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第04話 ケルベロス

 満天の星と、ひときわ輝く月はあと数日もすれば満月になるだろう。日がすっかり沈んでも、森の中の小道はうっすらと明るく、かなり遠くまで見通しが立った。エドワールの愛馬はよく走り、農夫の言っていた納屋にもすぐにたどり着いた。


 エドワールは馬を降りると、手際よく火をおこしエリスと愛馬に暖を取らせた。納屋の中は蜘蛛の巣が張り巡らされていたが、まばらに立てかけてあった農具を隅に寄せれば、二人と一匹がしばらく休むには申し分ない広さだった。


「何かあったまるもんでも作るか」


 エドワールは荷物から小さな鍋と水筒を取り出し、ほどよく落ち着いてきた火にかけた。エリスがもぞもぞとローブを動かすと、裾からごろんといくつかの野菜が転がる。


「お前、これは?」

「途中の畑に落ちてた」

「そりゃ落ちてたんじゃなくて育ててたんだよ村の人が! ニンジンなんかたった今抜きましたって具合じゃねーか! 途中の休憩でやけに歩き回ってたのはこいつか!」

「これは世界を救う報酬だよ。それに騎士様、ニンジンの葉っぱ好きでしょ。庭先に植えてたくらいだし」

「そうだが……ほんとに目ざといなお前」

「あ。返しにいくなら一人でいってね。私ここでダリアと待ってるから」

「ついでにお前を森に帰したくなってきた」


 とはいえ食糧は保存のきくものしか持ってきてないため、新鮮な野菜は有り難いものだった。結局エドワールはいくつかの野菜を育てた誰かに対して心の中で謝罪しながら、調理にかかるべくナイフを取り出した。とたんに横からエリスの手がのび、エドワールからナイフをひったくった。


「やる」

「やるって、まさか料理を? お前が? 出来るのか?」


 露骨に怪しむエドワールを尻目にエリスが料理にとりかかる。意外にも彼女の手際はよく、鍋にはニンジンとキャベツ、そしていつの間にか発見されていた干し肉も足され、エドワールが時節感心したように、へぇ、とか、ほぉ、などと漏らしている間に、立派なシチューが出来上がった。


 木彫りの皿に盛られたそれをスプーンですくい、おそるおそるエドワールが口に運ぶ。


「……ウソだろ。こんな事ってあるのか」

「何が?」

「美味い」

「浴びるほど飲みたいわけか」

「おいまて、鍋をそんな持ち上げるな。本当に恐れ入ったよ」


 エドワールはそのあとも夢中にシチューをすすり、あっというまに一皿分を平らげてしまった。エリスにも小皿は渡されていたが、彼女はふつふつと沸き立つシチューを時節かき混ぜるだけで、手を付けなかった。


「お前も食べないのか」

「私はお昼に沢山ごちそうになったし」

「そういえばおやつの菓子が全部無くなってたな。なるほど、こいつはそのお詫びってわけか」

「別に。旅に出るのを決めてくれたから、単なるお礼だよ」


 珍しく殊勝な物言いのエリスに、エドワールはおかわりをよそいながらにやりと笑った。


「俺の勘は正しかったわけだな。お前は平気で人をけなすだけの奴じゃないとは思っていたよ」

「ついでに、さっき拾ったこれの効能も知りたかったし」


 エリスが薄闇でも解るほどの鮮やかで歪なキノコを手にもって震わせた。エドワールが思い切りむせる。


「グホォッ! おいいっ! どう見ても毒キノコだろそれ! まさか入れたのかそいつを!」

「冗談よ」

「前言撤回だ。そしてこいつは遠慮なく全部おれがもらう」


 エリスの仮面の奥にしたり顔を想像しながらエドワールは二杯目のシチューに手を付けた。


「それにしても、菓子食ってた時も思ったが、お前ら魔女も普通の食事とるんだな」

「普段何食べてると思ったの」

「いや、魔女の好物といえば赤子って聞くから、てっきり……」

「それだけで生きてる訳じゃないから」

「ふうん」


 皿ごとあおりシチューを飲み干すエドワールを、エリスが膝を抱えながら見つめる。


「ふー。ごっそさん。さ、少し休もう。二時間も寝たら出発するぞ」

「別にそんなに急がなくてもいいのに」

「何でだよ。こうしてる間も魔王が勢力拡大してるんだろ。お前も出るときに急かしただろうが」

「あれは気が変わると困ったから。いくら魔王が魔具を使っても、すぐに大陸全土を支配なんてことは出来ないよ。とくに城塞都市は強固だから、準備にはかなり時間をかけるはず」

「そういうもんか」


 エドワールが鍋を若草で拭いてから荷物袋にしまい、寝具をあさる。火の中でぱちんと枝木がはじけた。


「……聞かないんだ」

「あん?」


 蚊の鳴くようなエリスの声に、エドワールが振り向き、いつの間にか立っていた彼女を見上げる。


「さっきの魔女の食事の話。気にならないの?」

「何がだよ。そんだけ憎たらしくなる方法は興味あるが」

「だから、私が、人間の子供の魂を……」


 そこまで言いかけたエリスに、エドワールが顔を険しくして勢いよく立ち上がり、腰の剣に左手をそえて構えをとり、彼女の腕に右手を伸ばした。


「エリス!」

「えっ?」


 突然肉薄されエリスが咄嗟に身体をこわばらせる。彼女を掴んだエドワールは、そのまま乱暴に引き寄せ位置を交換した。


「こいつ……いつの間に!」


 てっきりエドワールの気分を害したと思ったエリスは、困惑しつつも彼の背中越しにそれを見た。薄暗がりから焚火に照らされ姿を現したのは、灰色の四つ足と、その顔に爛々と輝く瞳。


 ――狼だ。


 傍で草を食み終え、座って休んでいたダリアも、あわててエドワールに擦り寄っていた。


「遠吠えが聞こえたから警戒はしていたが、やっぱり現れたか」


 唸り声をあげる狼に対峙したエドワールは、しかし冷静だった。


「騎士様」

「安心しろエリス。対魔獣の稽古も少しは積んだんだ。一匹くらいならなんとかなる」


 剣に手をかけ自分に言い聞かせるようにエドワールが呟いたそばから、左右にさらに追加の狼が足される。


「……お前の魔法でなんとかならないか?」


 たった今まで勇壮な騎士のそれだった背中が急に小さく見え、エリスが溜息をこぼす。


「騎士様の家の錠開ける時に、全部使った」

「あれそんなに大層な技だったのか? こういう大事な時のためにとっといてくれよ!」

「ああでもしないと納得しなさそうだったじゃない」


 狼の数はさらに増え、あっという間に二人と一匹を取り囲んだ。


「だいたい魔女なのにあれだけでスッカラカンなのはおかしかないか?」

「こっちにも事情があるの!」


「――こんなときまで喧嘩たぁ、なんとも呑気だなオイ」


 突然響いた低くガラガラとした粗暴な声の方向へ、二人は思わず顔を向けた。


 最初に火に照らされたのは、人の頭の高さに浮かんだ、狼の鼻先。そして次に顔面と、二本脚で立つ巨大で毛むくじゃらな体躯が現れた。下半身にだけ麻の腰巻を巻いたその姿を見て、エドワールの脳裏に、騎士団の座学で見た魔族図鑑のあるページが浮かんだ。


「お前は、『ライカンスロープ』か!?」

「ハアァッ! 詳しいね兄ちゃん。だがちぃっと違うなぁ」


 現われた者は、大きく掲げた両手の親指で自らを指差し、誇らしげに続けた。


「俺様の名前はテンペス! やがて来る嵐、テンペス様だ! はやく扉を閉めとくべきだったなぁ! そんで、名高い『地獄の番犬ケルベロス』の三つ首の一つよ。覚えといてくんな!」


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