05.2人の出発
台所で、リディアは、先ほど収穫したかぼちゃでパイを作っていた。
レオハルトの好物のため、最近よく作る。
ふと顔を上げると、窓から立ち上がって握手をしている2人の姿が目に入る。
「ふふ、楽しそう」
レオハルトは、小さい頃からあまり過去を語りたがらない。
人間関係であまり良い思いをしてこなかったようで、そういった話題は避ける傾向がある。
だから、そんな彼にああやって自然に話せる友だちがいたことに、彼女は驚くと同時にホッとした。
悪い思い出だけではなくて良かった、と思う。
彼女は、鍋で煮ていたかぼちゃを布の上にあけると、粗熱をとってヘラで潰し始めた。
(エルドさん、しばらくここに滞在するのかしら)
もしもこの家に泊まるなら、客間を用意しておかないと、などと考ながら、クッキーを潰して台を作ったり、カボチャに砂糖やミルクを混ぜたりして、パイを作っていく。
そして、それをオーブンに入れてしばらくして、レオハルトとエルドが家に入って来た。
レオハルトに遠慮がちに、
「今日、エルドを泊めてもいいか」
と尋ねられ、彼女は快くうなずいた。
「もちろんよ。じゃあ、わたし、客間を準備してくるわね」
「では、俺は夕食を作っておこう」
エルドが、「え!」と目を見開いた。
「レオハルトが料理!? ……まさか干し肉を水に漬けたやつとかじゃないですよね」
昔そういうお料理を作っていたのかしら、と思いながら、リディアがくすくす笑った。
「レオハルトはお料理がとても上手なんですよ。キッシュも美味しいし、ガレットなんて絶品なんです」
「キッシュにガレットですか。信じられないくらいお洒落なもの作りますね」
「ええ、わたしの大好物なんです」
エルドが、納得したようにうなずいた。
「あー、なるほど。リディアさんの大好物を練習したって感じですか」
「……お前、少しうるさいぞ」
レオハルトが「手伝え」と、エルドを引きずって台所に行く。
リディアは1階にある小さな客間を整え始めた。
ざっと掃除をしてから清潔なリネンのカバーをベッドにセットすると、その上に肌触りの良い綿のパジャマをそっと置く。
そして、食堂に向かうと、すでにテーブルの上には料理が並んでいた。
サラダにシチューの他に、焼いた肉やリディアの好きなガレットや、先ほど作っていたかぼちゃのパイなども乗っている。
3人は、エルドの持っていたワインで乾杯すると、取り留めもない話をしながら楽しく夕食を食べ始めた。
途中、レオハルトが改まったように切り出した。
「明後日以降、エルドと2つ先の山まで討伐に行ってくる」
「あら、そうなの?」
「ああ、キメラを狩ってくる」
「キメラ」
リディアは首をかしげた。
「キメラってどんなものなの?」
「頭と体が違う動物の魔獣っすね。それぞれの特性を持っているんで、結構強いんですよ」
魔法士1人だと危ない場合があるので、騎士であるレオハルトも一緒に行くらしい。
「まあ、そうなのね。気を付けてくださいね」
「大丈夫ですよ。何と言ってもレオハルトは“漆黒の破壊神”と呼ばれた男ですから。まあ、春が来て大分温厚になってるみたいですけど」
「……お前、少し黙れ」
意味はよく分からないけど、なんだか面白いわね、とリディアがくすくす笑う。
普段のレオハルトは、どこか大人びていて頼りになる男性といった感じだが、エルドと話しているレオハルトは年相応な面がチラチラ見える。
(なんだか違う一面を見ている感じだわ)
何だかとても嬉しい気持ちになる。
そして夕食後、もう少し話をするという2人を置いて、リディアは先に眠りについた。
*
リディアとレオハルトの家に泊まった翌日から、エルドは塀に守りの魔法をかけはじめた。
かなり大掛かりな魔法らしく、あちこちに魔石を埋めたり、術を何度もかけたりする。
そして、数日後。
守りの魔法が完成してすぐ、レオハルトとエルドは出発することになった。
門の前に立った2人に、リディアは大きめの包みを渡した。
「これ持っていって。サンドイッチとキッシュが入っているわ」
レオハルトが嬉しそうな顔で、ありがとう、と受け取る。
そして、真面目な顔をして念を押した。
「何度も言いますが、誰が来ても門を絶対に開けないでください」
「ええ、分かったわ」
「たとえ私の知合いだと言われても、絶対にダメですよ」
リディアはくすくす笑った。
「もう、心配性ね」
「ええ。エルドを家にいれた前科がありますから」
「……そうね」
2人のやり取りを聞いていて、エルドが「過保護ですねえ」と苦笑する。
「でもまあ、そんなに念を押さなくても大丈夫ですよ。他人が入ろうとしたら、雷が落ちてきますから」
リディアが目を見開いた。
「え! そうなの?」
「そうですよ。入ろうとした瞬間、ビリビリ! って感じです」
笑顔のエルドを見て、リディアは思わず身震いした。
もともと入れるつもりはなかったが、絶対に入れるのは止めようと心に誓う。
ちなみに、リスやウサギなどの小動物については、問題なく出入りできるらしい。
その後、2人は出発。
リディアは、何度も振り返るレオハルトの姿が見えなくなるまで見送ると、ゆっくりと家に戻っていった。




