04.魔法士エルド
「いやあ、本当にびっくりしましたよ」
レオハルトが帰って来てから、15分後。
庭の葡萄棚の下にある白い丸テーブルにて、エルドが上機嫌でリディアお手製のケーキを頬張っていた。
「てっきり、殺風景な家に1人寂しく住んでいるかと思いきや、家はめちゃくちゃ可愛いし、美人さんが出迎えてくれるし、ものすごい殺気飛ばされるし! ――あ、このケーキすごく美味しいです、ありがとうございます」
にぎやかなエルドに、リディアはくすりと笑った。
どうやら彼はとても楽しい人らしい。
エルドは、お茶をぐいっと飲むと、ニコニコ笑った。
「それで、お2人はどんな関係なんですか?」
ぐっと詰まるレオハルトの隣で、リディアが笑顔で答えた。
「姉と弟のような関係ですわ」
「……ああ~、なるほど、そんな感じですか」
エルドが納得したようにうなずき、レオハルトが「そうだな……」と遠い目をする。
その後、エルドは自分について話し始めた。
今は魔法研究者をやっているが、以前は魔法士団におり、レオハルトとペアを組んでいたらしい。
「前衛に騎士のレオハルトで、後衛に魔法士の僕、という感じですね。レオハルトは本当にすごくて、“漆黒の破壊神”なんて言われていたんですよ」
「まあ、そうなの? ずいぶん大袈裟なあだ名がついていたのね」
「……ええ、まあ、大袈裟というより、そのまんまだった気もしますけど」
リディアは、くすくす笑いながら立ち上がった。
話はとても面白いが、彼はレオハルトのお客様だ。
自分はそろそろお暇した方がいいだろう。
「では、わたしはそろそろ家に戻りますね。どうぞゆっくりしていってください」
「あ、はい。色々ありがとうございます」
「ありがとう、リディア」
丁寧にお礼を言う2人に、笑顔でお辞儀をすると、空いたお皿を持って家の中へと入って行く。
*
そして、リディアが立ち去った後、エルドがおかしそうな顔をした。
「なんか、姉と弟って言われてましたね」
「……そうだな」
「つまり、“漆黒の破壊神”は奥手だったってことですか?」
「そんなつもりはないんだがな……」
レオハルトが苦笑いする。
彼女にペースを合わせると、なぜかこんな感じになってしまうのだ。
エルドが面白そうな顔をした。
「まあ、でも、こうなるのも分からなくはないですけどね。エルフってめちゃくちゃ色恋に疎いですからね」
「……なぜエルフと分かった?」
「あの、のんびりした感じが師匠とよく似てたんで、何となく。うちの師匠も色恋とか全くダメですからね」
そう言われて、レオハルトは思い出した。
そういえば、エルドの師匠はエルフだったな、と。
どう色恋に疎いのか聞いてみたい気もするが、聞かない方が良い気もする。
エルドがケーキをもぐもぐと食べながら口を開いた。
「それで、ここに来た理由なんですけど、冒険者として僕に雇われてくれませんか?」
エルドによると、2つほど隣の山奥にキメラが出たらしい。
「ぜひ研究材料に欲しいんで、一緒に行ってもらえませんか」
「護衛兼前衛というところか」
「はい」
レオハルトは考えた。
エルドには何だかんだで世話になってるから、依頼を受けたいという気持ちはある。
しかし、
(リディアが1人になってしまう)
山2つ隣りの山奥ということは、どんなに急いでも数日はかかる。
そんなに留守にしたら、彼女に何かしようという不埒な奴が出て来てもおかしくない。
黙り込むレオハルトを見て、エルドが不思議そうな顔でながめた。
「どうしたんですか?」
「いや、その間リディアが1人になってしまうと思ってな」
「なるほど、確かに女の子1人を残していくのは心配ですね」
エルドが考えた末、任せてください、という風に胸を叩いた。
「分かりました。じゃあ、僕がすごい魔法をかけていきますよ!」
「すごい魔法?」
「はい! “城守りの魔法”をかけていきます!」
“城守りの魔法”とは、建物にかける強固な守りの魔法のことだ。
この魔法をかけると、許可されていない者は入ると電撃を浴びて動けなくなるという、いわば戦略級の魔法だ
どう考えても、リディアに寄ってくる悪い虫対策にはやりすぎだが、レオハルトはうなずいた。
「それならば安心だな」
「でしょう? しかもあれ、1年は持ちますからね!」
「それは助かるな」
という訳で、2人は、
「じゃあ、前衛をお願いする代わりに、城守りの魔法をかけるってことでいいですね」
「ああ、わかった」
という割ととんでもない約束を交わすと、笑顔でガシッと握手をした。




