あなたへの「明けましておめでとう」
―――メールアドレスは知ってるんだよ…。
―――誰のお陰かしら?
―――海姫様です><
―――大体私にもまだ新年の挨拶してくれてないよ?(笑)
―――あ、ごめん。あけおめことよろ(笑)
―――うん、あけおめことよろー。
―――で、どうしよう…。
―――メールの年賀状如きでうだうだ悩んでる暇あったら、その時間を使ってメール書きなよ。
―――そうだよね…。書くしかないよね。
―――そうだよ、書かなきゃ。
―――うん! …でも、何て書こうかな?
と、久川 瑛がメールを送るなり、その相手である、古藤 海姫から電話がかかってきた。
「…もしもし?」
瑛が恐る恐る相手の様子を探る。
「とりあえず明けましておめでとうございます」
と、もう一度新年のご挨拶。瑛も慌てて「明けましておめでとうございます!」とお辞儀をしながら答える。
「いやいや、お辞儀はしなくて良いから」
と、笑いながら海姫。
「えぇっ、なんで判るの?!」
瑛は驚愕した。
「いやー、長い付き合いですから」
と、笑いながら海姫。
「うぅ…」
頭をたれる瑛。
「そんなことよりさー」
海姫が不満げな声で言う。
「たかがメールじゃない。何でそんな気をもむのよ?」
「うん…」
曖昧に答える瑛。
「今までメールしてなかったわけじゃないでしょ?」
海姫が問いかける。
「いつもの調子で、気軽に行けば良いじゃない?」
瑛はベッドに座って、手近にあったぬいぐるみを弄ぶ。熊を可愛らしくデフォルメしたそれの鼻を押したり、手を振る仕草をさせてみたり。
「…実は」
そうして瑛は、先ほどの海姫の問いかけにかなり遅れて返事をする。
「…まさか」
と、その不吉な前置きに狼狽する海姫。
「メアド交換してから一回もメールしてなかったりして…」
おどけた調子で言う瑛に、いよいよ海姫の激昂が飛んだ。
「何してんのよ!」
余りの声の大きさに、思わずケータイを耳から離す瑛。
「折角手伝ってあげたのに、私の苦労を無駄にする気?!」
瑛は再びケータイを耳につける。
「ご、ごめん」
「謝らないで」
ピシャリと言い放つ海姫。
「あー、もう! 瑛、待ってるだけじゃ駄目だよって、あんなに言ったじゃない」
海姫はため息交じりに言う。
「瑛の性格も知ってるし、恥ずかしいのも判るけど…今のままじゃ、絶対気持ちなんて伝わらないよ?」
瑛はぬいぐるみを抱きしめる。
「…うん」
「言葉にしなきゃ」
海姫の優しい声が、瑛の気持ちを和らげる。
「その一歩として、まずは電話切ったら達也君への年賀メールを書き始めること!」
「…はい!」
瑛の元気な声を聞いて安心した海姫は電話を切った。
瑛はケータイの待受け画面を暫く見つめていた。
「…よしっ」
瑛は自分に言い聞かせるように態と声を出すと、勢い良くメール新規作成画面を開いた。
タイトルには「明けましておめでとう」と書き、慣れた指つきでメールアドレス欄に件の相手、中川 達也のそれを挿入する。
そしていざ本文に入る。と、途端に指が止まる。
「………」
息まで詰まっている瑛。目は真剣そのものだ。
「…はぁ」
と、いきなり気が抜ける瑛。
「うぅー…挨拶以外、何も言いたいことが浮かばないよぉ」
うなだれる瑛。
正確には、浮かばないのではなく、浮かびすぎているようだ。
「あんまり長いと引くだろうし、でも返って短いと愛想がないって思われちゃうだろうし…」
伝えたいことは沢山ある。
例えば、去年達也と知り合いになれて嬉しかった、とか、今年はもっと話がしたいね、とか…本当に色々。
「どれを書けば良いのかなぁ…」
瑛はそのままベッドに横たわると左腕を目にかざした。
* * *
「達也くーん!」
それは海姫と瑛の、共通の友達の家で行われた、クリスマスパーティーの席でのことだった。
海姫は瑛を引っ張るようにして中川達也の隣に座った。
「あれ、海姫に瑛ちゃんか。どうしたの?」
「いやいやー、メリクリ」
海姫がおどけていう。釣られて笑って、達也も「メリクリ」と返した。瑛はそんな二人のやり取りを楽しそうに見ていたが、我に返ってそっ、とその場を逃げ出そうとする。
「待て」
海姫に洋服の首根っこを掴まれる。
「う~…」
瑛は唸った。
「瑛ちゃん、メリクリ」
達也は笑って瑛にもそう言った。
「う、うん」
顔をほんのり赤く染めて、瑛は頷いた。
「あのねーたっちん、お願いがあるのー」
と、唐突に海姫が口を挟む。
「瑛にメアド教えてあげて?」
そしてストレートな交渉。瑛は慌てて海姫の腕を引っ張った。
「痛っ、何よー」
海姫が批難の声を上げる。瑛は目を固く瞑って首を左右に振っている。
「海姫ー…ストレート過ぎだよ、もっと間接的に…」
と、小声で海姫に要求する瑛。
「えー」
あからさまに嫌そうな顔をする海姫。
「お願い!」
また小声で言う瑛。
「…他力本願って言葉知ってる?」
と、海姫は意地悪そうな視線で言う。
「う、うん」
瑛は気後れしつつも頷く。
「…例えばどんな風に間接的よ?」
不思議そうな目で二人のやり取りを見ている達也など、気にも留めないで二人は会話を続ける。
「たっ、例えば? …例えば、そう! 天気の話とか!」
これは名案、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべて英は提案する。
「却下」
それを、海姫は何の躊躇いもなく否定する。
「えー!」
今にも泣きそうな顔の瑛。
「あのねー、余りに古典的過ぎよ? 加えて面白くない」
「面白さはいらないと思う…」
反論する瑛。
「駄目よ瑛。そんな志の低いことでは! プロへの道は厳しいの。判る?」
海姫は瑛の肩を掴んで言い聞かせる。
「う、うん」
瑛は気迫に押されてついつい頷いた。
「あはは…」
突然、海姫の背後から笑い声が聞こえた。瑛も海姫も振り返る。と、達也が笑っていた。
「何か良く判らないけど、二人とも面白いね」
瑛は達也の笑う顔を見て、胸が疼いた。
「『嗚呼、この笑顔の傍に居たい…』って所かしら?」
瑛の熱い眼差しを冷静に観察する海姫。含みのある笑い方をしているのが、瑛の気に障った。
「もぉー! 海姫!」
瑛が声を荒げるのを、笑い倒す海姫。
「あはは、瑛可愛い~」
暴れる二人を見て達也はまた笑った。
「瑛ちゃん」
不意に、達也が瑛に声をかける。瞬間、瑛は凍りついたように動きが止まる。
「は、はい」
瑛は狼狽しつつも返答した。
「メアド教えて? 海姫のは知ってるけど、瑛ちゃんのは知らないよね?」
達也の問いかけに、無言で、しかし力強く頷く瑛。その様子を見て笑いを堪えるのに必死になっている海姫。
「じゃ、同じキャリアみたいだし、赤外線付いてる?」
またしても無言で必死に頷く瑛。
「じゃ、送るよー」
達也は笑って自分のデータを送信した。瑛は耳まで赤く染めて、ケータイの画面を見つめている。
程なくして、通信終了、データ一件を受信しました、と表示される。瑛は電話帳を開いて確認する。
「…届いてる」
画面に表示された、中川達也の名前と電話番号、そしてメールアドレスに、瑛は感動している。
「海姫、やった! 交換したよ!」
はしゃぐ瑛を見て、海姫が笑いを堪えながら冷静に告げる。
「正確には交換してないよ」
達也は一人喜ぶ瑛を見て、やはり声を上げて笑っていた。
* * *
唐突に聴きなれない着メロが鳴った。
瑛は慌てて起き上がった。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
画面にはメール着信アリの文字。瑛はぼんやりとした意識の中で、先程の着メロの曲を頭の中でもう一度繰り返した。
そのメロディーに、瑛の眠気も霧散した。
Squall―――福山雅治の楽曲で、それは以前達也と会話した短い時間の間に、瑛が聞き出した達也の好きな曲だった。
瑛はその日の内に着メロサイトで同曲をダウンロードしていた。いつの日にか、達也と番号交換が出来た時、その曲を達也からの着信音に設定しようと心に決めて。
そしてそれは、あのクリスマスパーティの日に叶った。が、着メロに設定したのは良いけれど、一度として鳴ることのなかったその曲が…今、鳴っていた。
瑛は慌ててメール受信画面を開いた。未開封マークのついたメールの差出人は、やはり達也だった。
タイトル「明けました!」と表されたメールを、瑛は食い入るように見入った。
『瑛ちゃんへ
新年明けました、おめでとう! クリスマスパーティー楽しかったね。今年は去年以上に話をしたり、メールしたり出来たら良いな。今年も瑛ちゃんにとって、ステキな一年でありますように!』
瑛は感激した。そのメールが、誰にでも当てはまるような言葉の羅列ではなく、瑛だけに向けた言葉で構築されていたから。
『p.s.新宿にお洒落なカフェを見つけたんだけど、今度一緒に行かない?』
更に、デートの誘いまで書いてある。
「~~~!」
瑛は声にならない声を上げてその瞳を輝かせた。
「やったぁー!」
勢い良く手を挙げた瑛。ベッドの上で立ち上がってそんなことをしたものだから、天井に手をぶつける。
「~~~!」
今度は声にならない悲鳴を上げる。
暫くうずくまって、瑛はおもむろに達也のメールに返信を始める。タイトル「Re>明けました!」のまま、本文を書き始める瑛。
「うん、絶対行くよ! 今から楽しみだよ! 早くその日がこないかな~?」
瑛は一文字ずつ声に出しながら打って、送信した。
嬉しくて瑛は何度もメールを読み返す。
数分後、達也からの返信が来た。Squallのメロディが心に優しく響く。
瑛は手早くメールを開く。
「うん、約束したよ!」
文末には笑顔のフェイスマークがあった。達也とは似ても似つかないそのフェイスマークが、何故だろう、達也の笑顔を想起させる。
本文はまだ続く。一行開いて、次の文章が表示される。
「…でも、新年の挨拶はしてくれないんだね?(笑)」
「えぇっ?!」
瑛は吃驚して達也のメールを閉じると、自分が送信したメールを読み返す。
「はぅ…」
デートの誘いが余りに嬉しくて、新年の挨拶を忘れている。瑛は慌ててメールを書こうとした。
しかし、指の動きが止まる。
「折角なら…」
瑛は呟くと、電話帳を開いて達也の情報を開く。少し躊躇われたけれど、どうしても口で言いたかった。
その気持ちに力強さを感じ、瑛は戸惑いをかなぐり捨てて通話ボタンを押す。
「…もしもし? 瑛ちゃん?」
三コール目で達也の声がする。久しぶりに聞く達也の声に、胸の高鳴りは更に激しさを増した。
「あの!」
瑛は頬を真っ赤に染めて言う。
「明けまして、おめでとうございます!」
瑛のいきなりの挨拶に、達也は気後れしたが、電話の向こう側で微笑むと「…明けましておめでとう」と返事をした。
それから、長い間電話越しにではあるけれど、話をした。
瑛は達也との会話を楽しみながら、今年は良い年になる、と確信した。




