05.叙勲式(2)
マリアンヌの城を出たリディアたちは、約2日かけて王宮に到着した。
王宮への入場にあたって、正体がばれるのではとドキドキしたが、何事もなく通過できた。
長い廊下を進むと、10年前と変わらぬ荘厳な謁見の間が現れ、天井のステンドグラスに描かれた女神たちが静かに微笑んでいるのが見える。
(懐かしいわね)
マリアンヌが他の貴族と挨拶している間、リディアは周囲の人々の話に耳を澄ませた。
「今年の春も作物の育ちが悪い」
「うちは去年より酷い状態ですよ。一体“豊穣の巫女”は何をやっているのか」
「この前陳情に来たら、ものすごく横柄に断られて……」
リディアはため息をついた。
ヴェロニカは追い詰められているみたいね、と思う。
レオハルトがこっそり耳打ちしてきた。
「妹君に、ずいぶんと悪い噂が立っているようですね」
「ええ、あの子、普段は本当にいい子なんだけど、追い詰められると人が変わってしまうの」
「……そっちが本性なような気もしますが」
そんな会話を交わしていると、パパパパーン! とファンファーレが鳴った。
「ヴェロニカ王女殿下、ギルバード様、ご入場!」
目をやると、そこには紫色の豪華な衣装を着たヴェロニカの姿があった。
その横には微笑むギルバードがいる。
妹と元婚約者のどこか得意げな顔つきに、リディアは顔を背けた。
見たくないものを見せられている気がする。
レオハルトが、リディアの手をそっと握ると、壇上の2人に冷たい視線を向ける。
最後に、父である国王が入場した。
以前よりもずっと痩せており、顔色が悪い。
(……お父様)
久々に見る弱弱しい父の姿に、思わず目が潤む。
その後、厳かに叙勲式が始まった。
叙勲される者が呼ばれ、国王から声を掛けられ、褒美を受け取っていく。
リディアは、ソワソワし始めた。
不安になってレオハルトを見上げると、大丈夫ですよ、という風にうなずかれる。
途中でヴェロニカと目が合った気がして、リディアは急いで目をそらした。
今ここでバレる訳にはいかない。
そして、
「マリアンヌ・フィンシス公爵! 前へ!」
大臣がマリアンヌを大声で呼んだ。
マリアンヌが凛とした声で、「はい、ここに」と返事をした。
「……行くわよ」
と囁くと、背筋を伸ばして玉座の前に歩いて行く。
その後に付いて歩きながら、リディアの胸は早鐘のように打ち始めた。
レオハルトと共にマリアンヌの後ろにひざまずき、深々と頭を下げる。
大臣が、大声で功績を読み始めた。
大魔獣の討伐を決断したマリアンヌを賞賛し、実際に討伐を行った騎士および魔法士たちを称える。
リディアは足元を見詰めた。
緊張はしているが、心はとても静かだ。
そして、大臣が功績を読み終わると、国王が穏やかに口を開いた。
「久し振りだね。マリアンヌ。いつこちらに戻って来たのかな?」
「3年ほど前ですわ」
「兄上は向こうで健在かね?」
「ええ、毎日狩に行っているそうですわ」
国王が目を細めた。
「そうかそうか。君も領主代理として上手くやっているようだね」
「ええ、お陰様で」
マリアンヌがにこやかに返事をする。
そして、改まったように口を開いた。
「国王陛下、今回の褒美についてですが、何もいりませんので、1つお願いを聞いて頂けませんか?」
「ほう、お願い」
「はい、1つお話を聞いて頂きたいのです」
ヴェロニカが、引きつった笑みを浮かべながら遮るように口を開いた。
「マリアンヌ様、褒美に他のものを望むなど不敬ですよ」
マリアンヌがすっと目を細めた。
「ヴェロニカ王女殿下、私は貴女にお願いしているのではありません。国王陛下にお願いしているのです」
「良くない前例ができるのは、次期国王候補として見逃せませんわ」
「良くないかどうかは国王陛下が決めることですわ。その判断に割り込むなんて、貴方こそ不敬では?」
2人がバチバチと火花を散らす後ろで、レオハルトが「仲が悪そうですね」とつぶやく。
リディアは苦笑した。
そういえば、この2人は昔から仲が悪かった。
同じように国王が苦笑した。
「そなたらは相変わらずだな。――良い。そこまで言うなら話を聞こうではないか。ただし、褒美はそのまま渡すこととする」
「ありがとうございます」
「……っ! 陛下!」
マリアンヌが勝ち誇ったように頭を下げ、ヴェロニカが焦ったように立ち上がる。
国王がそれを片手で制止すると、口を開いた。
「それで、話とは?」
「はい、こちらの者の話です」
マリアンヌが振り向いて、「がんばりなさいよ」という目でリディアを見る。
国王が訝しげにリディアを見て、ハッとしたような表情を浮かべた。
リディアは、一礼をした。
やるわよ、と思いながら、パチンと指を鳴らす。
幻影が解け、美しい銀髪に青い瞳のエルフが現われる。
ヴェロニカとギルバード、そして宰相が真っ青になった。
「……っ!」
「リディア王女!」
観衆が驚きざわめく。
そんな中、リディアがゆっくりと顔を上げて父王を見た。
「お久し振りでございます。父上」
「……ああ」
国王の目が一瞬潤む。
しかし、すぐに彼は威厳を取り戻すと、静かに尋ねた。
「……リディア、話とはなんだ?」
リディアは息を吸い込んだ。
目の端に映る焦った顔のヴェロニカを見ながら、今度こそ、と気合を入れる。
そして、父王の目を真っすぐ見返した。
「10年前、わたしは父上の薬に毒など入れておりません!」