1話 昴瑠
澄んだ夜空の下、昴が小さな村を照りつけていた。
「わぁ!生まれたよお母さん、男の子だ!」
「八雲もこっち来て!」
八雲と呼ばれた少女は、興奮した様子で駆け寄る。
「とっても可愛い! ほっぺもぷにぷに! 飛鳥姉ちゃんも触ってみて!」
飛鳥と呼ばれた少女も八雲と一緒に徐にほっぺを触る。
「ねぇねぇお母さん、名前はどうするの?」
飛鳥は母親に目を輝かせて質問を投げかける。
「そうね、飛鳥。今夜の夜空には何が見えるのか、見てきてくれるかい?」
飛鳥は不思議に思ったが、夜空を見るため言われた通りに外へ足を進める。
「今夜は昴がとっても綺麗だよ!」
「じゃあ、この子の名前は昴瑠にしましょう」
「えー、安直な名前ぇ」
八雲が不満を漏らす。
「そんな事言わないのよ、八雲。きっといつか、大切な名前になるんだから」
「そうだよ、八雲! 私達の大切な弟でしょ!」
昴が照りつける真夜中、こうして一つの命が誕生した。
「きゃぁぁああああ!!」
「妖怪だーーー!!」
「妖怪が出たぞ!!みんな逃げろ!!」
外から突然、叫び声が聞こえた。
「えっ、なに!?」
「お母さんどうしよう、妖怪が出たって!」
「飛鳥、八雲。よく聞いて。お母さんは良いから、昴瑠を連れて3人で逃げるのよ」
人間が出す声なのかと思うほど出し切った叫び声は、うめき声へ変わり、液体が飛び散る音と共に消えていく。
「そんな、お母さんはどうするの!?」
「嫌だよお母さん!離れたくない!」
飛鳥と八雲が必死に母親に縋る。
すると、母親が何かを取り出す。
「2人共、これを見て。この蒼い首飾りは、何かあった時、必ず貴方たちを守ってくれるわ。これを持って、昴瑠を連れて遠くへ逃げるのよ」
「嫌、嫌だ、絶対にお母さんと一緒にいるもん!!」
八雲が涙ながらに訴える。
「良いから逃げなさい!早く!」
母親が強い剣幕で話す。
「ほら、八雲、逃げるわよ!」
「嫌だ姉ちゃん、離して! 嫌あああ!!」
号泣する八雲を飛鳥が無理矢理連れ出す。
「飛鳥、八雲、そして昴瑠…元気でいるのよ」
「お母さん…」
外へ出ると、藍色の夜空とは打って変わって、朱色の地獄となっていた。
「何…これ」
泣いていた八雲も唖然とする。
見慣れていた集落は、一面が地獄となっていた。隣の家、近所に住む友達。何もかもが真っ赤な熱の塊に包まれていた。
打ちひしがれる飛鳥と八雲は、恐怖のあまり、動き出せずにいた。
「こうしちゃ居られない、八雲、早く逃げるよ!」
先に足を踏み出したのは飛鳥だった。
「待って、お姉ちゃん、私達の家が…!」
その時、少し前まで幸せに包まれていた空間が、崩れ去る音がした。
「お母さあああああん!!」
2人の母親は死んだ。
「ッ…八雲、早くここから逃げないと。火の手がすぐに回って来ちゃう!」
「飛鳥姉ちゃん…」
2人は親を失った悲しみを押し退け、走り出した。
「はぁはぁ…」
「ここまで逃げれば…」
「あー、うー」
昴瑠は能天気なのか、それとも何も知らないのか、笑っていた。
「これが、私達の弟」
「可愛いね…」
バキッ 3人の後ろで木の折れる音がした。
「ほう、まだ村の小娘共が残っていたか」
襲って来た妖怪と思われる者が3人の前に現れた。3人の後ろには深い渓谷。妖怪の手には大きな刀があり、村の紅がこびりついていた。
「ね、ねぇちゃん」
「お前か、村を襲ったのは…」
「あぁそうだ、妖人の力が必要だったんでな」
「よう…と? 何それ」
「何も教えられてなかったのか。まぁ良い、もうすぐ死ぬお前らになんの価値も無いからな」
「死ね!! 妖人共!!」
妖怪が刃を向け、こちらへ向かってくる。
死にたくない、死にたくない、飛鳥と八雲の頭の中にはその言葉しか思い浮かばなかった。
すると、突然首飾りの石から蒼い光が漏れ出る。
「うわ、眩しっ!」
「な、なに?」
光と共に、妖怪がもがき始める。
「くっ…なんだ、結界か?」
蒼い光は、3人を守る結界を作り上げた。
光は強さを増し、光の帯を纏い始める。
そして、轟音と共に、光が妖怪へ飛んでいく。
「う、うわあああ!!」
光は妖怪を押し退け、村の方へ弾き飛ばした。
「い、いなくなったの…?」
「わ、分からない、でもとにかく逃げないと」
摩訶不思議な光に救われた2人は渓谷に沿って再び足を進める。
「うわっ、わわわ!!」
「八雲? 八雲!どうしたの!!」
八雲は歩く途中で足を滑らせてしまい、持っていた昴瑠から手を離してしまう。
「あぁ! 昴瑠!!」
昴瑠は蒼い首飾りと共に渓谷へ落ちてしまった。
「す…昴瑠まで」
「あ、あああ…」
八雲は言葉にならない涙を浮かべた。
「あ、ああ…ああああ!!」
八雲は泣いた。自分のせいだ。自分のせいでまた大切な命を失わせてしまった。
強い後悔の念が八雲を包む。
「八雲… 大丈夫、お姉ちゃんがついてる」
「おねえちゃん…ごめん……ごめんなざいいあいい!!」
「八雲、お姉ちゃんの顔を見て」
「あぁ…」
「失ったものは取り戻せない、でも、私達は未来に足を進めることができるのよ。だから歩くのよ。分かった?」
「ふぇ… ふぇぅ…」
飛鳥は八雲を宥め、歩くことを促す。
涙の量は違えど、2人には同じ悲しみがのしかかっていた。