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第7話

 省吾は義兄に電話を入れた。省吾が封筒の受信とその内容を告げると、義兄は「来た? 」と言って絶句した。どういうことなのかと訊く省吾に、「担当者には話をしているんだけどね。文書送ってきた? おかしいな」と考え込む風。「呼び出されているんだけど、いかなきゃいけんのかね」と省吾は訊いた。この件はあなたの責任だろ、あなたが決着をつけるべきだという思いが省吾にはあった。「いや、行かなくていいよ。俺がちゃんと話をするから」と義兄は答えた。それは当然だと省吾は思った。「役所の誰から送ってきている? 」と義兄は訊いた。省吾は封筒の表に押してある印鑑を見て、「木本」と答えた。「木本ね、分った。また役所に行って話をするよ」「いつ行くのかね」「ああ、明日でも」と義兄は答えたが、省吾はやはり不安だった。「こっちから連絡せんでもいいんかね」と彼は訊いた。「来られない場合は連絡してくれと書いてあるしね」と言うと、「それはいいよ、連絡しても。相沢が払うことになっているので、相沢が話をしに行くと言ってもらっていいよ」と応じた。相沢は義兄の姓だ。


 義兄に電話しても省吾の気持は少しも晴れなかった。とにかく納税課の木本に電話を入れた。木本は「相沢さんはいろいろ言いますが、お金を入れないんですよ。もう七年も滞納していますしね。これ以上は待てませんので。納税義務はあくまでも名義人の余語さんにありますので、今回ご本人に文書を送ったわけです」と言った。余語は省吾の姓だ。省吾は困惑した。「こっちは寝耳に水の話で驚いているんですよ。督促状も見たことがないし、こんなことになっているとは。とにかく相沢に任せていたし、こちらにはそんなお金もないし。相沢が話をすると言ってますから、よろしくお願いします」と言って電話を切った。最後は我ながら悲鳴を上げていると省吾は感じた。実際、金に困っているのに、そんな余計な金まで払わされてはたまらないという思いだった。


 省吾の不安な日々が始まった。一週間ほど経って二人の納税課員が省吾の家を訪れた。木本と課長だった。省吾は役人が家まで来たことに圧迫を覚えた。二人は省吾に年度毎の本税とそれに対する延滞金を列記している表を見せた。滞納は七年前からその年の第二期まで続いており、本税は五八万円の滞納、延滞金は合計三五万円に上っていた。「納税は国民の義務ですから、きちんと果してもらいたいのです」と木本は言った。滞納したのは俺じゃないと省吾は思った。相沢の名を出しても、「相沢さんは払えませんので」と相手にされなかった。「役所としてもこれ以上猶予はできませんので、払って頂けない場合はあなたの財産を差し押えることになります。その措置は既に取っています」と課長が言った。省吾の胆を冷す言葉だった。「財産差し押え」という言葉で省吾の頭に浮かんだのは自分名義の銀行預金などが押えられ、自由に動かせなくなる事態だった。自分の財産を自分で処置できないというのは禁治産者の部類に入ったようで、社会的に不名誉な立場になると省吾は憂慮した。「本税だけでも納めたらどうですか。でないと延滞金が増えるばかりですからね」と木本が言った。確かに延滞金は馬鹿らしい出費だった。延滞金がこんなになるまで放置していた義兄の気が知れなかった。一回二万数千円、年四回の払いをなぜしなかったのだと省吾は頭を捻る思いだった。その金もないとは思えなかった。相沢と相談して連絡すると答えて、その日は帰ってもらった。


 省吾は義兄に電話をして二人の来訪を告げた。示された滞納額と延滞金の額を告げた。財産差し押えの措置を既に取っていると言われたことも告げた。「なぜこんなになるまで払わなかったのかね」と訊いたが、義兄は答えなかった。「固定資産税だけはきちんと払って欲しかったな」と精一杯の抗議の気持をこめた。最低限の約束だろう、背信行為だ、という言葉を抑えた。気持を変えて、「延滞金は馬鹿らしいよ。本税だけでも払った方がいいよ」と省吾は言った。義兄はまた沈黙した。「本税を納めれば差し押えは解除されるそうだ」と付け加えた。「いや、そうしなくても済む方法があるはずなんだ」と義兄は言った。「相沢さんは払えないと言って、役所の人はあなたのことを問題にしていないみたいだよ」と省吾は率直に言った。義兄は黙った。不快だろうな、と省吾は思った。「電話じゃ何だから、そっちに行くよ」と省吾は申し出た。そして明後日に会うことにして電話を切った。


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