03.黒髪の少年
リディアは、外をのぞいて
「……っ!」
思わず目を見開いた。
そこには、見たことがないほどボロボロの服を着た傷だらけの男の子が倒れていた。
黒い髪は乱れ、目は固く閉じられている。
「た、大変!」
リディアは慌てて立ち上がった。
勢いで階段の手すりに頭をゴチンとぶつけ、「くうう」と頭を押さえる。
そして、ヨロヨロと立ち上がり、
「と、とりあえず薬と水!」
と急いで台所に向かった。
小さなカップと水入れを持ち、ついでに作っておいた回復薬を持って穴に向かう。
そして、袖を捲ると、精一杯腕を伸ばして穴の外に水の入ったコップと回復薬が入った瓶を置いた。
ウサギに「お願い」とつぶやくと、何匹かが男の子の上に乗ってぴょんぴょん跳ねる。
「う、痛い……」
男の子は軽く呻くと、ゆっくりと目を開けた。
ルビーのような赤い瞳があらわになる。
男の子は痛そうに起き上がると、そばでピョンピョン跳ねるうさぎを訝しげに見た。
そして、木の麓に置いてあるコップと薬瓶を見つけると、不思議そうな顔をする。
リディアは声を張り上げた。
「あの、それ飲んで! お薬よ!」
男の子が、ビクリと肩を震わせた。
警戒したような顔でキョロキョロする。
「……だ、誰?」
「わたしは木の中にいるわ。出られないから安心して」
男の子が恐る恐る穴から中をのぞきこんだ。
「……何も見えないよ」
「こっちの方が暗いから見えないんだわ。でも安心して、そのお薬はいいものよ」
リディアの優しい声に、男の子はコップを手に取った。
恐る恐る1口飲んで、その後一気にむさぼるように飲むと、覚悟を決めたように薬をグイッと飲む。
良かった、とリディアは胸を撫でおろした。
「お腹は空いていない? 何か食べる?」
「……うん」
「じゃあ、ちょっと待っていて」
リディアは林檎をもいでくると、穴の中からコロコロと外に転がした。
男の子がパッと掴み、「ありがとう」とつぶやくと夢中で食べ始める。
その様子に、リディアはホッとして穴から顔を上げた。
乞われるがまま、水やリンゴを穴から差し出しながら、思案に暮れる。
(この子、人族よね。どこから来たのかしら)
顔立ちがとても整っており、目がぱっちりしていてとても可愛い。
服や体は汚れているが、どことなく品がある気がする。
この森は人間の国との国境沿いにあるから、もしかして迷い込んできたのかもしれない。
(人族側は魔獣がいないのかしら)
中に入れてあげられればと思うが、無理ね、と思いため息をつく。
そして、男の子が食べ終わると、リディアは尋ねた。
「あなた、どこから来たの?」
「……向こうの方の家」
「ここから近いの?」
「……まあまあ」
リディアは心配そうに眉をひそめた。
家に帰るまでに襲われてしまうのではないだろうか。
と、そのとき。
男の子の「わっ」という声が聞こえてきた。
慌てて穴をのぞくと、そこには小さな鹿が立っていた。
優しい目で穴からのぞくリディアを見つめる。
「もしかして、あなた、送ってくれるの?」
鹿が「そうだよ」とでもいう風に首を下げる。
(良かった)
リディアはホッとすると、男の子に声を掛けた。
「その鹿さんに付いて行くといいわ。りんご、おみやげに持って行く?」
「……うん」
リディアは林檎を幾つか持ってくると、穴に向かって転がした。
男の子がポケットいっぱいに林檎を詰め込む。
そして、立ち去ろうとして、彼はくるりと後ろを振り向いた。
「……ねえ、また来ていい?」
リディアは微笑んだ。
来てくれたら嬉しいなと思うが、危なくないのかしら、家の人が心配しないかしら、など心配する。
「もちろんいいけど、危ないのではなくて?」
「大丈夫だよ」
「そう……。でも、お家の人にちゃんと断ってきてね」
「……うん」
鹿と男の子が立ち去っていく。
小さな穴から、その後姿を見送りながら、リディアはため息をついた。
自由に歩いていけるのが、ほんのちょっとだけ羨ましい。
男の子が見えなくなってしばらくして、彼女は部屋に戻った。
久し振りに慌てたせいか、とても疲れた。
そして、彼女はベッドに転がると、
「あの子、無事に家に帰れるといいけど」
とつぶやきながら、眠りに落ちていった。