02.セレニアへの旅
セレニアへの旅は順調に進んだ。
最初、馬に乗ることになったと聞いて、リディアは少し怯えた。
馬は好きだが、これまで馬車にしか乗ったことがなかったのだ。
先に乗ったレオハルトに引き上げられ、横向きに座ったリディアは思わず声を上げた。
「こ、こんなに高いのね」
初めは怖くてレオハルトにしがみついていたが、徐々に慣れ、景色を楽しめるようになった。
10年ぶりに見る外の世界はすべてが新鮮で、木々の緑や咲き誇る花、春風の心地よさにリディアは目を細めた。
(外って、こんなに素敵だったのね)
そんなリディアを、レオハルトは嬉しそうにながめる。
その後、森をしばらく歩くと街道が見えてきた。
レオハルトが口を開いた。
「そろそろ人がいる場所に出るので、顔を隠した方が良いかもしれません」
「そうなのね。やっぱりエルフは目立つのかしら?」
「それもありますが、リディアは綺麗ですから」
真顔で言われ、リディアはくすりと笑った。
人族から見るとエルフは美人に見えると聞いたことがあったが、その噂は本当だったらしい。
そして、フード付きのローブはないかと言われ、彼女は困った顔をした。
「持っていないわ」
「そうですか」
レオハルトは少し考えたあと、自分のマジックバッグから黒っぽいマントを取り出した。
「どうぞ。大きいと思いますが、私の腰までの丈なので、着れなくはないと思います」
「ありがとう」
リディアはお礼を言うと、マントを着込んだ。
レオハルトにとって腰までらしいそれは、リディアの膝くらいまである。
(ブカブカだわ)
彼女の姿を見て、レオハルトは手で口を隠しながら横を向いた。
よく見ると肩が震えている。
リディアは赤くなった。
「そんなに笑わないでよ!」
「笑っていません。予想以上の破壊力に正気を保つのが精一杯なだけです」
彼の言葉に、リディアは首をかしげた。
何を言っているのだろうとは思うが、多分人族の間の何か冗談のようなものだろうと考える。
その後、2人は再び馬に乗って街道に出た。
道すがら、レオハルトにそれとなく連絡しておく人はいないのかと問われて、リディアは「いないわ」と答えた。
10年も放置されていたのだ。きっとみんな自分がいなくなったことにすら気が付かないだろう。
ただ、当時いなかった従姉だけは心配しているかもしれないから、落ち着いたら連絡しようかとも考える。
そして、夕方近くになり、2人は小さな街に到着した。
街に入って、リディアは思わず立ち尽くした。
「すごい!これが人の街なのね!」
石造りの家々や見たことのない屋台が並び、その間を人々が忙しそうに歩いている。
本で読んだことはあったが、こんなに活気があるとは思わなかった。
その夜、2人は宿に泊まり、夕食をとることになった。
人族の料理は野蛮で美味しくないと聞いていたため不安だったが、出てきた野菜中心の料理は驚くほど美味しかった。
さすがに肉は無理だったが、レオハルトが食べてくれたお陰で、リディアは心置きなく野菜をぺろりと平らげた。
「美味しかったわ。人族の料理ってこんなに美味しいのね」
「そうですか、それは良かったです」
レオハルトは満足そうに赤く涼しげな目を細める。
翌朝、リディアは巨木ではない場所で目を覚まし、安堵した。
外に出られた喜びをかみしめながら「レオハルトには感謝しかないわ」とつぶやく。
その後も2人は旅を続けた。
途中、彼らは大きめの街でリディアの目立たない服を買った。
レオハルトに代金を払ってもらい、リディアは申し訳なさを感じた。
何からなにまで全部頼ってしまうのは何だか申し訳ない。
「どうしたら良いか」と尋ねると、彼は考えた末、こう答えた。
「思い切り頼って甘えて欲しいところですが、どうしても気になるなら、出世払いはどうですか?」
「出世払い?」
「ええ、薬屋を開いて儲かったら、というやつです」
「分かったわ。ありがとう」
そんな会話をしながら、リディアは感心した。
彼は気遣いができる本当に素敵な大人になった。
――そして、旅を始めてから1週間後の夕方。
2人は森に囲まれた街道を進んでいた。
リディアが夕暮れの空に浮かぶ薔薇色の雲をながめていると、レオハルトが前方を指差す。
「国境です」
その方向を見ると、遠くに夕日に照らされた石の城壁が見えた。
近づくにつれて人や馬車が増えていく。
そして、2人は馬を降りて、国境を超える行列にならぶことしばし。
門番の軽い質問に答えてお金を払った後、2人はセレニアの地に足を踏み入れた。
再び馬に乗って街道を歩きながら、リディアは周囲を見回した。
(あまり変わった様子はないのね。でも、街道の作りが違うかしら)
ここに来るまでは石畳だったが、こちらは土の道だ。
レオハルトにそれを言うと、ディーン帝国は公共事業として道を整備しているが、セレニア共和国にはそういった仕組みがないらしい。
リディアは感心した。
これまで旅してきた時も思ったが、レオハルトはとても博識だ。
そして、リディアがこれからどうするのかと尋ねると、レオハルトが地図を取り出した。
受け取って広げると、それはセレニアの地図だった。
所々に家のマークが書いてあり、横に村や街の名前が書いてある。
「そこに書いてある街は、比較的大きな街ですから、行ってみて、気に入ったところに住むのはどうかと思っています」
「まあ、そんなことができるの?」
「この国では、手に職があればどこも大歓迎なんです。リディアは薬の知識があるし、私は剣が使えるので、何の問題もないかと」
「そうなのね」
リディアはわくわくしながら地図をながめた。
近くにある街を指差して、「ここはどうかしら」と言う。
「森も近いから、製薬の材料には困らないし、住むならこういう場所がいいと思うわ」
「では、まずは行ってみましょうか」
「レオハルトはここでいいの?」
「ええ、私はリディアがいればどこでもいいですから」
リディアはくすりと笑った。
気を遣わせまいと言ってくれいるのだろうが、その心がとても嬉しい。
夕暮れの中、2人は楽しく話をしながら最寄りの村に向かって馬を進めた。




