07.叙勲式のその後
『世界樹の裁定』にて、リディアの潔白が証明された後、国王は彼女に頭を下げた。
当時、まさかとは思いつつも、宰相やヴェロニカから次々と提出される証拠の数々に、父親として信じたいという気持ちはありつつも、国王として処分しない訳にはいかなくなってしまったという。
「本当にすまなかった」
何度も頭を下げる国王を止めながら、リディアは改めて申し訳ない気持ちになった。
(あのとき、わたしははっきり言うべきだった)
ヴェロニカたちに流されずに、あの場できちんと疑惑を否定していれば、こんなことにはならなかったはずだ。
――その後、事件の関係者が次々と捕らえられた。
取り調べに対し、額に×印が付いたヴェロニカは、とにかくリディアが気に食わなかったと泣き喚いた。
生まれつき魔力が多いだけで女王候補筆頭となったのが許せなかったし、製薬が得意なくらいで国民から支持を集めているのも気に食わなかった、と撒くし立てた。
そのあまりに身勝手な言い分に、取調官が思わず激怒する場面もあったという。
最初の頃は、言い逃れをするような場面もあったが、暗部や学者など、彼女にいいように扱われた人々が、彼女の所業に対して次々と証言した。
これらにより、ヴェロニカは一切言い逃れができない状況に追い込まれてしまった。
*
宰相については、ヴェロニカから『静寂の巨木』の話を聞いて、これは自分の息子であるギルバードを国王にするチャンスだと考えたという。
「豊穣を使ってエルフ国をますます繁栄させ、いずれは世界を支配するべきだと考えていました」
禁呪を破ることや、リディアを犠牲にすることについては、
「エルフ国の繁栄と世界征服のためならば、些細過ぎることだ」
と思ったらしい。
薬師長も、証拠を捏造したとして捕らえられた。
多額のお金と医療大臣の椅子を約束され、悪事に加担したという。
取り調べでは、彼は脂汗を流しながら、全てヴェロニカと宰相の指示に従ったと言い張った。
しかし、これまで何人もの優秀な研究員にあらぬ罪を着せて追い出していたことが判明し、合わせて罪を問われることになった。
*
ギルバードの方はというと、もともとリディアのことが好きだったが、ヴェロニカに言い寄られてついふらりとしてしまったと供述したらしい。
途中何度もリディアを助けようかとも思ったが、そうなると自分の立場が危なくなることに加え、ヴェロニカが怖くてできなかったという。
取り調べの最中、リディアはギルバードに「謝罪したい」と呼び出された。
マリアンヌに、「行くことないわよ!」と言われながらも、謝罪できないのも辛いだろうからと行くことにすると、レオハルトが笑顔で申し出た。
「護衛として、私も一緒に行きましょう」
そして、レオハルトと共に面会室に行くと、ギルバードが殺風景な部屋に座っていた。
やつれた様子で囚人服を着ており、元の涼しげな美青年の面影はない。
リディアが入っていくと、ギルバードは熱のこもった瞳で彼女を見た。
「相変わらず綺麗だね、リディア」
「え? ええ? ありがとう?」
リディアが戸惑っていると、ギルバードの目に更に熱がこもった。
「ずっと君のことは忘れられなかった。君もきっとそうだろう?」
「……え?」
「今からでもやりなおせないか?」
これにはさすがのリディアも呆れ返った。
まさか、彼がこんな頭のネジが緩んだ、とんでもない勘違い男だとは思っていなかった。
リディアは自分でも驚くほど冷たい声を出した。
「ギルバード様、わたし、あなたのことをずっと尊敬していましたわ。でも、今は軽蔑しております」
「……え? そんな、なぜ?」
「さようなら、ギルバード様。どうか罪を償って下さい」
「ちょ、ちょっと待って!」
踵を返すリディアに、ギルバードが必死にすがろうとする。
しかし、彼女の後ろに立っているレオハルトを見て、
「ひっ!」
と心の底から怯えた声を出してガタガタと震えはじめる。
不思議に思ったリディアが振り向くと、レオハルトが微笑んだ。
「もう行きましょう。こんな男と同じ空気を吸っていたら、リディアが穢れます」
そして、恭しく彼女の手を取ると、呆然とするギルバードをにこやかに見た。
「彼女のことはご心配なく。私が幸せにしますから」
ドアがバタンと閉められ、ギルバードが床に崩れ落ちる。
*
その後、関係者の処罰が決まった。
本来であれば、ヴェロニカ、ギルバード、宰相、薬師長の4人は極刑であったが、リディアが温情を申し出た結果、4人は労働塔に送られることになった。
その中で、一生労働を課せられることになる。
マリアンヌに「そんなのでいいの?」と尋ねられ、リディアはうなずいた。
働いて罪を償った方が良いような気がしたからだ。
関係者も次々と処罰が決まり、全ての刑を年内に執行する運びとなる。
一方のリディアはというと、まず国王の体調を丁寧に診察し、特別製の薬を作った。
その製法を薬師たちに教え、いつでも調合できるようにする。
また、彼女はレオハルトと共に、不作にあえぐ地方を回った。
その土地に合った肥料を開発し、現地の薬師たちにその作り方を教えた。
以前の彼女は、作ることで精いっぱいで人に教える余裕がなかったのだが、10年経った今、彼女は自分の知識を広めることの大切さに気が付いていた。
そして、薬を作ってその製法を広めながら旅を続けること、3カ月。
王宮に帰ってくると、国王は以前の元気を取り戻していた。
他にも、地方からたくさんの感謝の手紙が来ており、植物の育ちが良くなり、人々の顔に明るさが戻って来たと書かれていた。
(良かったわ)
その後、リディアは国王と改めて話し合いをし、女王候補として戻ってこないかと言われた。
昔の彼女であれば、お願いされたらば何となく流されて頷いていただろうが、彼女は笑って首を横に振った。
「今回のことでよく分かりましたが、わたしに女王には向いていませんわ。これからは薬師として生きたいと思います」
「……どうしてもか」
「はい。ぼんやりしていて騙されやすいわたしなどよりも、もっとしっかりした政治が分かる方のほうが良いと思いますわ。それに……」
リディアは視線を落とした。
レオハルトと一緒に過ごしたあの家を思い出し、帰りたいと思う。
そんな娘の様子を見て、国王がふっと笑う。
その後、国王と相談の末、次期女王候補としてマリアンヌが抜擢された。
マリアンヌは最初嫌がったが、今回のことで色々思うところがあったようで、最終的には家督を妹に譲って、次期女王候補になることになった。
市井には、ヴェロニカは病気になったため、マリアンヌが次期女王候補になると発表された。
最初は“豊穣の巫女”として大人気のヴェロニカだったが、ここ1年の所業があまりにも酷かったため、国民たちは、この知らせを歓迎した。
マリアンヌ新女王候補の誕生を祝い、各地で祭りが催された。
世界樹の麓にある王都でも大きな祭りが行われた。
街中に屋台が並び、夜には、夜空に花が咲くような美しい魔法が打ち上げられた。
それを見て、人々が、わあっと歓声を上げる。
そんなにぎやかな王都を一望できる高台の上に、2人の人物が立っていた。
旅の服装をしたリディアとレオハルトだ。
2人はしばらく花火をながめた後、馬に乗ってにぎやかな街とは反対方向へと消えていった。
次、最終話です