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第02話 旅立ち

「……」

「……」


 食堂のテーブルに、使い古したリネンのシャツ、ベルトで締めた革ズボンを着た騎士と、巨大な仮面が、向き合うように座っていた。黙々とパンをちぎってスープに浸しては口に運ぶ青年を黒く巨大な眼が見つめている。


「安心してください。記憶に残るほどのものではありませんでした」

「気を遣ったつもりかそれで!」


 取ってつけたような慰めに、顔を真っ赤にしながら騎士が猛抗議し、ぶつくさと独り言ちた。


「確かに昨日は飲んでたが……ちゃんと下も着て寝たのは間違いないのに……どうして……」

「……」

「とにかく!聞きたい事は山ほどある。今度こそ答えてもらうぞ」

「解りました」


 半ばやけくそ気味な騎士に魔女が頷く。


「窓を割った跡もないし、煙突通るにはその仮面じゃ狭すぎる、どうやって入った? そしてなんで俺が騎士だと知っているんだ?」

「魔女ですから」

「納得しないでもないが。やっぱり魔法か」


 魔女が緩やかな袖に手を入れ、手の中に収まるほどの水晶玉を取り出し、テーブルに置いた。


「こいつがタネか?」

「いえこれは関係ありません。落とすと困るので」

「関係ないのか。ややこしい」


 騎士がパンをかじりながら出された水晶を眺めていると、魔女が玄関の扉を指さし、ゆっくりとつぶやいた。


「開けよ」


 がちゃり、といかにも頑丈そうな錠が音を立て、扉がひとりでに開いた。その向こうに快晴の日差しを浴びる庭が覗く。騎士が頬杖を解き、ゆっくりときしむ扉を見た。


「驚いたな。ゲートキーパーの錠だぞ。うちの団一の魔法使いが手掛けたらしい代物なんだが」

「私の魔力がかろうじてその人と並んでいたようです。この辺境にこれだけの魔力を錠に込められる使い手を抱える組織は、極西騎士団しかありません」

「なるほどな」


 ゲートキーパーは魔族の一種であり、四角く巨大な顔を縦に割った扉のような形状をしている。彼らはただ入口に鎮座する事を生きがいとしており、閉じるよう命じた者よりも格上か同等の魔力を持つ者にしか、その扉を開けることは無い。しかも桁外れに頑丈ときている。その身体の一部を加工し錠にすることで、前述した手段か、特殊な鍵でしか開けることはできない。これが騎士の家にも施されていた。


「で、そんな大層な魔力をもった魔女殿が、ここに来た理由は?」


 食事を終えた騎士が両手を組み改めて聞く。魔女は幾らか間を開けて答えた。


「騎士様に、この世界を救って欲しいのです」

「はあ?」


 驚く騎士に魔女は続ける。


「特定の魔族と人間の戦争が長く続いていることは騎士様も知ってのとおりだと思います」

「ああ。この近所は平和なほうだが、東に行くほどひどくなってるらしいな」

「泥沼化する状況に焦り、近々魔王が禁じ手を使いました。『絶対歯車(アブソリュートギア)』……時を加速させる魔具の使用です」

「時を加速させるだって?」


 魔女が再び緩やかな袖から巻物を取り出し広げた。彼らがいる大陸の地図だ。


「それで、その禁じ手とやらを使って、どうなったんだ」

「大陸南東端の魔王の居城を中心に、時間の流れがどんどん早く進み、異常な技術の発展と人口の増加を始めました」

「てことは今この瞬間、俺たちの周りも?」

「いえ。この加速は、魔具の付近がもっとも高い効果を発揮し、距離を離すほど緩やかになります。この近辺は大陸の西端なので、ほとんど影響を受けていないのです」

「一方的に軍備の強化を図って戦争を優位に進めるってわけか」

「はい」


 騎士が顎に手を当てて地図を眺め、改めて魔女を見た。


「お前も魔族だろ。魔族が大陸の支配者になるなら、悪い話じゃないんじゃないか?」

「趣味が人間の観察なので滅んで貰っては困ります」


 冗談なのかも解らない返しに騎士は眉をひそめる。


「そもそもあの魔具で戦争が終わったとして、このまま時間の流れがどんどん歪になっていけば、いずれ世界は糸が切れるように破滅します」

「どうして俺なんだ?」

「普通の人間や魔族では、『絶対歯車』を操る魔王に近づくだけで、時間の渦に巻き込まれてどうなるか解ったものじゃありません。でも騎士様なら……」


 騎士は柱にぶら下がる時計を見た。それも寝室のものと同様壊れており、ただの飾りとなっている。


「俺なら、その魔具の影響を受けることはないのか」

「そうです」


 騎士が頭をかく。ふと、先程テーブルに置かれた水晶玉が鈍く光を放っていることに気付く。


「その水晶玉、何か見えてないか?」

「どうやら次の侵攻が始まったみたいですね」


 水晶の中にぼんやりと見えるものは、どこかの景色のようだ。枝葉のようなものに縁どられ、その向こうに街が見え、いくつかの煙があがっていた


「こいつは?」

「この街の近くの森が見せてくれる景色です」

「魔女は森そのものだと聞いたことはあるが、こんなふうに見ることが出来るのか。しかしこの様子じゃもう……」


 やがて町からははっきりと火の手が上がる。


「誰か街から出てきたぞ。生存者か。なんてこった! 子供も一緒に逃げてる」


 騎士が水晶を掴みさらに覗き込む。映像の中で、複数の家族と思しき集団が門より逃げ出していた。彼らに向けて放たれた矢がいくつも降りかかり、騎馬隊が容赦なく迫っていく。


「お前の魔法でなんとかならないのか?」

「今見ているところは遥か東の地域です。とてもすぐにどうにかできる距離ではありません」

「そうか……」


 逃げる住民たちに、ついに軍勢の影が重なった。騎士は水晶を手にしたまま、しばらく黙り込む。

魔女も静かにその様子を見つめていた。


 不意に騎士は席を立ち、壁に留めてある剣に歩み寄ると、その柄を掴んだ。


「行くか。その歯車をぶっ壊しに」

「え?」


 承諾の言葉に、しかし驚いたのは魔女の方だった。


「なんだよ。お前から言っておいて」

「そうですけど、もう少ししぶるかと思っていました。そもそも今日会ったばかりの、魔族である私の話を信じるんですか?」

「魔族全部が信用ならん訳じゃないのは知ってるよ。騎士団も結構な数受け入れてるしな。流石に魔女は初めて見たが、下らん嘘に時間を使うようには見えんさ。どのみち遅刻続きで、そろそろ今いる騎士団にも居辛くなってきたしな」


 苦笑交じりに、騎士が腰に剣を差し、引き戸をまさぐりながら続ける。


「そもそもお前は、他人を騙すほど器用じゃなさそうだ」

「そうですか。……それは?」


 彼が引き戸から取り出したのはペンダントだった。取り付けられた薄く紫がかった宝石は、華やかさは無くとも、着けた者に落ち着きと聡明な印象を与えた。


「おふくろの形見だ。困ったら金に換えろと言い聞かされたが、手放せなくてな」

「大切なものなんですね」

「ああ。不思議とこいつを付けてると、生きる気力が沸いてくるのさ」

「……」

「さ、いくか」


 大きめのリュックを背負うと、さっさと騎士が外へと向かう。まるで今日、住処を去ることを予定していたかのような手際の良さだった。しかし『呪い』を持ち、どこへ行っても気味悪がられる彼からしてみれば、いつもの事であり、いずれ来たであろう日が今日だったというだけで、常に用意は整えていた。


 外へ出ると、騎士は小さな厩舎に入った。彼の姿を見つけた栗毛の馬が駆け寄る。その背中に荷物を載せる騎士を尻目に、後ろをついてきていた魔女が、彼を押しのけるようにして我先にと馬に羽のように飛び乗り、鞍に腰掛けた。


「おい。魔女のくせに馬にのるのか?」


 無遠慮に愛馬の背へと先をこされて、騎士はからかうように言った。魔女はしばらく騎士を見下ろし、ふいとそっぽをむく。


「私だけ歩けって?騎士のくせにレディに冷いのね」

「ほうきで飛ぶんじゃないのか」

「それは勝手に人間が作ったイメージで、魔女が全部空飛ぶわけじゃないし、ほうきも使わない」

「そうかよ。っていうかお前、急にふてぶてしいな」


 先程までは(勝手に他人の寝室に忍び込んだことに目を瞑れば)淑女かどうかの判断に迷う態度だったのに対し、今馬上から騎士を見下ろし、足をぶらつかせながら馬のたてがみを撫でる魔女は、まるで粗野でお転婆な少女だった。


「お願いする立場だから一応、丁寧にお淑やかにって思ったけど、騎士様一緒に来るって言ったしもう良いかなって」

「お淑やかって、あれでか……」

「まさか騎士様は、自分が決めたことを直ぐに曲げたりしないよね。ただでさえ誰かさんが寝坊して出遅れてるんだから、早く行こ」


 理不尽な言葉を浴びせられ、騎士はため息をつきあぶみに足をかけ、魔女の後ろに乗り込む。


「出立の前に、極西騎士団に寄るぞ」

「どうして?」

「こいつを置いてくる」


 騎士が懐から手紙を出した。表に退団願いと書いてある。入団当日にしたためたものだ。これも新天地を訪れた際の、彼の悲しい習慣の一つだった。


「そんなことしなくっても、どうせ寝坊助が一人居なくなったくらいにしか思わないのに」

「そうはいかんさ。団長はこんな俺をとうとうクビにすることは無かったからな。俺なりのけじめだ」


 愛馬がいななき、走り出す。騎士が手綱を繰る両手の間に、腰かけた魔女が揺られている。


「そういえば教えてなかったな。俺の名前はエドワール。お前は?」


 視界を眼前の巨大な仮面にさえぎられ、やや左に身体を傾げながら騎士は訪ねた。その鍛えられた右腕に背中をすっかり預け、はためくローブを抑えながら魔女は答えた。


「エリス」



***



 大陸西部は、海を渡って来たもの、東から流れて来たもの、北から連なる川を下って来たものが混じり合い、多種多様な民族が住まう地域だった。この一帯を平定した国家ロシュテナは、その摩擦の中で生じた無辜(むこ)の民に小さな領地を与え、代わりに治安維持に協力させる集団として従属させた。これが極西騎士団の起源となる。


 その極西騎士団の本拠地である砦の団長室に、一人の男が入ってきた。


「失礼します、団長。本国からの使者が商人組合の調査依頼書を届けに来ております」

「とうとう正式書面が来たか。この報告書を使者に渡しておいてくれ。依然進捗なし、の言葉を添えてな」


 窓際に立っていた団長と呼ばれた人物は、入ってきた男に書き物を渡し、外を眺めた。


(あの男、今日もまだ来ておらんか)


 眼下の広場には兵卒が修練に励んでいた。そのさなかに、ほぼ毎日門のほうから駆け込んでくる青年がいることを、面倒見の良い団長はよく知っていた。


(商人組合の連中にも、あやつのような間の抜けた可愛げあるものが混じってくれていると助かるのだがな)


 彼は立派な髭をたくわえた厳格な顔に似合わない冗談を心に呟き、部屋を出た。


 執務机に乱雑に広がる調査書の表紙には、『商人組合に魔身取引の疑いに関して』と記載があった。同件で日々派遣している調査隊を選別していたのか、その隣に団員の情報書類が散乱している。その中には、ちょうど同じ頃魔女との旅立ちを決意し、住処を発った騎士エドワールのものもあり、『所属事情改め』の項目には次の通りに書かれていた。




『――かかるもの、城塞都市ブリキンジャール前領主の長男および憲兵三名殺害を自供せし者なり』


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