて、生贄制度を絶対禁忌としたらしい。
この記述を読んで、ヴェロニカは決心した。
リディアは、この国で最も魔力の強いエルフだ。
彼女を閉じ込め、地脈を活性化させ、それを自分の力と手柄にしよう。
それからの彼女は手段を選ばなかった。
ギルバードを誘惑し、彼と彼の父である宰相を自分の味方につけた。
国王の薬に毒が入っていると進言し、薬師長を買収して証拠を捏造させた。
謁見の間では、リディアを守るふりをして”静寂の巨木”に幽閉した。
さらに、自分を『天啓を受けた巫女』と名乗り、方々に出向いて豊穣の祈りを捧げ、リディアを生贄として幽閉した効果を、我が力だと主張した。
(本当に、面白いくらい上手くいったわ)
ヴェロニカはほくそ笑んだ。
リディアは死ぬまであそこに幽閉し、自分がエルフ国に君臨するのだ。
ちなみに、父王には、リディアには、しばらく辺境の田舎で過ごしてもらうと言ってある。
彼女が無事暮らしているというニセの定期報告に加え、彼女からの手紙を偽造している。
万が一に備えて、現地には、魔法でリディアに扮した娘を住まわせてもいる。
(当分大丈夫ね)
底意地の悪い笑顔を浮かべる彼女に、ギルバードが耳元で囁いた。
「君の目論見通りだね。あとはリディアが大人しくしていてくれればいいけど」
「大丈夫よ」
ヴェロニカはにっこりと笑った。
「私が魔法を打ち込んだところを見たでしょ? 国屈指の魔法士の私でも穴1つ開けられなかったのよ? 攻撃魔法が苦手なあの女にどうこうできるとは思えないわ」
「それもそうだね」
2人は朗らかに笑い合うと、ゆっくりと王宮の奥へと歩いていった。
ヴェロニカ、かなりの悪党だったことが判明する、の巻きです
ちょっと補足すると、
・魔力泉 → 魔力の湧きどころ
・地脈 → 大地を流れる魔力の流れ、大地を潤す働きをする
魔力泉(湧きどころ)に、魔力の強い人間を幽閉する
↓
魔力の湧きが良くなる(魔力の供給量が増える)
↓
大地が豊かになる
↓
植物がよく育つようになり、豊穣!
という仕組みです。