クエスト開始、館の魔物退治へ
◇
翌朝、僕らはディルスチームアの街を出発した。
乗り合い馬車でゴトゴトと揺られながら目的地を目指す。
巨大な円形湖――月の印一帯にはいくつかの町や村が点在し、湖をぐるりと環状に囲む街道も整備されている。乗り合い馬車は、中心都市ディルスチームアを起点に定期運行されている。
出立からおよそ一刻(※約一時間)、ディルスチームアの街からだいぶ遠ざかっていた。
馬の牽かない魔法の馬車は、月の印の湖畔沿いに右回りに巡回している。ちょうど今は反対側あたりに位置し、一周およそ二刻ほどで元のディルスチームアの街に戻れる計算だ。
「ボク、馬のいない魔法の馬車に初めて乗ったよ」
「魔法の力で車輪が動いてるなんて、すごいね」
ロリシュとエルリアは旅行気分。物珍しそうに景色を眺めながら、乗合馬車の旅を楽しんでいる。
僕らが乗っているのは、魔法工房都市、という異名を持つディルスチームアで作られた魔法の馬車だ。馬がいないのに馬車っていうのも変だけど。
勝手に動くのは4つの車輪に魔法のカラクリが仕込んであるかららしい。
御者席には操舵を担当するお兄さんが一人座り、演説台みたいな魔法のカラクリを操作して車両を操っている。
客車は二両構成。前方は屋根付きの客車で、三列シートの9人がけ。ニ両目は鎖で連結された荷台車を牽いている。荷台車には屋根がなく荷物や家畜を乗せるため平積みになっている。
『メェ』
「もうすこしの辛抱だよ」
僕は後ろの荷台車に、黒山羊のペーターくんと乗っている。前の客車にはメリアとロリシュ、エルリアがいる。
乗客は他に荷物を抱えた商人や、野菜の籠を荷台に積み込んだ老夫婦。それに身なりの綺麗な親子連れ。
エルリアの後ろに座っていた小さな女の子が、しきりにエルリアの羽と尻尾を気にしている。
「……お姉ちゃん、尻尾と羽があるの?」
「うん。尻尾はこうして丸めて座ると、クッションにもなるの」
くるりと丸めて座布団みたに座ってみせると、女の子は目を輝かせた。
「わぁ! ねぇ、お空もとべるの?」
「もっと大きくなると飛べるかも……」
「すごい……!」
「さわってみる?」
「こ、こらっお姉さんになんてことを。すみません」
母親が非礼を詫びているけれど、エルリアは慣れたものだ。
「いいですよー」
街に行くと他の亜人族とは少し違うので、珍しがられてしまう。中には嫌なことを言う大人もいるけれど、子供達には「ドラゴンみたいでかっこいい!」と好評だったりする。
「目的地が見えてきましたよ」
魔女の杖を握るメリアが、帽子のつばを上げながら視線を向ける。
「あのあたりか……」
見えてきたのは緑豊かな、湖に流れ込む川沿いに広がる住宅街だった。
『黒猫のギルド』で聞いた情報によれば、依頼書にあった廃屋は別荘地の一角。その中の一軒らしい。
見るからに豪華な、大きなお屋敷が何軒か立っている。まるでお城みたいなお屋敷は、立派なお庭に囲まれていた。
メリアによると、それらは貴族たちの別荘地。湖畔には船着き場やボートもあって、温泉での湯治や湖での避暑を目当てに、利用されているのだという。
「で、お化け屋敷はどれかなぁ?」
「ここからは見えないかも。森の奥の一軒家らしいですし」
「雰囲気はエルフの森よりは明るいね」
別荘で家主が病死。使われなくなった別荘を、不動産業者が売りに出そうとしたところ、魔物が棲み付いていて、売りに出せずに困っているらしい。
「普通のオークやゴブリンとは違う、面倒な魔物なんだよね?」
ロリシュが弓を確認し、弦をビィンと指で弾く。
「館に棲み付いたのは、硬貨系……いわゆるコインモンスターとは別種らしいです」
「別種?」
「各地で時折出没する魔物、つまり魔女の眷属は魔法で生み出されたものです。別荘に巣食う魔物がどんな素性かはわかりませんが、おそらくメイヴとは違う魔女の作品なのでしょうね」
メリアは魔物を作品と呼んで、少し決まり悪そうな顔をした。
魔女を志す同業者として、生きる伝説の魔女、メイヴの作り出した魔物の出来栄えは、確かに素晴らしいものなのかもしれない。
剣の道を志す僕が、善人か悪人かには関係なく、剣術の腕前に感心してしまうように。
「どうして今まで退治できなかったのかな?」
「ギルドでは何パーティかチャレンジされたみたいですよ。えぇと」
メリアは腰のカバンからメモ帳を取り出した。パラパラとめくりメモを読み上げる。
「六の月、八の日。剣士三名から成る傭兵パーティがアタック。一刻後、一階フロアで断念。六の月、十二の日。魔法使い二名、護衛の戦士二名の混成パーティによるアタック。ニ階まで攻略するも撤退。他にも……」
「あー、もういいよ。ボクらも危なかったら逃げよう。命を大事にだよ!」
ロリシュはエルフ耳を垂らし、少し弱気になったみたいだ。
冒険者ギルドに参加している傭兵や自由冒険者たちは、僕らなんかよりずっと強い連中もいる。
けれど殆どは街道沿いや国境沿いに出没する魔物を狩るのに忙しく、別荘に出没する魔物退治までは引き受けないのだ。コインモンスターは、倒せば金貨や銀貨が確実に手に入るのだから、夢中になるのも頷ける。
「どうも魔法属性の力が強い魔物のようです。もしかすると実体の無い悪霊、あるいは物に憑依して操るタイプの霊体であるとか……」
「お化け屋敷よくない。帰ろうか」
エルリアまで弱気になった。
「私達魔女には、場を清める浄塩魔法というものがあって、悪霊や幽霊なら弱らせることができるんです。魔物を生み出した魔女との相性次第ですが」
「メリアなら、退治できる?」
「……わかりません。私は、魔法と言っても簡単なものしか使えませんし。悪霊系の魔物に対しては、せいぜい牽制か弱体化ぐらいが関の山かもしれません」
苦笑するメリア。
「えぇ!? じゃぁなんで依頼なんてうけちゃったのさ」
ロリシュが今更ながら呆れたように声を上げた。
「そこは、アルドくんに期待していますから」
視線を向けてくるメリア。
「うーん。僕かぁ」
僕と言うよりは、エルリアと二人で発動する聖なる剣
退魔の剣、エルリアルド。
あの力なら撃退できるかもしれない。
でも連発はできないし、ずっと使うことも出来ない。使い所を絞れば……。
いろいろ考えているうちに、乗合馬車が停車場に到着する。
一休みして装備を整えてから、僕らは地図を頼りに別荘地を進んだ。半刻も歩かないうちに森は深くなり、鬱蒼とした雰囲気に変わる。
「ほんとに別荘があるの?」
「別荘より、魔女のお家がありそう」
僕とエルリアが先頭。後ろをロリシュとメリアがついてくる。
最後尾は荷物を背負った黒山羊のペーター君。
森に慣れていて目と耳が良いロリシュは、弓に矢を番え、全方位を警戒している。
「あまりいい気配のしない森だね。魔物も潜んでいるかも」
『メェエ』
ペーターくんも落ち着かない。
「魔法で周囲を警戒していますが……。すでに倒された後……?」
メリアの言う通り、気配はするけれど不思議と魔物とは遭遇しなかった。
警戒しながら進むと、昼前には問題の館に到着した。
太陽は天頂に差し掛かるずっと前。不気味な館も真昼の太陽の下で見る限り、そんなに怖くはない。
「ここね。『ヒゲール伯爵の別荘』と地図にあるわ」
「古いけれどお化け屋敷って感じでもないね」
「館の中は暗そうだね」
大きな二階建ての建物。横幅は五十メルはあるだろうか。
窓がひいふうみい……。正面から見ただけで十部屋もありそうだ。
重々しい鉄門扉は半分開いている。踏み込んでみると庭は暫く手入れがされていないのか、草が腰の高さまで伸びていた。
「アルド、見て」
「足跡だ」
ここに来るまで魔物と遭遇しなかった理由。その謎はすぐに解けた。
人がかき分けて踏み込んだ跡があった。
真新しい草が倒れている。つい先刻踏んづけたみたいだ。
「誰かが先に館に入ったのね」
「中に先客が……」
だから魔物が居なかった。程よく退治して進んでくれたおかげで、後続の僕らはすんなりと来れたのか。
「みんな! 何か出てくるよ!」
ロリシュがさけんだ。
素早く矢を構え、館の正面玄関に向ける。
「魔物の歓迎かな!?」
僕は剣を鞘から抜き軽く身構える。エルリアは革製の盾を構え、メリアとロリシュを防御する位置に立った。
――ドドド、と中から音が響き始めた。
叫び声、それに複数の足音だ。
建物の中からは悲鳴と、走る音が響き入り口に迫ってくる。
「……うひぁやああッ!」
「こら待て腰抜けぇええッ!」
「もうっ、ダメじゃないのっ」
バァン! と扉が開くと中から三人の人間が飛び出してきた。
最初に剣を持った背の高い青年が飛び出し、ゴロゴロと勢いもそのままに草地に転がり、倒れ込んだ。
後ろから赤マントの魔女、そしてプロンドヘアの女戦士が出てきて、青年を捕まえる。
「はあっ、はあっ、無理無理、無理ですってぇええ……!」
「バァカかおめぇは、前衛が踏ん張らなくてどうするんだい!?」
「ひぃ、サーセン」
バチーンとビンタが炸裂する。怖い。
「簡単な骨休めみたいな仕事だって、余裕こいてた割にこれじゃぁねぇ」
呆れた様子の魔女さんが、杖で肩をトントンとしている。
ひょろ長い青年の胸ぐらを掴んで、前後にガクガクと揺さぶる女戦士さん。
首がグラグラしている青年剣士には見覚えがあった。
「あっ、カルビアータさん……?」
「……えっ? あ、アルドォ?」
目をぱちくりさせて、素っ頓狂な声を上げる。
「こんにちは、昨日はありがとうございました。ここの攻略に来ていたんですね?」
ということは魔女はリスカートさん。斧を持った女戦士はムチリアさんだ。
「あら、昨日の坊やたち。また会えたわ」
エルリアを見てにっこり顔の魔女、リスカートさん。
「なんだい、恥ずかしいところを見せちまったね」
ぱっと手を離すとカルビアータさんが地面にドチャリと落ちた。
そのまま僕のところに這ってきて、がっと両肩を掴んだ。
「悪いこたぁ言わねぇ。ここはダメだ、お前じゃ無理だ!」
顔は青ざめていて涙目。鼻水まで垂らしている。昨日の兄貴っぽい威勢は何処へやら。
「え……ぇ?」
「オレらはよ、簡単な仕事だよと思って来たんだ。そしたらオメェ、ニ階までたどり着けやしねぇ! ここは悪霊の棲家、悪夢の巣だよ! ヒィアヤア! 痛い!?」
ごん、と鉄球のような拳がカルビアータさんの脳天に叩き込まれた。
「ギャフッ」
「怖がってたのはオメーだけだろうが! おかげで撤退だよ情けない」
「だ、だってよ……剣は通じねぇし」
「通じないんじゃない、通じるまで叩き込まなかったお前が悪い」
大きな戦斧を担いたムチリアさんがため息を吐いた。
「このカルビアータ君がねぇ、ほんとうに腰抜けでぇ。最初から『帰りましょうやぁ』とか泣き叫ぶものでぇ。あたしは魔法に集中できなくてぇ」
リスカートさんが笑顔のまま、杖の先でカルビアータさんの腰をぐいぐいと刺す。
「痛い痛い……」
意外と容赦のない女先輩達らしい。
三人はどこも怪我をしていないし、本当に仕方なく撤退したいみたいだった。
僕らは顔を見合わせた。
カルビアータさんたちのおかげでハッキリしたことがある。館の中は想像通り、悪霊か何かの巣になっている。
ロリシュとメリア、エルリアと視線を交わす。
言葉は交わさずとも、気持ちは一つだった。
「僕ら、入ってみます」
ムチリアさんは一瞬、眉を持ち上げた。
そしてニイッと微笑んだ。
「そうかい、良い心意気だ」
「仲良しパーティ応援したくなっちゃう」
「ところでどうだい、あたいとリスカートを雇わないか? 一時間あたり金貨二枚。時間貸しさ。破格だろう?」
「君たちの邪魔はしないわ。案内役を引き受けるだけ。イザというときのバックアップだと思えばどうかしら? あたしたちもこのままじゃ帰れないもの」
「なるほど……」
またとない申し出だった。
しかも安い。
僕らは不慣れだし、安心できる。
エルリアもロリシュも異議なしという顔。
僕も良い提案だと思う。
けれどメリアは暫く考え込んでいた。
これが見ず知らずの他人なら、断っていただろう。
後ろからバッサリ、なんて強盗じみた事をする輩もいるらしい。でもカルビアータさんは悪い人じゃないと思う。二人とも昨日ギルドで顔を合わせている。
『メゲェ!』
その時、ペータくんが威嚇するような声をあげた。
振り返ると黒山羊の背中に、黒猫がちょこん、と座っていた。
『ニャァ』
「黒猫だ? 飼い猫かな」
「いつのまに?」
「……」
メリアは丸メガネを指先でくいっと持ち上げた。そしてムチリアさんとリスカートさんの方に向き直る。
「わかりました。よろしくおねがいします、先輩」
<つづく>