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ペシミスト  作者: 坂本梧朗


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第16話


 池尻倉庫で二ヶ月ほど働き、三月末、省吾は試験任用期間を終え、半年間の雇用期間で再契約した。契約は藤木との面接によって行われた。四月半ばに彼はトランスコムに配置変えされた。ようやく彼の望みが適った形だった。自分のバイクで直接通勤できるようになった。通勤時間は一〇分ほどなので、七時半に家を出ても十分間に合う。朝がゆっくりできるようになったのだ。


 トランスコムで省吾は「バンパーステー」と呼ばれる部品を担当した。バンパーの取付け器具のようだった。縦四センチ、横一〇センチほどの底板に、高さ一五センチほどの角柱を立てたような鉄製の部品だ。作業は底板にある三つの穴にボルトを挿し入れ、引っかからず通るかどうかをチェックし、更に角柱の上部に四本突き出ているボルトの錆を取り、それにナットを噛ませて根元まで回り下りる、つまり着座するかをチェックする。OKであれば、黒マジックで三つの穴の脇にレマークを付け、各ボルトの頭に線を一本引く。


 この作業には最低で二人、多い時は四人の作業員が配置される。作業台の上にパレットから取り出されたバンパーステーが四〇個ほど並べられる。それを眺めて、この作業で今日一日が終るのかと省吾は思う。自分の一日分のエネルギーがこの作業で費消されるのだと思う。並びから部品を一つ取って作業を始め、終ったものは脇に置く。二個終ると、仕上げを担当している者の作業台の上に運んで置く。仕上げ担当者は最終チェック者でもある。四本のボルトに錆止めの油を吹きかけながら、錆取り、チェックマークを確認し、必要であればナットの着座も確認する。そして出荷用の箱に入れる。省吾は二個の作業を終えると、メモ用紙に線を一本引く。それで正の字を作っていく。彼はこうして自分が一日に幾つ部品を処理するか数えていた。彼の最高記録はこの部品を担当した四ヶ月を通じて九五個だった。遅い方だった。作業の早い人は一〇〇個を軽く超えていた。


 一パレットに二五○個のバンパーステーが入っている。作業者が四人居れば一日に二パレットは確実に消化した。パレットが消える代りに部品を六個ずつ入れた出荷用の箱が積み上がるのだ。その箱の山を見て、人間の一日の労働力も大したものだと省吾は思った。この力を書斎の机の上で費やしたら、どれだけのものが出来上がっただろうかと思うのだった。すると自分の大切な労働力を他人に売っているのだということが痛感された。


 作業者にもいろいろな人が居る。穏和で話しやすい人。無愛想で取っ付きにくい人。皆還暦を過ぎて、それなりに角が取れて穏やかになっているのだが、中には若い頃の面影を留めて、攻撃的な人も居た。省吾に敵対的な気持を抱いていることがはっきり感じられる人が二、三人居た。彼らと同一部署に配置されると省吾は緊張した。彼らは省吾の作業上のミスや不手際を厳しく指摘した。人員の配置や組合せは毎日変った。気の合う人と一緒の部署になるとほっとした。省吾に冗談ばかり言いかける人が居た。「この錆すごいね。俺の頭の中みたいに錆ついてるね。自分が錆ついている人間が錆が取れるかって言うんだよ。テメーの錆を取れって言ってくださいよ、余語さん」と省吾に話しかける。実際、四本のボルト全部が赤い錆にびっしり覆われている部品がある。そんな部品ばかり入ったパレットがある。かと思うと、錆の殆どない部品ばかりのパレットに当ることもある。そんな時はラッキーだ。作業がグンと楽になる。「倉庫でジックリ熟成した錆だから、取ってしまうのは惜しいですね。もう止めましょうや、サビ取りは」「余語さん、ちょっとこれに小便かけてくれません。余語さんの小便かけたら、錆なんかすぐ落ちますよ」省吾が咄嗟にはどう答えていいか分らないことを彼は言ってくる。フォークリフトの運転手で、フォークの仕事の手隙に省吾の部署に来て、手伝いながら話しかけてくるのだ。からかわれているような気がして、省吾も気の利いた冗談を言い返そうと頭を回らす。その人との冗談の応酬で疲れを覚えることもあった。


 作業者の中には七○歳を超えている人も居た。その人も含めて、ここで作業している人の多くに、元気でよく働くなあ、という印象を省吾は抱いた。人間は生きている限り働かなければならないのだと諭されているような気がした。しかしそれを、この国では人は死ぬまで稼がなければ満足のいく生活はできないのだと思い直すと、味気ない気がした。


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