01.1年後、ある春の日
リディアが巨木を出てから、約1年後。
柔らかい風が木々の新緑を静かに揺らす、気持ちの良い春の午後。
リディアはレオハルトと共に、森の中を歩いていた。
レオハルトは小さなカゴを持っている。
彼女は木々の間を歩きながら、茂みに目を凝らした。
赤い実を見つけ、しゃがみ込む。
「野イチゴよ」
「よく見つけましたね」
「ふふ、昔からこういうの見つけるの、得意なの」
2人はしゃがみ込むと、野イチゴを採ってカゴに入れた。
春の香りを楽しみながら小川まで歩き、山から来る澄んだ雪解け水が流れるのをながめる。
(春らしくて素敵な光景だわ)
楽しい気持ちになる一方、リディアには気掛りなことがあった。
最近、レオハルトの様子が少しおかしいのだ。
いつも通り優しいし、何かと気遣ってくれるのだが、どこか上の空だったり、妙に警戒したような顔をすることが増えた。
(どうしたのかしら。何かあったのかしら)
そんな心配をしながら家に帰り、野イチゴを綺麗に洗って砂糖漬けにすると、一緒に夕食の準備をする。
そして、春野菜のサラダやガレットを堪能した後、レオハルトが珈琲を淹れてくれた。
リディアの前に、湯気の立ったカップを置いてくれる。
彼女は「ありがとう」とお礼を言うと、遠慮がちに口を開いた。
「ねえ、レオハルト、最近何かあった?」
「……そんなことはありませんが、どうしてそう思うんですか?」
「ここ最近、何か考え込んでいるような気がして」
レオハルトが苦笑しながら正面に座った。
「そんな風に見えていたとは気が付きませんでした」
「大丈夫なの?」
「はい」
リディアは、ふうん、と言いながら珈琲に目を落とした。
何となくはぐらかされている気もする。
(でも、無理に聞くのは良くないわよね)
こういうのは、話したいときに話すのがきっといいのだろうと思いながら、彼女は珈琲にミルクと砂糖をたっぷりいれた。
「……それはもはや珈琲味の砂糖ミルクなのでは」
というツッコミをされながら、甘々な珈琲を飲む。
そして、翌日に冒険者ギルドに行く約束を交わした後、
「先に寝るわね。おやすみなさい」
と、背伸びをして、レオハルトの頬におやすみのキスをすると、少し照れた顔をする彼に手を振りながら、自分の部屋へと戻っていった。
*
リディアが部屋に戻った後、レオハルトは軽く息を吐くと、窓に近寄った。
用心深くカーテンを開けると、窓の外を見る。
庭はとても静かで、丸い月が草木を静かに照らしており、ときおり吹く風が木々をザワザワと揺らしている。
その光景をながめながら、レオハルトは小さくため息をついた。
「なるべく普通にしていたつもりだったんだがな」
冒険者ギルドで、リディアと思われるエルフを探す依頼があることを知った翌日。
レオハルトは、早朝に家を出て首都に向かった。
首都にある冒険者ギルド本部に行き、依頼主が誰なのかを探る。
そして、あれこれ調べた結果、依頼主が国外の人物であることを探り当てた。
受付嬢が小声で教えてくれた話によると、こういった特別依頼の人探しは、激ヤバなものばかりらしい。
「つまりは、公に探せないってことですからね。まともじゃないですよ」
レオハルトは思案に暮れた。
状況から察するに、この依頼は、十中八九、エルフ国だろう。
幽閉して放置していたリディアを探すとか、100%ロクなことじゃない。
受付嬢に、依頼が達成されたかどうか尋ねたところ、「似た人物の情報すら入ってきていない」とのことだった。
「そもそもエルフ自体が珍しいですからね」
これを聞いて、レオハルトは安堵の息をついた。
どうやらリディアはエルフだと思われていないらしい。
(さて、これからどうするか)
彼女にもこのことを知らせようかとも思ったが、彼はそれをやめた。
知ってしまえば、今まで通り笑顔で暮らせなくなると思ったからだ。
(……しばらく、様子を見よう)
依頼が取り下げられる可能性もあるし、真面目に探されずに依頼が風化する可能性もある。
しばらく様子を見ながら注意しつつ暮らそう。
幸いこの家は鉄壁の守りだ。外出時には自分が注意しておけば大丈夫だろう。
という訳で、レオハルトはなるべく普通に過ごしながらも、リディアの周囲の警戒を強めている、という次第だ。
彼は、ランプを手に取ると、音を立てないように外に出た。
白い息を吐きながら門の前に行くと、留め金がきちんとかかっていることを確認する。
そして、家に戻ってドアの鍵をしっかりとかけると、自分の部屋へとゆっくりと上がっていった。