宿屋と部屋割りとエルリアと
◇
ギルドからの依頼を受けることにした僕らは、明日の朝一番で現地に向かうことになった。
「そうと決まれば早めに休む方がいいわね」
魔女見習いのメリアの言うとおり。
「賛成。剣術の手合わせでクタクタだし」
「アルドもあんなのに付き合わなくていいのに」
「親切で誘ってくれたから悪いかなぁと思って」
「もう、お人好しなんだから」
ロリシュの言うことも一理ある。今度からは気を付けよう。剣術と聞くとちょっと嬉しくなっちゃうのは、ジラールとの修行が楽しかったからだと気がついた。
その後、四人で定食屋さんで夕食を食べる。
街で人気のお店という噂を聞き、食べたのはホワイトタイガーとかいうエビ料理の定食だった。なんでも地熱を利用して養殖しているエビで、見たこともない大きさだった。
「ボクの村で食べる川エビより十倍は大きい!」
「沼で獲って食べたザリガニより全然美味しい」
「ちょっとあなたたち、普段なにを食べているの!?」
メリアは驚くけれど、田舎暮らしなのだから仕方ない。食べられるものはなんでも食べたっけ。
夕食を食べ終えた僕らは、いよいよ今夜の宿を探すことにする。
「ここなんてどうかな?」
「ダメよアルドくん、見るからに高級そう。手持ちの路銀が無くなります」
「うーん、そっか」
都会育ちのメリアはこういう場面でもリーダーシップを発揮する。街で暮らしていると良いことばかりなのだろう。すこし羨ましい。
綺麗で豪華な宿は高い。それはどこでも同じことらしい。安い宿はボロかったり、汚かったり、変な人がいたりする。
「ねぇ、あそこはどう? 安そうだよ」
「ロリシュ、よく見てください。店の前で飲んだくれて寝ている人がいるし、隣は賭場……。治安も悪そうで、ロクな客がいない感じです」
「えー? そうなんだ」
近くの路地ではモヒカン頭の男が二人、オラつきながら喧嘩を始めていた。
「……やめよっか」
「いいですか、いい宿を見分けるコツ。それは街に関する情報を持っている商人や、旅慣れた感じの家族連れ、あるいは女性の旅人が利用しているようなお宿がおすすめです。そういう安心できる宿を見つけましょう」
「ふむふむ」
「はーい」
なるほど、流石はメリア。
程よい宿を見つけるのはなかなか難しい。おまけに値段も安くて……となると。
「アルド見て、あのお宿。可愛い!」
エルリアが袖を引いた。路地裏をすこし入った場所に、綺麗なお宿があった。ピンク色の可愛い看板に、魔法のランプが灯っている。宿屋の看板には『夢心地』の文字。見た目が可愛いし、もとても綺麗。
「あ、ほんとだ」
「それに『ご休憩、二時間:銀貨一枚』だって!」
おまけに値段も安い。朝までいても銀貨8枚で済む。
仲の良さそうな男の人と女の人が入っていく。きっと安心安全のお宿なんだ。
「理想の宿を見つけたよ」
「メリアの言う条件、満たしてるし」
エルリアと僕は自信満々で指差す。
「――!? だ、ダメェエエ! そこは違う宿なんですよッ!」
すごい剣幕でメリアに首根っこを掴まれた。僕とエルリアは、その場から引き離された。
「えぇ?」
「違うの?」
「はぁ……はぁ。休憩用の宿は、その……あの、私達が泊まれる宿じゃないんです。えぇと……男と女の人が二人だけで泊まる宿でして……」
メリアが顔を真っ赤にしながら、しどろもどろで説明してくれる。
「男の人と女の人?」
だったら僕とエルリアなら別にいいんじゃないのかな。でも、それだとメリアとロリシュが泊まれないか……。
「ねぇねぇ、あっちはどうかな?」
今度はロリシュが別の通りを指差した。宿の前には商人の馬車や、旅人らしい人たちの姿も見える。
看板には『旅人のゆりかご』と書かれている。雰囲気もよさげで、宿の前のベンチで子供が遊んでいる。
「決まり! あそこにしましょう」
◇
「すまないね、生憎、四人部屋は空きが無いんだよ」
快活そうな宿屋の女主人さんは、僕らを見て言った。
全室、湯浴み用シャワーつき、値段も程良いのに、今度は部屋が空いていないらしい。人気の宿なら当然か。
「なんとかなりませんか? 僕はペーター君……表にいる黒山羊と、馬小屋でもいいです。三人を休ませてあげたいんです」
「アルドくんっ、ダメですよそんな」
「お兄さん……。気に入った。いい心意気だね! 四人部屋は無いけど、二人部屋が一つ空いているんだ。あとは従業員用の狭い部屋がひとつ。今夜は特別だサービスしとくよ。仲良しパーティが分かれるのはイヤかもしれないけど。それでどうだい?」
「それでお願いします!」
「まいど」
「よかったね!」
これでなんとか四人で泊まれることになった。
ペーターくんは宿屋の横の馬屋に繋ぐ。馬や水牛に交じって、黒山羊がいるのは珍しがられたけれど、ペーターくんは堂々と干し草を食べている。
鍵を二部屋分もらい受け、二階へと向かう。ドアの前で二人ずつに分かれることに。
「この場合、私とロリシュ?」
「アルドとエルちゃんは身内だし、同じ部屋だよね」
メリアとロリシュが顔を見合わせる。
二人がそっちなら残るは僕とエルリアの組み合わせになる。
「そうだね。いこ、エル」
「…………や」
手を差し出すと、なぜかフイッと避けられた。
「え? なんで?」
軽くショックを受ける僕。兄妹なんだし、一緒の部屋でいいのに。嫌なのかな。前はそんなことなかった。
ジラールの家では同じ部屋だったのに、どうして?
「私達と一緒がいいの?」
メリアの問いに、こくこくっと頷くエルリア。
「でも二人部屋に三人入ってもいいのかしら?」
「いんじゃない? でも狭いなら、ボクがアルドと一緒の部屋になってもいいけど」
ロリシュがあっけらかんと言う。友達なんだし別にいいと思うけど。
「ダメ!」
「連行!」
「わっ、ちょっ……?」
ロリシュは両脇をエルリアとメリアに抱えられ、部屋に引きずり込まれていった。
『街で買い込んだ品物をあけてみましょ、あ、お菓子もあるから食べましょう』
ドアが閉まると、部屋からはすぐに三人の話し声と笑い声が響いてきた。
「……」
女子会、楽しそう。
一人廊下に残された僕は、スタッフ用と書かれた部屋を開け中に入った。
粗末な寝台が二つ。小さなテーブル。窓を開けると通りの喧騒が聞こえてきた。夜の街は賑やかで、お酒に酔って歌う人、異国情緒溢れる弦楽器の音がどこからともなく聞こえてくる。
ようやく一息ついた僕は、シャワーを使って全身を洗い、寝台に寝転がった。
ギルドでもらったクエスト依頼の用紙を眺める。
――求む、廃屋に巣くった魔物を退治してくれる方!
剣だけでは倒せない魔物がはびこり、不動産売買の支障になっています。
報 酬:金貨70枚、他特典あり(要相談)
難易度:階級問わず
「よし」
明日は頑張ろう。
◇
眠れない。
夜も更けて、表通りの騒がしさも聞こえなくなった。
隣の部屋から聞こえていた女の子たちの笑い声やおしゃべりの声も聞こえなくなった。
でも、なんだか寝つけない。
色々なことが気になるからだ。
明日の冒険のこと。
魔女のこと。
それに、エルリアのこと。
最近なんだかちょっと避けられている気がする。
そうでもない時もあるけれど、たまに、気まぐれに距離をとられることがある。
何でだろう?
僕にとってエルリアは誰よりも大事な妹で、家族なのに。
でも普段はそんなことも忘れて、年の同じ友達みたいな気になっているときもある。
それがいけないのかな……。
悶々としていると、コン……コンコンと小さく、遠慮がちにドアがノックされた。
「エル……?」
飛び起きてドアを開けると、寝巻き姿のエルリアだった。薄手のロングシャツみたいな肌着を羽織ったまま、素早く駆け込んできた。
「ふぅ……ロリシュと寝ていたけど、羽がぶつかりそうで寝返りできなくて」
「あ、そっか」
エルリアの背中には小さなドラゴンの羽がある。
一部は尖っていて、皮と骨だけのような質感だ。相手も決して触れて気持ちいいものじゃないだろう。
おまけに寝台で寝返りをうつと、顔にぶつかることもある。添い寝をしていた僕は、何度かそれで起こされたっけ。
僕は自分の寝台に腰かけた。
「そっちの寝台で寝ればいいよ」
「うん」
と、返事をしたのにエルリアは僕の横に来て、すとんと腰を下ろした。寝台がぎしっと重みで軋む。
「わ……」
「えへへ」
寄り添って身を預けてくるエルリア。触れた腕を通じて体温が伝わってきた。下ろした長い髪からは、ふわりと甘い香りがした。エルリアの思わぬ行動に戸惑う。
「え、なんで?」
「……アルが寂しくて泣いてるかと思って」
「は? なんで僕が……。泣いてないよ」
すこし、寂しかったけれど。
手を重ね、そっと握ると拒むこともなく、エルリアも握り返してくれた。
「ぎゅってしていいよ」
「うん……」
しばらく僕らはこうしていた。
二人だけでいるのは久しぶりの気がした。ジラールの山小屋を出て旅をはじめて一ヶ月。いつも仲間たちと一緒だったから、以前みたいに二人だけで話したり、ゆっくりしたりする時間が無かったことに気がついた。
僕は深い安堵感に包まれていた。
それはエルリアも同じだったのだろうか。肩に重みを感じて気がつくと、頭を預けてウトウトし始めていた。
嫌われていない。少なくとも以前と変わらない、仲良しのままだと確信が持てた。
「エル……、寝ようよ」
でも、時々嫌がったりするのはどうしてだろう?
その答えは意外とあっさりとわかった。
「みんなが見ていると恥ずかしい。でも二人の時なら、いいよ」
「あ……そうか。そうだね。気をつける」
そうか。
エルリアは恥ずかしがっていただけなんだ。
皆の前で仲良くしすぎないように気を付けよう。
いつしか僕らは、互いの温もりを感じながら、眠りに落ちていた。
<つづく>




