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第4話

 もう一つの経済的暗雲は貸金問題だった。省吾は義兄に五五〇万円を貸していた。旅館を経営していた義兄が五〇〇万円の借金を申し込んできたのは省吾が四〇代の半ば頃だった。姉からの電話を環が受け、彼女の独断で承諾して銀行預金を下ろして貸した。後からその話を聞いた省吾は、よく借金を申し込んできたなと思った。旅館は省吾の父親が創業したもので、その後継を巡っては省吾と義兄との間に対立があった。大学を卒業した省吾が帰郷した時、義兄は既に父と一緒に旅館の経営に携わっていた。学生時代に関係した左翼運動を帰郷しても続けていた省吾には、作家になりたいという漠然とした思いがあるだけで、就職についての確たる考えはなかった。省吾は旅館の仕事を手伝いながら、一つの選択肢として、地元の大学に聴講生として通い、教員免許を取得した。旅館の経営では父親が社長、義兄が専務、省吾が常務という肩書だった。やがて省吾は環と見合い結婚をした。結婚をすると省吾もさすがに仕事に本腰を入れる必要を自覚した。省吾はそれまでと違って旅館の経営について意見を言うようになった。すると義兄夫婦は省吾を無視する姿勢を取りだした。そこには長男である省吾が旅館の経営權を奪ってしまうのではないかという警戒心が表われていた。ある晩、省吾夫婦と姉がスナックで飲んだ時、省吾は姉に、「旅館の経営は共同でやろう」と呼びかけたが、姉は黙ったままだった。やはり一緒にやる気はないのだと省吾は思った。義兄とは経営を巡って口論となり、義兄が「表に出ろ」と省吾に言い、ケンカになりかけたこともあった。省吾には旅館の経営について姉夫婦と争うのは醜いことだという思いがあった。それは世間によくある兄弟間の財産争いであり、世間の嘲笑を受ける事柄だった。その頃、省吾はある縁から私立の女子高校に非常勤講師として勤め始めた。ある日、今後の事を相談した省吾に母親は、「姉ちゃんたちは旅館しか生活の道がない。あんたは先生の道があるのやったらそうしなさい」と言った。それで省吾の肚は決った。彼は教職の道に進んだ。旅館は姉夫婦に譲ったという気持だった。親の築いた財産を巡る醜い争いから潔く身を退いた自分を誇る気持が省吾にはあった。姉夫婦は自分に感謝して当然だと思っていた。一方で、姉夫婦は財産欲しさに自分を追い出したのだという気持もあった。望み通りに袂を分った自分に、今後姉夫婦は旅館の経営について相談事や頼み事をすることはあるまいし、こちらも助ける義理はないと考えていた。それが借金を申し込んできたと聞いて驚いたのだ。どの面下げて、という思いがあった。自分がその話を受けていたら断っていたと省吾は環に言った。その後、今度は省吾の母親が姉夫婦に五〇万円貸してやってくれという電話をしてきた。自分たちでは頼みにくいので、同居している母親を使ったと思われた。これも環が受けて貸してやった。貸金は五五〇万円に増えた。


 省吾夫婦は正月には実家に行く。実家は旅館の脇に建っていた。その頃は大晦日の夕方に訪れ、一泊して元日を迎えるというのが慣例だった。省吾にとっては不仲な義兄と顔を合せるのは苦痛だったが、母親の望みであれば仕方がなかった。省吾は酒が入ると、つい面白くない話題を口にしそうになった。酔わないうちに切り上げればいいのだが、泊まる予定でもあり、環が座の中心になって話を弾ませることもあって、宴は長引くのだった。ある年の正月、酒に酔った省吾が、「金を返せ! 」と大声を上げたことがあった。大晦日が元日に変る時間帯だったろう。大金を借りていながら、返済について何も言わない義兄の態度が不快で、不審で、不安だったのだ。義兄を罵る言葉が省吾の口から出た。その頃省吾の父親は糖尿病の進行で既に亡くなっていた。後で環が、酒の席で言うことじゃない、素面の時に言うべきことだと省吾を批判した。あんなことを言うとせっかく金を貸してやったのに恩に思わなくなるとも言った。省吾は悔いた。そんな事が起きると、貸金の返済は気になることだったが、その後はその件を口に出しにくくなった。返済についてきちんとした話をしないままに数年が過ぎた。


 義兄からは返済について何の意思表示もなかった。どんな考えを持っているのか省吾は知りたかった。旅館の経営状態もまるで分らなかった。正月に実家に行く慣行は続いていた。但し、省吾の意思で一泊は止め、元日ではなく二日に訪れ、半日ほど居て帰ることに変った。行けば義兄と会うのだから、貸金返済の話はしようと思えばできたが、正月の席でそんな話を持ち出すのはどうかと省吾は迷い、躊躇(ためら)った。酒が入る席できちんとした話はできないとも思った。また義兄とケンカになる懸念もあった。省吾は正月になる度に迷いと諦めを繰り返した。省吾の定年が近づいてきた。定年が一年後に迫った時、省吾は意を決して義兄に会いに旅館に行った。素面(しらふ)できちんと話すべきだという環の言葉は頭にあったし、酒の力を借りなければ話ができない弱虫でもありたくなかった。


 省吾は相手を責めるよりも自分の状況を解ってもらうつもりで対面した。退職すれば年金しか収入がなくなり、それも六五歳までは部分的な支給で、経済的には厳しい状況となること、五五〇万円は大金であり、老後の生活資金として絶対必要であること、返済計画をきちんと作ってほしいことなどを話した。義兄の口からは具体的な話は何も出なかった。売り上げが二、三年前に比べて二、三割落ちていると言った。金が出来ればまとめて返したいと言った。それだけだった。迷惑を掛けるが、待ってくれと言うばかりだった。一括返済は求めないから、段階的な返済計画を作って知らせてほしいと言って、省吾は席を立った。


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