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こんにちはダークネス異世界

   ◆


 気が付くと、俺はどこか薄暗い場所に倒れこんでいた。

 湿気とかび臭い空気が充満している。


「う……」


 くらくらする頭を押さえつつ身体を起こす。

 地下のようだ。ところどころ苔むした石造りの狭い部屋。

 そして、前方には鉄格子。


「地下牢……? 俺、たしかトラックに──ひょっ!?」


 部屋の片隅で眠る白骨死体に気が付き、思わず変な声を上げた。


「な、なな、なんだよこれ!?」


 ──ガシャン。


 後ずさった背中が鉄格子に当たった。

 鉄格子の扉は俺の背中を支えること無く外側に開いていく。


「うわっ……!?」


 錆びた扉の耳障りな高音と俺が廊下に尻もちをつく音が、地下に響く。

 暗い廊下はどこまでも続き、廊下を挟むように無数の地下牢が鉄格子の列を作っていた。

 どこからか、水の滴る音が響いてくる。


「……えっ……あ……?」


 理解不能な状況に身体が震える。

 ばくん、ばくん、とまるで心臓が耳のところまでせり上がってきたかのようだった。


「お……おおお、落ち着け。落ち着け、俺」


 自分に言い聞かせる。

 と、そこで自分の視界に何かが浮かんでいるのが分かった。

 半透明の赤いゲージ状のものだ。

 顔を左右に振っても、赤いゲージは付いてくる。

 ピントを合わせようと思うとはっきり見えるし、意識から外せば視野の邪魔にならないように薄れていく。


「なんだこりゃ……?」


 さらに、右の手の甲に刻まれた黒い紋様に気が付いた。

 円をかたどった複雑な造形だ。


「タトゥーなんか入れた覚えないぞ」


 まさかと思って自分の姿を見下ろしてみるが、家を出たままのパーカー姿だし、他人になってしまったわけではなさそうだ。


「これって、もしかして……異世界転移!? いやいや、だとしてもこの状況はおかしいだろ! 世界観がダーク過ぎる!」


 剣と魔法の華やかなファンタジーなど、この場所には無かった。

 あるのはジメっとした湿気と、陰気で薄暗い地下牢だけだ。


「そ、そうだ。大体、こういう時はチート能力が与えられてんだよな! 一見、弱そうに見えて実は使いようでは最強みたいな……! えっと、〈ステータス〉! …………あれ?」


 俺の『ステータス!』という叫びが地下にこだますが何も起きない。


「ス……〈ステータス〉開示!」


 無反応。


「こうか? こうか!?」


 手をかざしてみたり指を振ってみたりする。

 すると、一瞬光の粒のようなものが身体の横に発生した。


「お……!」


 光の粒は流れ星のようにすぐ消え去った。

 もう一度試してみようと立ち上がった瞬間


 ──ギィィィ。


 錆びた蝶番の音と共に、前方の鉄格子が開いた。


「…………」


 全身から汗が噴き出す。

 ──がしゃ。がしゃ。

 開いた鉄格子から姿を現したのは、赤錆びた曲刀を手に持った骸骨だった。


「~~~~~~ッ!?」


 声にならない声を上げる。

 骸骨兵、スケルトンなんて言ったらゲームでは定番の雑魚モンスターだ。

 しかし、目の前にいる圧倒的な現実感を放つこのスケルトンを見た俺は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

 スケルトンは全身の骨をカクカクと小刻みに揺らしながらこちらを振り向くと、


『カァァァ』


 がらんどうの口から雄たけびを上げ、俺に襲い掛かってきた。

 近づいてくると、相手の頭上にも俺のと同じ赤いゲージが小さく浮かんでいるのが見えた。

 恐怖で指先も動かせない俺に一瞬で肉薄するスケルトン。

 その引き絞った曲刀の切っ先が俺の胸を貫いた。


「がっ──!?」


 激痛と衝撃。

 数メートルも吹き飛ばされた俺はごろんごろんと転がって、床に寝転んだ。


(また死ぬのか。俺……)


 ぼんやりとそう思いながら刺された胸元に手をやる。


「……?」


 血が出ていない。

 痛みはあるが、死に至るような感じでも無かった。


「あっ。ゲージが……!」


 視界のゲージを注視すると、その赤いグラフが三分の一以下まで減少している。


「これ、ライフゲージか!?」


 そうに違いない。つまり、まだ生きてる。

 ライフゲージがたとえ一ミリでも、KOの瞬間まで諦めない。

 格ゲーマーとして叩き込まれた性質が、俺の身体を突き動かした。

 しかし、慌てて起き上がろうとする俺に、すでにスケルトンが迫っていた。

 錆びた曲刀を振り上げて俺に覆いかぶさってくる。


(見ろ! 挙動を……!)


 敵をよく見る。格ゲーの基本だ。

 こんな大ぶりの攻撃、発生100フレーム以上ある。

 避けられるに決まってる……!

 脳の神経が焼き切れそうなまでに高められた集中力。

 僅かに動かした俺の顔の横で、曲刀と石床が火花を散らした。


「とった……!!」


 相手は隙だらけだ。

 技をスカった硬直に確定で反撃を……!


「おらっ!」


 ──ぺちっ!

 俺が繰り出したパンチが、軽い音を立ててスケルトンの頬骨を叩く。


「……あれ?」


 スケルトンのライフゲージは一ミリと減らない。

 ──ぺち! ぺちっ!

 何度叩いても一向にダメージは入らなかった。


「か、悲しいっ! 腕力も元のまんまかよ!?」

『クゥ……?』


 スケルトンは小さく首をかしげると、俺に跨ったままゆっくりと曲刀を振り上げた。

 一撃で三分の二以上持っていかれたんだ。次は確実に死ぬ。

 いや、ライフゲージがゼロになると死ぬかどうかこの世界の事はよく分からないが、俺の動物的な本能がそう告げていた。

 もはや抵抗する余力もなく無心でスケルトンを見上げる。


 スケルトンがその曲刀を振り下ろさんとした時、


「〈ヘヴィ・ショット〉!」


 ──ズパンッ!

 女性の凛々しい声とともに、俺に跨っていたスケルトンが吹き飛んだ。

 紙細工のように地面に転がったスケルトンのライフゲージがゼロになっている。


「……!?」


 俺が驚いて起こした身体のその耳の1センチ横を、何かが高速で通過していった。

 通過した物体が〈矢〉だということに気付いた時、すでにスケルトンの眉間にそれは深々と突き刺さっていた。

 スケルトンは一瞬ビクンと痙攣した後、元のもの言わぬ骸に帰るかのように崩れ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 呆然とそれを見つめていた俺の横へ、矢の射手がやってきて問いかけた。

 女性だ。しかも若い。十代じゃなかろうか。

 猫のような大きな目と、後ろで結わえた黒髪。

 その手には大ぶりな弓が握られていた。


「う……あ……はい」


 しどろもどろで返す。

 と、その時、前方のスケルトンの亡骸がさらさらと風化するように消え始めた。


「おっと」


 女の子が思い出したようにそちらに向かう。

 スケルトンが塵と消えた跡には、ぼんやりとした人魂のような光が浮かんでいた。

 女の子が手をかざすと、その人魂は手に吸い込まれるように消えていく。


「……よし」


 女の子はそれを確認すると、尻もちをつきっぱなしの俺の元に戻ってきて手を差し出した。


「際どいところでしたね」

「あ……ありがとう」


 俺は手をごしごしとパーカーで拭ってから、彼女の手を取った。

 立ち上がってから、ハッと先ほどのダメージを思い出す。


「あ、そうだ! ライフゲージ! あの、ライフゲージ減っちゃったんですけど……!」

「ライフゲージ……? ああ、もしかして〈シェル〉の事ですか?」

「よく分からんけど多分それ!」

「なら大丈夫ですよ。時間と共に自然回復していきますから」

「え、そうなの……?」


 ライフゲージ──もとい〈シェル〉とやらを注視してみると、確かにさっきより少しだけ回復している気がする。

 しかし、そのスピードはだいぶ心もとなそうだ。


「どこの〈灯台〉の方ですか? 〈第三灯台〉なら送って行きますけど」

「わ、わっつ? トーダイ……?」


 東大……じゃないだろう。なら灯台? いや、それでも意味が分からん。

 俺が戸惑っていると女の子は怪訝そうに眉をひそめた。


「自分の灯台が分からないんですか? もしかして、さっきの戦闘で記憶が……?」

「記憶っていうか……まぁ、そんなところです。はい」

「名前は? 思い出せますか?」

「新井晴透(ハルト)

「ラインハルト……。良いお名前ですね」

「いや、微妙に間違ってるけど……」


 訂正するのも非常にややこしいので、とりあえずそのままにしておこう。


「記憶が戻るまで、私たちの〈第三灯台〉で保護します。さ、行きましょう」


 女の子はそう言うと俺の返事も聞かず、すたすたと歩きだした。

 と思ったら急に振り返って、


「申し遅れました。ミリアです。どうぞよろしく」


 そう名乗ってにこりと笑った。


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