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最後の試合


「……虚しい」


 モニターに映るゲーム画面を見つめて、俺はつい心の内を漏らしてしまった。

 モニターには、最新の3D格闘ゲーム〈拳帝7〉が映っている。


 ネットごしの対戦相手に勝利した俺の〈二島一也(ニシマカズヤ)〉が、ちょうどその段位を〈拳帝神〉へ昇格したところで画面は止まっている。

 カウントダウンがゼロになり、再戦がキャンセルされた。


「飯でも買いに行こう……」


 再びマッチング画面に戻ったゲームを終了し、俺はもさもさとパーカーを羽織った。財布をポケットに入れて、狭いワンルームアパートを出る。

 金曜、PM11時。外は冬の空気だ。


 会社が終わったらそそくさと帰宅して格闘ゲームを起動し、朝方まで対戦に明け暮れる。それが俺の週末の決まった過ごし方だった。

 学生の頃から変わっていない気がする。


 時代は流れ、〈SFストロングファイターズ〉シリーズから〈K.o.Fキングオブフリーダムズ〉全盛期。3D格ゲーの黎明。SMKやカプンコの名作の数々。そして、〈GG(ギルティギルド)〉のやその系譜たち──。

 あげればキリがない。

 思えば、初めてリュウの〈波動拳〉を打てた時は、興奮して眠れなかった。

 ランドセルを玄関に放り出して走った町のゲーセン。

 馬鹿な友人たちと学校帰りに通った、あの地下のゲーセン。

 そして今も……。


 俺──新井晴透(ハルト)の人生は、つねに格闘ゲームと共にあった。

 今、メインでやっている〈拳帝7〉の最高段位は拳帝神……このゲームの現状の最高段位だ。

 世界で数えても、そう何百人といる段位ではない。

 格闘ゲームは、キャラクターを通した言葉のない会話だ。そして、練習をして経験を積めば、確実に『強さ』がついてくる。

 それは俺にとって、これ以上ない喜びだった。


 ──今までは。


「結婚、か……」


 今日、会社で女子社員から報告された言葉を思い出す。

 彼女と俺が交際していたのはもう一年も前。すでに関係は終わっているし、結婚を咎める理由も動機も俺には無い。

 彼女の結婚相手も、また俺の同僚だった。

 いいやつだ。昔から仕事の出来る男だった。

 俺もあいつも彼女ももう30近い。結婚も十分リアリティを持った……いや、むしろしていなければならない年頃だ。

 彼女が、俺よりもあいつを選んだのは何にも間違っていない。それは、あいつが四月から本社勤務を命じられたことからも明らかだ。


 一年前の冬。彼女から別れを告げられた時のことが頭をよぎる。


『あなたはすごく優しい。でも、向上心や将来性をあなたから感じられない』


 彼女はそう言って俺の元を去っていった。

 ぐうの音も出ない。ひれ伏さんばかりの正論だ。

 そして彼女が選びなおした相手は、向上心と将来性の塊とも言える男だ。優しさもある。

 俺が願うまでも無く幸せな家庭を築くだろう。

 けど……俺は、言いたかった。


 向上心はあるんだ。


 ただ、俺にとってのそれが、資格の為の勉強でも語学でも投資でも無く、格闘ゲームだった……。ただそれだけ。ただそれだけなんだ。

 画面の中で強くても、現実には何も反映されない。

 沢山の時間をかけて手に入れた『強さ』の先にあったのは────虚無だった。


「人生って、何なんだろうな……」


 呟いて空を見上げる。自分の吐いた息が白い靄となって、藍色の空に消えた。

 俺が何千回、何万回と繰り出したあの必殺技たちは、結局、俺に何も残してくれなかったのだろうか。

 視界が涙で滲みそうになった、その時──


『だ、誰かっ……!』


 暗い通りに響いた女性の悲鳴で、俺は我に返った。

 驚いて振り返ると、スクーターに二人乗りをした男にバッグを掴まれたまま揉みあう女性が見えた。


(ひったくり!?)


 考える間もなく、女性を振り払ったスクーターがこちらに走ってくる。


「うわっ!」


 思わず進路を開ける。

 しかし、スクーター目の前を通過した瞬間、俺は思考より先に男が持つ女性もののバッグを掴んでいた。

 格ゲーで鍛えられた動体視力の成せる技だったかもしれない。おお、役に立ったぞ。

 しかし、当然筋力は格ゲーのキャラのようにはいかない。


「うおっ……!」


 俺はバッグを掴んだまま、バイクに引っ張られて走り出した。


「何だこいつ!?」


 フルフェイスヘルメットの奥でひったくりが叫ぶ。

 スピードを上げるバイクに半分引きずられるように路地を駆け抜ける。そして──


「離せクソがっ!」

「がっ……!?」


 路地から大通りに出たと同時に裏拳で殴られ、俺はごろごろと凄い勢いで大通りの真ん中に転がった。


「痛てて……え?」


 ──パパァー! パーーー!!


 クラクションが耳をつんざく。

 視界が大型トラックのライトで塗りつぶされた直後、俺の意識は途切れた。


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