黒猫のギルドからの依頼
「や、やるじゃねぇかアルドくん……」
「たまたまです」
カルビアータさんとの勝負は、僕が一本を取った。
でも弟みたいに年の離れた僕を相手に、本気なわけがない。きっと手を抜いてくれたんだ。
「よし、オレの見込んだ通り、見所があるぜ。も、もう一本どうだ!?」
「お願いします!」
カルビアータさんは木剣を拾い上げると、構え直した。
「どりゃあっ!」
今度は間髪いれず踏み込んできて、上段、下段、中段と、流れるような打撃を放ってきた。一息つくまに三連撃、パワーもすごい。
「く、うっ!」
辛うじて受け流すのが精一杯。ガッゴッ、ガッ! と木剣が鈍い音をたて、手が痺れる。
打ち込まれる剣の重さに、ジラールを思い出す。育ての親でもあり、剣術の師匠の言葉を。
――アルド、お前はまだまだ弱い。だから相手の油断、隙を見逃すな。よく見て、考えるんだ。
「うぬぅ!? よくも耐えやがったな、オレの必殺・三角斬りを。魔物でこれに耐えたやつぁいねってのに。いくぜ……!」
魔物は剣を使わない、ゴブリンがたまに振り回している剣は剣術とは程遠い。そんな思いを飲み下し剣に力をこめる。
カルビアータさんは間合いに踏み込んできた。三連撃を放つ構えだ。
「ずあっ!」
頭ひとつぶんの体格差、腕の長さの違い。間合いは完全に僕が不利だ。
というか、有利な場面なんて無かった。
だから瞬時に見極めて、反撃するしかない。
先程の三連撃を思い返す。技が発動すると反撃の暇はない。ただ、上段の構えから剣を振り下ろす瞬間、カルビアータさんの胴体はがら空きになった。そこを狙うしかない。
「は……あっ」
呼吸を整え、軸足に体重をのせ予備動作へと移る。突撃してくる相手に、悟られぬよう最小限の動作で、剣の構えを変える。
大柄なカルビアータさんが剣を振り上げた、その時。
僕は身を低くして地面を蹴った。相手の間合いの方が広く、こちらの剣撃は届かない。三連撃を放つ前に、一点突破。
相手より先に、急所を「突く」しかない。
――剣式、打突ッ!
腰から上半身をひねり、前に傾け、さらに木剣を握った右腕をまっすぐに伸ばした。剣先の距離感がつかみにくい、超高速の突きを放つ。
その向かう先は、胸の肋骨の中心からやや下――
「がっ!?」
みぞおちだ。
剣先が相手の間合いを切り裂き、貫通した。
『メェ』
黒山羊ペーターくんが鳴いた。
ほぼ同時に、ビュッと、カルビアータさんが振り下ろした木剣が左脇をかすめて通りすぎた。僕の身体は小さく、逆に大柄なカルビアータさんの懐深く潜り込む格好になっていた。
僕の打突は深々と、みぞおちに食い込んでいた。
「くそっ」
でも次の瞬間、衝撃がはしり僕の手から木剣が叩き落とされた。カルビアータさんが返す刀で僕の木剣を振り払ったのだ。
「あっ……!?」
「かはっ、アルドてめ……あぁ……くそう、けほっ」
お腹を押さえつつ、僕を苦々しい表情で睨むカルビアータさん。
「参りました。僕の敗けです」
相手が剣を落とさないかぎり、勝負はつかない。
だから今のはカルビアータさんの勝ちだ。
突きがもうすこし強かったら、完全に動きを封じていたかもしれないけれど、僅かな躊躇いがあった。
「まっ、最初から圧倒していたし、オレの勝ちだな」
「ですね。押されまくりました」
「おうおう、アルドもなかなかよかったぜ、最後ちょっとまぐれで入ったけど」
お腹をさすりつつ、ニカッと実に嬉しそうな顔になるカルビアータさん。
もう一本相手をしてもらいたいな、と思ったその時。
「いやいや、カルビっち、あんた死んだでしょ」
「心臓貫通、即死判定」
「なっ、なぬっ……!? そりゃぁないしょ、ムチリア先輩にリスカート先輩」
それは、エルリアに絡んでいた女戦士と、赤いマントの魔女だった。エルリアを挟んで二人、こちらの勝負を見学していたようだ。
「真剣での勝負なら、動けなくなってたのはアンタのほうだよ、カルビっち」
ムチリア先輩と呼ばれたのは体格のいい女戦士だった。
かなりの大人で、おそらくジラールよりも年上だ。ごわごわのブロンド色の髪を後ろで束ね、巨大な戦斧を杖がわりに微笑んでいる様子は、ベテランの風格を漂わせている。
「可愛らしい半竜人のお兄さんは、人間なのね?」
魔女のリスカートさんは赤いマントを振り払う。明るいシルバーの髪色はメリアに似ていた。細身のスラリとした身体に密着した白いワンピース。手首や足、あらゆる箇所に呪文のような不思議な紋様が入れ墨してある。
「アルド、大丈夫?」
「エル、なんともないよ」
すたたっとエルリアが駆け寄ってきた。僕とペーター君と合流する。
「坊や、筋がいいじゃないか。実戦も経験してるね? 誰に習ったんだい?」
「それは……」
「将来性ならカルビっちよりもあるね」
ムチリアさんの左腕には、銀色のブレスレットが光っていた。銀竜級の戦士、かなり強いのだろう。
「二人とも、そりゃぁないぜ」
カルビアータさんが肩をすくめる。
「あの、お二人とお仲間なんですか?」
「ま、一応な。地元の先輩で、仕事仲間なんだけどよ。……おっかねぇんだあの二人。元ヤンだ」
「モトヤン?」
僕に耳打ちするカルビアータさん。
元ヤンってなんだろう? 他の国の言葉かな。でも、どうやら二人に頭が上がらないらしい。
「あんな素敵な女性二人と仲間なら、僕に女の子を紹介してくれなんて言わなくてもいいのに」
「ばっ、どこが素敵か! あれは女じゃねぇ、別の……」
「あぁん? 聞こえたぜ、アァ、クラァ!」
「ひっ、スンマセン、パイセン!」
「よし、おごれ。飲むからおごれ!」
ムチリア先輩にガッと肩を組まれ、目を白黒させながら引きずられていくカルビアータさん。
「じゃぁ、アルド、また機会があったらなぁ……!」
「はい、ありがとうございました!」
笑顔で手をふって見送りながら、地元のパイセンって怖いんだなぁと思った。よくわからない言葉が飛び交っていたし。
「不思議な魔力の波動を感じるわ。剣士である君からも」
残ったリスカートさんが僕に話しかけてきた。青い瞳の奥底に黄金色の輝きを宿している。かなり力のある魔女なのだろう。
「そうですか? よくわからないです」
僕はとぼけておいた。
魔女はどこで魔女メイヴと繋がっているかわからない。もちろんメリアは仲間だから信頼しているけれど。
「ふぅん。興味はあるけれど、他にも目をつけている人がいるわ」
「え?」
そう囁くと、リスカートさんはムチリアさんたちを追うように去っていった。
すぐに入れ替わるようにメリアとロリシュがやって来た。
丸めた紙を僕に向けてふりながら。
「アルドくんにエルちゃん」
「アルドー仕事だよー」
「二人とも。え? 仕事って?」
「お金稼げるらしいから、ギルドに登録してきたんだっ。そしたら早速、いい仕事があったんだよ」
ご満悦のようすのロリシュ。
「ここで自由冒険者を受け入れているのは『黒猫のギルド』。旅行者でも構わないそうです。名前を書いて、加入しておきました。勝手なことをしてごめんなさい」
メリアが少し申し訳なさそうにいう。
「別に構わないけど……」
ギルドの事務所から注がれている視線に気がついた。
二階の窓から、黒猫みたいな耳を生やした女の人が、こちらを見ていた。さっきのリスカートさんの言葉が頭をよぎる。
「アルド、これみてよ」
「ん?」
ロリシュが紙を広げて僕の目の前に差し出した。
――求む、廃屋に巣くった魔物を退治してくれる方!
剣だけでは倒せない魔物がはびこり、不動産売買の支障になっています。
報 酬:金貨70枚、他特典あり(要相談)
難易度:階級問わず
「剣と魔法、両方の使い手がいるバランスのいいパーティ向けなんですって。私たちにぴったりのお仕事かと思いますが?」
メリアはふふん、と自信ありげに、丸いメガネをキラリと光らせた。
<つづく>




