05.契約と贈り物
「なるほど、エルフだったんですね」
「はい……」
リディアが作った「下級回復薬」が、実は「特級回復薬」であると発覚してから、20分後。
2人は向かい合って座りながらお茶を飲んでいた。
エマがホッとしたような顔をした。
「いやあ、びっくりしましたけど、エルフなら納得です。……もう、早く言って下さいよ!」
「すみません……、あんまり人に知られたくなくて」
リディアが謝ると、エマが慌てたように手をブンブン振り回した。
「いえ、いいんですよ。エルフって目立ちますものね。私もここらへんじゃお目にかかったことありませんし。私、こう見えても口が堅いんで、誰にも言わないんで大丈夫ですよ!」
ちなみに、エルフだと分かったのは、エマが
「……もしかして、リディアさんってエルフですか?」
と尋ねてきたからだ。
以前、都会で働いていた時に、同僚にエルフの薬師がいたので、何となくピンときたらしい。
「その同僚は、何を作っても凄くてですね、中級回復薬を作っても上級とかになっちゃうんですよ」
「……そうなんですね」
リディアは目を逸らした。
下級を作って特級になったとはとても言えない。
目立たないようにするには、これからどうすれば良いかと相談すると、希釈してはどうかという答えが返って来た。
「ものすごくもったいないんですけど、上級以上の薬を卸したら間違いなく目立ちますからね」
「希釈、ですか」
「ええ、ここでやってみますか?」
2人は試行錯誤を始めた。
魔法で出した水を精製し、それをちょっとずつ入れては、効果を計っていく。
そして、8倍に薄めれば、中級回復薬くらいになるということが分かった。
「こんなに薄めて大丈夫かしら」
「中級は一番売れますから、ギルドとしても嬉しいですよ。それに、値段も手ごろだから冒険者さんたちも喜びますし」
そういうものなのね、とリディアがうなずいた。
みんなが喜ぶなら、きっとその方がいいだろう。
彼女はエマにぺこりと頭を下げた。
「そうします。色々教えて頂いてありがとうございます」
「いえいえ、そんな。腕の良い薬師に来ていただいて、こちらこそ助かります!」
エマが照れたように頭をかく。
その後、2人は相談して、まずは中級回復薬を週に100本卸すことで話がまとまった。
持って来た回復薬も買い取りたいと言われ、中級回復薬8本分として、銀貨8枚を支払ってもらう。
(やったわ! お金だわ!)
リディアはほくほくした。
初めて自分で稼いだお金にこの上ない喜びを覚える。
エマにお礼を言って別れ、るんるんしながら受付に戻ると、レオハルトが少し険しい顔で他の冒険者たちと話をしていた。
(あら、もしかしてお友だちができたのかしら)
そう思って見ていると、レオハルトがリディアを見つけた。
少し険しかった顔が柔らかくなり、嬉しそうに近づいてくる。
「どうだった?」
リディアは、レオハルトの赤い瞳を見上げた。
「これから週に1回薬を卸すことになったわ」
「おめでとうございます。あの薬師の女性はどうでした?」
「とてもいい人だったわ。薬にも詳しくてお話できて楽しかったわ」
嬉しそうなリディアを見て、レオハルトが「そうですか」と微笑む。
ちなみに、レオハルトは冒険者登録をしたらしい。
この街は加工業が盛んなため、素材集めなど結構仕事があるらしい。
「ずっと一緒にいたいところではありますが、無職は良くありませんからね」
そして、中央通りを通って商店街に入ると、リディアがエッヘン、という風に口を開いた。
「ふふ、実はね、わたし、お金持ってるの!」
「そうなんですか?」
「ええ、持って行った回復薬が銀貨8枚で売れたの!」
「それはおめでとうございます。結構高値で売れましたね」
リディアはにんまりと笑うと、レオハルトを見上げた。
「それでね、レオハルトに何かプレゼントがしたいのだけど、何か欲しいものはないかしら?」
「……え?」
レオハルトが、端整な顔に驚きの表情を浮かべた。
「私に、プレゼント、ですか?」
「ええ、もちろんよ」
レオハルトには、感謝してもしきれないほど感謝している。
初めて稼いだお金で買うものは、彼への贈り物と決めていた。
レオハルトが感極まったように目頭を押さえた。
軽く肩が震えているように見える。
「どうしたの? レオハルト?」
「……いえ、感動に打ち震えていました。今日のこの瞬間を一生忘れません」
リディアはくすくす笑った。
レオハルトの言い回しは相変わらずよく理解できないが、喜んでくれているというのはよく分かる。
そして、何が欲しいかという段になり、レオハルトが悩み始めた。
真剣な顔で考え込みながら商店街を歩く。
リディアは苦笑した。
「レオハルトったら、そんなに悩まないでもいいのよ」
「いいえ、これは悩むなと言う方が無理です」
珍しくそうキッパリと言い切ると、考えた末、ゆっくりと口を開いた。
「なにか、身に付けるものがいいです」
「身に付ける物って、アクセサリーとか?」
「ええ、そうですね。出来れば剣を振るのに邪魔にならないものが」
「分かったわ」
リディアはレオハルトと共にあちこちの露店を見て回った。
多くの工芸品があるが、どうもピンとこない。
そして、アンティーク風のアクセサリーが並べられている店に入り、リディアの目に、透明の石がはめ込まれたペンダントが目に入った。
(これって、エルフ国のものよね?)
石には魔法を1つ詰めることができ、携帯できるのだ。
といっても、火魔法だったら薪に火をつけることが出来る程度など、ほんのささやかなものなので、ほとんど意味はないのだが、家族などに送られることが多い。
エルフ国で買えば高いはずだが、その値段は銀貨5枚。
不思議に思って店の店主に尋ねると、人族では扱えない類の魔道具のため、安く売られているらしい。
(これ、良さそうだわ)
ほんの少しだが回復魔法が詰められるから、冒険者のレオハルトにはピッタリだ。
「どう?」と、横にいるレオハルトを見上げると、黙ってうなずかれる。
「これください」
「まいどあり!」
お金を払ってペンダントを受け取ると、リディアは店を出た。
他の店に寄って、金属磨きの粉を買う。
「ちゃんと綺麗にして、魔法を詰めてからプレゼントするわね」
そう言うリディアの手を、レオハルトが優しくとった。
その甲にそっと口をつけると、小さな声で囁く。
「ありがとうございます。一生大切にします」
リディアはくすくす笑った。
手を伸ばして、レオハルトの頭を撫でる。
「気が早いわよ。磨いてみたらすごく変なペンダントになるかもしれないわよ?」
「大丈夫です。リディアからもらったものなら、そのへんの石ころでも一生大切にできますから」
「まあ、大袈裟ね」
リディアが再びくすくす笑う。
その後、2人は食料品店に寄って食べ物を買うと、仲良く並んで家へと帰っていった。