02.マリアンヌ
リディアがローザリンデの街を出てから、約10日後。
エルフ国の南にあるフィンシスの領主館内の、アンティーク風の調度品が飾られた広々とした応接室にて。
「リディア! あなたどこに行っていたのよ!」
リディアは、銀髪青目の勝気そうなエルフの娘――従妹のマリアンヌに、涙ながらに抱き着かれていた。
「本気で心配したのよ! 帰国してきたらいないし、何度王宮に問い合わせてもはぐらかされるし、手紙の返事も帰ってこないし!」
「ごめんなさい。色々事情があって、お手紙もらってないの」
リディアが申し訳なさそうに謝ると、マリアンヌがため息をついた。
「何となくそんな気がしていたわ。色々おかしかったもの」
そして、「とりあえず座って話しましょう」と、リディアにソファを勧めて、ふと、少し離れたところに立っているレオハルトに気が付いて、不思議そうな顔をした。
「お連れの方?」
「ええ。一緒に来てもらった人族のレオハルトよ」
リディアがパチンと指を鳴らすと、レオハルトの幻影が解け、黒髪赤目に戻る。
マリアンヌは一瞬驚いたような顔をするものの、すぐに余所行きの顔になると、丁寧にお辞儀をした。
「リディアの父方の従姉、マリアンヌですわ。この度はリディアがお世話になりまして、本当にありがとうございます」
「レオハルトです。こちらこそお招きいただきましてありがとうございます」
レオハルトも礼儀正しく挨拶をする。
その後、レオハルトとリディアは並んでソファに座った。
正面に座ったマリアンヌが、メイドを1人呼ぶと、お茶と軽食を持って来させる。
「あのメイドは私の腹心だから、話が漏れる心配はないわ」
「ええ、ありがとう。マリアンヌは相変わらず用心深いわね」
「もう! リディアがぼうっとし過ぎているのよ!」
マリアンヌと以前と変わらぬ会話を交わしながら、リディアは思わず微笑んだ。
彼女が全く変わっていないことに安堵を覚える。
やがて、お茶とサンドイッチが運ばれてきた。
マリアンヌは、それを「どうぞお食べになって」と2人に勧めると、改めてリディアに尋ねた。
「お2人の関係を聞いてもいいかしら?」
「ええ、もちろんよ」
久々のエルフ風サンドイッチを頬張りながら、リディアが上機嫌でうなずいた。
「わたしとレオハルトは――」
以前、エルドに聞かれた時のように「姉と弟みたいな感じよ」と答えようとして、
(……?)
彼女は言葉に詰まった。
何となく「姉と弟」ではない気がする。
考え込むような表情のリディアに、マリアンヌが首をかしげた。
「どうしたの?」
「……改めて考えると、どんな関係なのか、よく分からないなと思って」
「……え?」
真面目な顔で答えるリディアに、マリアンヌがポカンとした顔をする。
そして、冷静な顔でお茶を飲んでいるレオハルトの方を向いた。
「あなたはどう思っているの?」
「あともう1押しか2押しくらいの関係だと思っています」
レオハルトがサラリと答えると、マリアンヌが合点のいったような顔をした。
「なるほど、そういうことね。……ごめんなさいね、レオハルトさん。この子、エルフの中でも特にのんびりしていて」
「いえいえ、そこがまた良いところだと思っています」
そんな会話をする2人を、リディアは、もぐもぐとサンドイッチを食べながらながめた。
大好きな2人が意気投合する様子に、とても嬉しい気持ちになる。
そして、最近の天候など、差しさわりのない話をすること、しばし。
リディアは、思い切って尋ねた。
「父上の病状はどんな感じなのかしら」
「国王陛下の?」
マリアンヌが首をかしげた。
「ここ最近あまり良くないという話は聞いているわ。でも、病状というほどではない気がするわ。来週叙勲式の予定があるし」
「……そう」
リディアは複雑な気持ちになった。
『エルフ国王が重病』というのは、レオハルトの言う通りデマかもしれない、と思う。
マリアンヌが真面目な顔をした。
「ところで、リディアはどうしてセレニア共和国に行ったの? あなたに関しては色々な噂が飛び交っていて、何が何だか全く分からないのよ」
「そうなのね」
リディアは改まったように座り直した。
「では、最初から話していくわね。少し長くなるわよ?」
「もちろんかまわないわ」
マリアンヌが望むところだという風にうなずく。
「では、まずは10年前に父上に謁見の間に呼ばれたところから話すわね」
――この後、3人は応接室にこもって話をした。
途中で、リディアが新しい生活について話をして脱線したところを、レオハルトがフォローしたり、
リディアが10年間生贄として“静寂の巨木”に幽閉されていたと聞いたマリアンヌが
「キー! 何よそれ!」
と、激昂して収取がつかなくなったりと、話の本筋以外のところで時間がかかる。
そして、ようやく全ての話が終わった頃には、日がすでに傾きかかっていた。




