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06.叙勲式(3)

 

 リディアは息を吸い込んだ。

 目の端に映る焦った顔のヴェロニカを見ながら、今度こそちゃんと言おうと気合を入れる。


 そして、父王の目を見返すと、口を開いた。



「10年前、わたしは父上の薬に毒など入れておりません」



 会場にざわめきが広がった。


 国王がゆっくりと口を開いた。



「……それをなぜ今になって言うことにしたのだ?」

「10年間ずっと幽閉されていて、誰とも連絡を取れなかったからです」



 貴族たちが、

「幽閉?」

「そういえば、手紙も全て断られたと聞いたことがありますわ」

 などと囁きあう。


 そんな中、リディアは説明を始めた。

 ヴェロニカとギルバードに、すぐに迎えに来るからと言われて辺境に幽閉されたこと。

 そのまま10年間放置され、1年ほど前にようやく逃げ出せたこと。


 “静寂の巨木”については、悪用を考える人間が出る可能性があるため、この場では伏せておき、後で国王に直接伝える予定だ。


 話の最中、ヴェロニカが何度も遮ろうと立ち上がったが、その度に国王が厳しくそれを制止する。

 ギルバードは遠目から見ても分かるほど真っ青になっており、完全に目が泳いでいる。


 そして、リディアの話が終ると、国王が考えるように目をつぶった。

 後ろで青い顔で立っている宰相を振り返る。



「リディアが私の薬に毒を入れたという話は、そなたからだったな」

「はい」



 宰相がハンカチで汗を拭きながらうなずいた。



「陛下の体調不良を不審に思ったヴェロニカ様からの進言により、徹底的に調べたさせたところ、リディア様の調合した薬から毒成分が見つかったのです」

「調べたのは誰だ?」

「当時の薬師長です。分析結果もきちんと残っております」



 ヴェロニカが同情するような表情でリディアを見ながら、優しい声を出した。



「お姉様は、長い間引きこもっていたから、色々と勘違いをされているのではなくて? 私たちはお姉様を10年間幽閉なんて、そんな酷いことはしていないもの。いつでも外に出られたし、自由に過ごせるように環境を整えていたわ。――ねえ、ギルバード様?」

「あ、ああ……」



 ギルバードうつむきながら返事をする。


 リディアはため息をついた。

 きっとこの3人はグルだったのね、と残念な気持ちになる。



(こんなひどい嘘をつく人たちだとは思っていなかったわ)



 彼女は顔を上げると、父王の目を真っすぐ見た。



「陛下、わたしはずっと陛下のために薬を作ってまいりました。常に陛下が健やかに生活できることだけを考えて、そのために努力を重ねてきました。そんなわたしが、毒など入れるはずもありません」



 娘の真摯な瞳を見て、国王が思案に暮れる。


 マリアンヌが、「リディアよくやったわ」と、つぶやくと、読めない笑顔を浮かべながら顔を上げた。



「陛下、リディアの言っていることが本当かすぐに分かる良い方法がございます」

「ほう、何だ?」



 国王が興味深そうに尋ねると、マリアンヌがにっこり笑った。



「“世界樹の裁定”を使用するのです」

「……っ!!!!!」



 会場が凍り付いた。



「“世界樹の裁定”を王族に?」

「そんなこと許されるのか?」



 などという声が聞こえてくる。


 リディアは目を見開いた。

 思いつきもしなかった提案に驚いていると、隣のレオハルトが囁いた。



「“世界樹の裁定”とはなんですか?」

「……ええっと、大神殿にある世界樹の前で、真偽の裁きを受ける儀式よ。2人1組で受けて、嘘を付いている方の額に、罰として、一生消えない×印が浮かぶの」

「……額に×印ですか、ずいぶんと可愛い罰ですね」



 そんなことないわよ、とリディアが囁いた。



「だって、一生消えないのよ? しかも、ついてしまったらもうエルフとして認められなくなるの」

「なるほど、失格印といったところですか」



 そんな会話をする2人の前で、国王が難しい顔をした。




「マリアンヌ、そなた本気で言っているのか?」

「はい、これが一番確実な方法ですわ。ご存じの通り、世界樹ほど正しい存在はおりませんから」



 国王が考え込むようにマリアンヌを見た。



「それで、どう利用するのだ?」


「まずはリディアが、

『自分は毒を盛っていないにも関わらず、10年幽閉されていて釈明の機会が与えられなかった』

 と、世界樹に宣誓すれば良いと思いますわ。そして――」



 マリアンヌは。やや引きつった顔をしているヴェロニカを見た。



「ヴェロニカが

『リディアを騙して幽閉などしていないし、リディアを陥れるような工作は一切していない』

 と宣誓すれば良いかと」


「……っ!!!!」



 会場が騒然とした。

 誰もが驚きの目でマリアンヌを見る。


 ヴェロニカが金切り声を上げながら立ち上がった。



「お父様! こんな女の言葉など聞く必要はありませんわ!」



 国王が、片手を上げてヴェロニカを制止する。

 そして、リディアの方を見た。



「お前はマリアンヌの案に賛成か?」



 リディアは、国王の目を見ると、しっかりうなずいた。



「はい。わたしは一切嘘をついておりませんから、問題ありません。でも、ヴェロニカは……」



 彼女は軽く俯いた。

 自分は無実が証明されるが、ヴェロニカの額には消えない×印がついてしまうことになるわね、と思う。



 会場に大きなざわめきが起こった。

 国王にも迷いの色が浮かぶ。



 ――と、そのとき。


 謁見の間に、ふわりと不思議な魔力が流れ込んできた。

 壁に飾ってある世界樹の木でできた絵画が、ぼんやりと魔力を帯びて光っている。



「見て、光っているわ!」

「あれはもしかして天啓じゃないか?」



 人々からそんな声が上がる。


 国王が覚悟を決めたように立ち上がった。



「あい分かった。これより、リディアとヴェロニカに“世界樹の裁定”を使用する!」



 宰相が真っ青な顔で叫んだ。



「お待ちください! アレを王族に使うなど!」

「国王たる私が良いと言っている。それに、世界樹も使用に賛成のようだ」



 そして、

「すぐに準備せよ、大神殿にて30分以内に執り行う」

 と命じると、謁見場から立ち去っていった。


 その背中を見送ると、リディアは先ほどうっすら光った絵画をながめた。

 どこかで感じたことのある魔力な気がする、と首をひねる。


 そんなリディアに、マリアンヌが「行きましょう」と声を掛けた。


 リディアはハッと我に返ると、立ち上がって踵を返した。

 そして、出口に向かって歩き出そうとした――、そのとき。



 ガキンッ ガキンッ



 金属音が鳴り響いた。

 驚いて振り向くと、レオハルトが剣を抜いていた。


 驚くリディアの前で、素早く剣を振って何かを弾く。


 弾かれた先を見て、リディアは目を見開いた。

 それは鋭い短剣で、地面や壁に深々と突き刺さっている。



「キャア! 何なのこれ!」

「見ろ! ヴェロニカ様だ!」



 観衆の悲鳴を聞いて顔を上げると、そこには憤怒の表情を浮かべたヴェロニカが立っていた。

 彼女の周囲には、魔力を帯びたおびただしい数の短剣が浮いている。



「“世界樹の裁定”なんて、私は認めないわ!」



 ヴェロニカが大きく杖を掲げると、短剣がリディアを狙って次々と飛んできた。

 リディアが目を見開く前で、レオハルトがこともなげに剣でそれらを払いのける。


 そして、彼はマリアンヌの方に飛んできた短剣を弾くと、冷静に尋ねた。



「そろそろアレを狩っても?」

「ダメよ! 罪を償わせないと!」

「でも、あのまま放っておくと何かやらかしそうですよ」



 髪の毛を逆立てて叫ぶヴェロニカを、ギルバードが必死になだめようとするが、「うるさい!」と言って魔力で弾き飛ばされる。


 そして、レオハルトに全ての剣を弾き飛ばされたヴェロニカが、杖をかざした。

 ニヤリと笑うと、ポケットからどす黒く光る大きな石を取り出して空中に浮かべ、魔力を込め始める。


 マリアンヌが顔色を変えた。



「まずいわ! あれ爆発の魔石じゃない!」



 リディアは目を見張った。

 あんな大きさの石を発動させたら、こんな会場など吹き飛んでしまう。



(それはダメ!)




 彼女は、両手を祈るように組むと、思い切り魔力を放出した。

 キラキラと金色に光る魔力と、ヴェロニカのどす黒い魔力がぶつかり合い、立っていられないほどの風が吹き荒れる。



「キャア!」

「に、逃げろ!」

「無理だ! 扉が開かない!」



 観客たちは、壁際に固まって頭を押さえた。

 宰相とギルバードが風で飛ばされて壁に激突する。



「リディア! 邪魔よ!」



 ヴェロニカが杖をかざすと、どす黒い魔力が一気に膨れ上がった。


 リディアは思わずよろめいた。

 飛ばされそうになるが、レオハルトがしっかりと後ろから支えた。


 マリアンヌも、レオハルトの背中で風をしのぎながら、「がんばりなさい!」と叫ぶ。


 リディアは再び手を組むと、魔力を放出した。

 金色の魔力がどんどん広がり、どす黒い魔力を凌駕し始める。


 ヴェロニカが悪鬼のように顔を歪めて何かを喚き散らすが、金の勢いは止まらない。



 そして、風が止み。

 石が金色の光に包まれて、ぽとりと床に落ちた。


 ヴェロニカが力なく床に崩れ落ちる。


 周囲から、わあっという歓声が上がる中、マリアンヌが「よくやったわ!」とリディアに抱き着いた。


 レオハルトが素早くヴェロニカを捕獲して杖を取り上げ、衛兵が遅れてそれに走り寄る。




 *




 それから、1時間後。

 リディアは、レオハルトとマリアンヌと共に、王宮から続く長い通路を通って大神殿に移動した。


 大神殿は世界樹の巨大な洞の中に建てられており、中央の世界樹で作られた女神像が微笑を称えている。


 皆が見守る中、リディアが女神像の前に縛られたヴェロニカと共にひざまずいた。

 大きな声ではっきりと、自分の潔白を誓う。


 次の瞬間、女神像が光を放ち、リディアを優しく包む。

 そして、気が付くと、光は消えており、泣き喚くヴェロニカの額には一生消えない血のように赤いバツ印が浮かんでいた。






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