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03.ローザリンデの街

 

 セレニア国に入ってしばらくして、

 リディアとレオハルトは、ローザリンデという街に辿り着いた。


 レンガ色の屋根が可愛らしい家が並ぶのんびりとした街で、美しい森に囲まれている。

 リディアは一目見てこの街が気に入った。



「わたし、この街に住みたいわ」

「じゃあ、そうしましょう」



 街の中心にある、窓辺に赤い花が飾られた小さな役場に行くと、若い女性がニコニコしながら歓迎してくれた。



「ようこそ、ローザリンデの街へ」



 彼女によると、魔道具や織物など加工品の生産が盛んな街で、その材料集めを担う冒険者も多くいるらしい。



「皆さん礼儀正しくて、とても治安がいいんですよ」



 薬はいくらあっても嬉しいようで、街にある冒険者ギルドに薬を卸してもらえると助かりますと言われた。



(いいかもしれないわ)



 人間向けの薬についてまだよく分かっていないし、薬屋を開く資金もない。

 まずは薬を卸しながら勉強しつつ、お金を貯めようと考える。


 それをレオハルトに相談したところ、「冒険者ギルドですか……」と少し渋い顔をされた。

 彼曰く、気性の荒い男性が多く出入りする場所らしい。



「そんなところにリディアを通わせるのは……」

「大丈夫よ、わたし、ちゃんと目潰しの薬を持って歩くから」



 と言ったところ、



「そんな物騒な薬を持ち歩くくらいなら、私が一緒に行きます」



 と真顔で言われた。

 どうやらレオハルトはかなりの心配性らしい。



 その後、2人は女性に案内された街を歩き回った。

 住む場所については、好きな空き家に住んで良いらしく、空き家をいくつか紹介してもらう。


 その中で、リディアは街から少し離れた森の中にある家がとても気に入った。

 古くて少し荒れてはいるが、広くてとても住みやすそうだ。

 初めて来たのに、どこか懐かしい感じもする。



「わたし、ここがいいわ」

「私もそう思っていました」



 2人はそこに住むことを決めると、早速住むための準備を始めた。


 まず、家の中にあるものを全て庭に運び出す。


 リディアが本を数冊「よいしょよいしょ」と運んでいる間に、レオハルトがその十倍以上の荷物を何度も運び出す。

 そして、リディアが3往復目をしようとして家に入ると、すでに家の中はガランとしており、全てが運び出されていた。



「すごい、もう終わっている」



 リディアは感心してレオハルトを見た。

 白いシャツの袖を捲り上げており、太い腕が見える。


 彼女は自分の腕に目を落とした。

 白くて細くて、ちょっとぷにぷにした腕を見て、力の違いに納得する。


 その後、リディアは魔法の杖を取り出すと、風魔法で家中の埃を外に出した。

 水魔法を使って、家中を水洗いして、再び風魔法を使って綺麗に乾かす。


 レオハルトが感心したような声を上げた。



「すごい腕前ですね」

「エルフは人間より魔法が得意かもしれないわね。でも、何だか昔よりも上手くなっている気がするわ」



 10年前は、魔力量は多いせいもあって、細かい制御が苦手だった。



(もしかして、魔力泉の上に住んでいたからかしら)



 そんなことを考えながら、魔法で外壁を水魔法で軽く洗って乾かすと、白い壁とオレンジ色の屋根が蘇る。


 その後、2人は使えそうな家具を運び込むと、街に出た。


 街は工芸品の街というだけあって、たくさんの店があった。


 2人は方々の店を周って、気に入ったテーブルなどの家具や、リネン類やカーテンにちょうどいい布などを相談しながら購入する。




 ――そして、そこから2人で一緒に家を整えること数日後の夕方。



「完成ね!」



 ついに家が完成した。


 夕日に照らされた森の中にたたずむ家は懐かしい雰囲気で、中に入ると緑の鉢植えと木の家具が温かく迎えてくれる。

 1階はリビングや台所、製薬室で、2階にはそれぞれの部屋がある。


 リディアは家の中を見回して、思わず苦笑した。

 どことなく、あの巨木の中の家に似ている気がする。



(わたし、あの家結構好きだったのかもしれないわ)



 リディアは横に立っていたレオハルトを見上げた。



「とても気に入ったわ。レオハルトは?」

「もちろんですよ。リディアが気に入る場所が、私の気に入る場所ですからね」



 リディアは微笑んだ。

 きっと気を遣って言ってくれているのだとは思うが、その心遣いがとても嬉しい。



 その日、2人は少し離れたところにある老夫婦が営む小さな食堂で夕食をとった。

 ささやかなお祝いということで、ワインを頼んで乾杯する。


 アルコールが入って、リディアはこの上なく楽しい気持ちになった。



「リディアは飲むと明るくなるタイプなんですね」



 と言われながら、陽気に食事をする。


 そして、ほろ酔い気分で少しふらつきながらも、レオハルトに支えられて家に帰り、

 新しい羽根布団にくるまりながら、幸せな気持ちで眠りについた。




 *




 リディアが眠りについてから、しばらくして。


 レオハルトは、剣を持って静かに階段を下って外に出た。


 少し冷えた森の中に入り、剣を鞘から抜いて振るい始める。



 シュッ シュッ



 剣が風を切る音が静かな森に響き渡る。



(最近緩み過ぎている。気を引き締めなければ)



 そして、しばらく素振りを続けた後、レオハルトは手を止めると、空を見上げた。

 木々の間から、星々が煌めいているのが見える。


 それらをながめながら、彼は小さなため息をついた。



「……駄目だ、幸せ過ぎる」



 リディアと協力しながら家を作る作業は、想像を絶するほど幸せだった。


 彼は6歳の頃に母親を亡くして以来、リディアと一緒にいた数カ月を除き、ほとんど人の優しさに触れてこなかった。

 王宮では爪弾きにされ、騎士団では辛いいじめにあい、いつも死地に行かされていた。


 部屋はあくまで寝るだけの場所であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。



 そんな彼にとって、リディアと一緒に住む家を作ることは新鮮な体験だった。

 相談して家具を決め、力を合わせて家を整える。


 それだけでも幸せなのに、リディアは常に自分を気にしてくれた。


 働けば、「疲れていない?」と気遣われ、「休みましょう」とお茶を淹れてくれる。

 淹れてもらったそのお茶の美味しかったこと。

 リディアが淹れてくれたものなら泥水でも美味しいと思うが、その時のお茶は涙が出そうになるほど美味しかった。


 そんな日々を思い出し、彼はため息をついた。



「……幸せ過ぎる」



 リディアに対する、愛おしさはどんどん募っており、これ以上好きになることはないだろうと思った翌日、それをまた超えて好きになっているような感覚だ。

 一体どこまでいくのか想像もできない。




 しかし、その一方で、気になることもあった。



(……リディアは何者なのだろうな)



 とにかく魔法が凄すぎるのだ。


 以前、戦場でエルフの魔法使いと対峙したことがあるが、あそこまでの凄みは感じなかった。

 もしかすると、今まで会った魔法使いの中で一番かもしれない。


 彼女が何者か尋ねてみたいと思うものの、彼には躊躇いがあった。


 エルフ国であまり良いことがなかったのか、彼女は露骨に話を逸らすことが多いからだ。



(……まあ、何者でも関係ないか)



 過去はどうあれ、リディアはリディアだ。



 そんなことを考えながら剣を振るったあと、彼はそっと家へと戻っていった。





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