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ペシミスト  作者: 坂本梧朗


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第13話

 定年後一年余り、省吾が書き続けた長編小説を同人誌に掲載することになった。作品は発表しなければ意味がないのだ。四百字詰め原稿用紙で五百枚を超える作品だから、一〇〇枚ずつ載せたとしても五回では終らない。同人誌のキャパシティーでは一回一〇〇枚が限度で、それ以上は載せられない。とすれば最低六回の連載が必要となる。


 同人誌は季刊だ。三、四ヶ月毎に本が出る。連載一回目が出た。省吾のパソコン画面で二八ページ分を載せた。四百字詰め原稿用紙に換算してほぼ一〇〇枚。限度までを載せたのだ。同人誌での掲載ページ数は三三ページとなった。掲載料は一ページ、一二〇〇円。従って〆て三九六〇〇円。これに月会費二〇〇〇円の四ヶ月分八〇〇〇円が加えられ、四七六〇〇円が省吾に請求された。

 プロ作家は原稿を出せば金が入ってくるが、俺たちは、原稿も出す金も出すか、と省吾は泣きたいような気持になった。が、載せた以上、払わなければならない。環に訴える他はないのだが、躊躇せざるを得ない。ああ、金が欲しいなと省吾は思った。しかし金は天からは降ってこないし、地からも湧かない。省吾は清水の舞台から飛び降りるような気持で環に告げた。

「四万」

 と言って環は絶句した。

「あんた、いい加減にしてよ。収入もないのにお金ばかり使って! 」

 怒声が環の口で炸裂した。省吾の首は亀のようにシュンと縮んだ。

「あんたの年金は十万しかないんよ。それで四万も使われてどうするんね。貯金も何もなくなってしまうよ! 」


 年金が満額支給される六十五歳までまだ一年余の時間がある。環の怒声は、俺はとんでもないことを言っているのだろうと省吾に思わせた。

「もうやめり。同人誌なんか」

 環は言い切った。ああ、それは俺にとっては死刑宣告のようなものだがな、と省吾は思った。屈辱感が膨れ上がる。確かに俺は作家になれなかった。しかし努力は続けてきた。三〇年以上だ。それはお前も見てきたはずではないか。それを見れば、文学が俺にとっていかに大切なものか分りそうなものだが。お前にはそれは伝わっていないのか。妻との深い断絶に省吾は絶望的な気持になる。屈辱と絶望の暗い穴に省吾は沈んでいく。


 これから六回は続く掲載の度にこんな思いを繰り返すのは堪らない。金を稼がなければならない。省吾は決意した。先ず頭に浮かんだのは家庭教師。彼は中高生を対象に、週二回、一回二時間、月額二五〇〇〇円で国語、英語を教えるという内容の「家庭教師致します」と題したチラシを作った。それを環の行きつけの肉屋、魚屋、野菜屋などの店先に張り出してもらったが、何の反応もなかった。全国規模の家庭教師派遣会社に教師登録をしたが、これまた反応なし。公立学校の講師登録も試みたが、それに必要な教員免許状が見つからず、再交付の手続きも煩雑なようで頓挫した。


 少し焦りを感じ始めた省吾の目にとまったのは、町の広報誌「町政だより」に載った「七〇歳現役支援センター」の紹介記事。「定年退職された方など、おおむね六〇歳以上の方のご利用をお待ちしています」とある。興味を抱いた省吾は町役場内にあるセンターの受付を訪れた。そこで説明を聞き、利用者登録をした。隣接する市にあるセンターのオフィスから月に一回、相談員が町役場に出張してくると聞き、省吾は相談員との面接を予約した。当日、省吾は相談員の千賀と面接し、経歴や希望する職種を訊かれた。また、履歴書と、書き方のサンプルを渡され、書いてくるように言われた。希望職種については千賀の選択の間口を狭めないよう、軽作業や事務仕事もOKと答えた。面接の数日後、省吾は履歴書を持って市のオフィスを訪れ、正式に斡旋登録をした。


  

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