アイヴィ、才媛を目指す。
それから奥様とは、用意されていた紅茶がなくなるまで他愛ない話をした。
好きな色は何色だとか、好きな食べ物は何だとか、好きな動物はどれだかとか。全部私の話だったけれど、奥様は楽しそうに話を聞いていた。
私のことを沢山知れて嬉しいと奥様は笑っていたけれど、私にはその気持ちが、さっぱり分からなかった。私のことなんか知ったところで、何の得にもならないというのに。
「フレデリカ様、本っ当に美しいお方です…!眼福ですぅ〜!ねっ!?お嬢様!」
「そうね。」
両手の指を絡め、はわわ〜と恍惚とした顔で宙を見上げるスザンナ。転ばなければいいのだけど…なんて思っていたら、サイズの大きなドレスに足が引っ掛かり、私が転びそうになってしまった。
丁度角を曲がるところだったこともあり、このまま壁に激突すると思った私は、反射的に目を瞑ってしまう。
「っと…!危ないよ、アイヴィ。」
「…ヒューゴ?」
痛みがやって来ないと思ったら、どうやら私はヒューゴによって助けられたようだった。
お礼を言ってから、ヒューゴから離れれば、『気を付けてね』なんて奥様によく似た顔で微笑まれてしまった。
ドジだと思われただろうか。居た堪れなくなった私は、視線を下にさげる。そのとき、ヒューゴが一冊の本を持っていることに気がついた。
ウィンストン公爵家の嫡男も恋愛小説とか読むのだろうか?なんて、“本”の基準がすっかりスザンナになってしまっていることにも気づかず、思う私。
私の視線に気づいたのか、ヒューゴは本を開いて、『経営学の本なんだ』と教えてくれた。恋愛小説なんかよりもずっと難しい本だった。
どんなものなのか気になった私は、開かれた本にひょい、と顔を覗かせる。ずらりと並ぶ文字。少し読んでみるも、いまいちどころか全く理解が出来ない。
ヒューゴは、こんなにも難しい本を今から読んでいるのか。歳は確か私の2つ上だった筈だ。12歳にもなれば、これぐらいの本は読めて当然なのだろうか?
「私も読む。」
「アイヴィ、経営学に興味あるの?」
「ない。…けど、勉強しなきゃ駄目だと思って。」
「どうして?」
「だって…、役に立たないと。」
私は、公爵家に拾われた身だ。ローナン家に帰りたくない私を察して、オスカーが此処へ連れてきてくれた。そして、ウィンストン家は穢れている私を受け入れた。
ウィンストン家は私に衣食住を提供してくれている。けれど、一方の私は今のところ何も出来ていない。エルズバーグ家に居た頃は、私が“価値”そのものだった。けれど此処では、きっと違う。
だから私は、少し危機感を覚えていた。“価値”のある存在にならなければ…と。どうすればいいのかよく分からなかったけれど、この本を見て、これだと思った。
「私も、賢くなる。」
「才媛を目指すっこと?」
「そうしたら、貰い手が見つかる。お嫁さんにせよ、就職にせよ。」
爵位に違いはあれど、私もスザンナと同じだ。誰かと結婚をするか、就職をするか。
正直、就職に関してはあまりウィンストン家の利にはならない。…とすると、狙うは結婚だろうか。それに、高名なウィンストン家の人間を雇ってくれる場所なんて、王宮ぐらいしかないだろうし。
私はスザンナと違って、恋愛結婚がいいだなんて拘りはないし、たとえエルズバーグのような性的嗜好がひん曲がっているような男でも、ウィンストン家の利となるのならば嫁ぐ覚悟だ。




