【SIDE】一方、エルフ国では⑥
リディアが、夜とんでもない数のパンケーキを焼いた、数日後。
エルフ国の王宮内にある窓のない機密部屋の中にて。
ヴェロニカがイライラしながら玉座を模した椅子に座っていた。
その前に、2人の黒装束の男エルフがひざまずいており、年長の方の男が顔を上げて報告をしている。
年若い方の男――バッツは、うつむいてそれを聞きながら、内心ため息をついた。
(今回は今までになく散々だった……)
*
『国外にいると思われるリディア姫を、秘密裏に探し出して連れ帰れ』
という命令を受け、王家の影である彼らは2つの策をとった。
1つは、冒険者ギルドに極秘依頼を出すこと。
もう1つは、直接現地に出向いて探すこと。
後者を実行するにあたり、彼らはセレニア共和国とディーン帝国に狙いを絞った。
この2国以外は、険しい山や広大な砂漠を超えていく必要があるため、行くこと自体が困難であると考えたからだ。
そして、リディア姫が所属するであろう、冒険者ギルドと薬師ギルドに手を回し、ここ1年に新たに登録した若い女性のリストを入手した。
「エルフはいませんね」
「ああ、ただ、幻影魔法で姿を変えている可能性もある」
そして、彼らは10人ほどで手分けをして、それら女性の中にリディア姫がいないかをしらみつぶしに探し始めた。
バッツは、セレニア共和国の一部分を任された。
リストの女性を探し出し、リディア姫かどうかを確認していく。
女性達の大半は結婚しており、子どもがいる者も多くいた。
さすがにそれは違うだろうと調査を続け、彼はローザリンデという街に到着した。
この街には、1年ほど前に登録した「リディア」という女性がいるらしい。
(名前はズバリだが、多分違うだろうな)
リディアという名前は人族でもたまにいるし、そもそも逃亡している者が本名で登録するはずもない。
調べない訳にもいかないため、彼女について調査をしたところ、
1年ほど前に男と2人でこの街に現れ、今は森の中にある家に男と一緒に住んでいるという話だった。
「可愛い子ですよ、製薬の腕前もいい」
この言葉を聞いて、男はピクリと耳を動かした。
男と一緒というのは不可解だが、リディア姫は製薬のスペシャリストだ。
(時期も重なるし、製薬もできる、おまけに名前が「リディア」か)
聞いただけだと本人っぽいが、まさかな~と思う。
そして、一応見て確かめようと、屋根に上って彼女を見て、彼は一気に真顔になった。
そこにいたのは、長身の男と歩く帽子をかぶった女性だった。
茶色の髪と緑色の目で、耳も人間のもので、明らかにエルフではない。
しかし、その整った顔立ちや透明感には、エルフを彷彿とさせるものがあった。
彼の目の前で、女性は男性と別れると、1人冒険者ギルドに入って行く。
冒険者ギルドの扉が閉まるのを見ながら、バッツは思案に暮れた。
もしかして、あれはリディア姫なのではないだろうか。
遠目なのに加え、帽子を被っているから分からないが、帽子を脱いだところを近くで見れば分かるかもしれない。
(これは捕らえて確かめた方が良さそうだな)
そして、バッツが、どうやって彼女を捕らえようかと考えていた、そのとき。
(……っ!)
不意に後ろから気配がした。
慌てて振り返ろうとすると、いきなり目の前がひっくり返り、気が付くと冷たい屋根に顔を押し付けられるように取り押さえられていた。
(……くっ!)
顔を曲げて見ると、そこには女性と一緒に歩いていた長身の男性がいた。
その赤い瞳は怒りに燃えている。
(しまった!)
懸命に抜け出そうともがくが、容赦なく腕を捻り上げられる。
気付かないほど気配を消して接近した上に、体術に優れた自分が抜け出せないほど完璧な拘束。
この男はただ者ではない。
しかし、エルフを探していると言うと、彼はすっと拘束を解いた。
女性はエルフではないと言われる。
バッツは、心の底からホッとした。
こんな悪魔みたいに強い男と、どうやってやりあったらいいんだと思っていたが、別人と分かればやり合わずに済む。
そんな訳で、彼はローザリンデの街を出た。
リストにある全ての女性をチェックし、自分の担当の中には恐らくいないだろうということで、集合場所に向かう。
しかし、他の者もリディア姫らしき人物を見つけられていないようだった。
「……このままだと、ヴェロニカ様に申し訳が立たない」
「そうだな、怪しい女性をもう1度洗うか」
そして、リストにある女性を皆で確認し、10人の女性が選び出された。
その中には、例のリディアと名乗る女性の名もあった。
バッツはげんなりした。
「またあの悪魔みたいな男と会わなきゃいけないのか……」
今度は殺されるかもしれない、と身震いする。
そして考えた末、
「幻影魔法で人間に化けているのなら、寝ている時はエルフに戻っているだろう」
と、夜中こっそり家に忍びこむことにしたのだが……
「〇×*▼%□$!!!!」
森の家を囲む塀をよじ登ろうとした瞬間、ものすごい電撃攻撃を受けて気を失う羽目になった。
しかも、体が痺れてどうしようもない状態の時に、なぜかリスやらうさぎやら鹿といった森の動物たちが、上に乗ってピョンピョン跳ねたりつついてきたりする。
(ぐ、ぐあああああ!!!!)
ビリビリする体を刺激されて悶絶するが、動けないため振り払うこともできない。
そして、そんな地獄のような数時間過ごし、何とか動けるようになった時には外が明るくなっていた。
(くっ! 撤退だ!)
彼は足を引きずりながらヨロヨロと森の奥に逃げた。
川の水を飲みながら、思案に暮れる。
(怪しいよなあ……)
悪魔みたいに強い護衛がついているし、家の守りは異様に固いし、しかも名前が「リディア」で、製薬が得意ときている。
人族でさえなければ、正に本人だ。
もしも、今回の「リディアを連れてこい」という指令が、エルフ国王から出されたものであったなら、バッツはここからがんばっただろう。
人族ではないという証拠をつかむために、リスクを冒しても奔走しただろう。
しかし、今回の命令はヴェロニカからのものであり、バッツは、自分たちを道具のように扱うヴェロニカに疑問を持っていた。
(……まあ、ここまでか)
一緒に魔道具の研究をしている女性2人や、関係する街の人間たちにも話を聞いて、彼女がエルフではないことの確認はちゃんと取れている。もう十分だ。
その後、彼はすぐにエルフ国に戻った。
当該女性はリディアではなかったと報告し、
暗部のリーダと共に、ヴェロニカ姫に「リディア姫が見つからなかった」という報告をしているのだが……
「あんたたち、何て役立たずなの!?」
ヴェロニカ姫が滅茶苦茶怒ってしまった。
後ろに立っていたギルバード侯爵令息がなだめるも、「お前も役立たずだ!」とますますいきり立つ始末だ。
鬼のような顔で怒り狂うヴェロニカを見て、バッツはため息をついた。
自分達は、いわば王家の影だ。
王家が白といえば、黒いものも白くするのが任務だ。
しかし、この扱いは酷すぎる。
彼らが黙って耐えていると、ヴェロニカが口を歪めて立ち上がった。
「もういいわ。探すのは中止して」
「……よろしいのですか?」
「ええ、別の方法で探すことにするわ」
「別の方法、ですか」
そうよ。ヴェロニカが口の端を曲げて微笑む。
「見つからないのならば、帰ってこさせればいいのよ」
そして、彼女は2人を睨みつけた。
「あなたたちは国境を固めなさい。見つかり次第、すぐに捕縛するように。役立たずでもそのくらいできるわよね?」
「……」
バッツは、足元を見詰めながら奥歯を噛みしめた。
ヴェロニカに対してこの上ない怒りと嫌悪感を感じる。
その後、散々罵声を浴びせられた彼らは、「確実に捕らえるように」と厳命を受けて、追い出されるように部屋を退出した。
これで第4章終わりです。
お付き合い頂きましてありがとうございましたm(_ _)m
そして、なんとこのお話は第5章で終わりです。
それでは皆様、また明日!(*'▽')