街のギルドにて
少し話をして打ち解けると、カルビアータさんは気さくないい人だった。
年は十八歳で、僕より5つも先輩だ。
「なるほど、アルド。おめぇ、いろいろ苦労してやがんなぁ。だが、もう心配ねぇ。このあたりの魔物は、俺たち自由冒険者ギルドが片付けた! まぁ、俺の武勇伝を聞かせてやらぁ」
「は、はぁ」
何か自分の身の上話を始めてしまった。要約すると、自由冒険者に憧れ、定職に就かず無職のまま、夢を追い続けていた(?)カルビアータさん。
そんなある日、ナリルスタ王国の魔女騒ぎが発生。魔物を倒せば硬貨が手にはいる。それを聞き付けた傭兵や冒険者たちが、数日後には有志の魔物討伐隊を組織した。
お金目当てにしか思えないけれど、そこで魔物退治の仕事をもらい、一山当てた、ということらしい。
「ナルリスタで魔女が悪さをしたって聞いてよ! 正義に燃えるオレは、剣を片手に討伐隊に加わったってわけよ!」
「そうなんですか」
愛想笑いを浮かべるしかなかった。
ナルリスタの王都での戦いの記憶がよみがえる。
生きるか死ぬかの闘いの数々、魔物の軍勢に対して挑んだ、決死の一大反抗作戦。そして魔女メイヴとの死闘――。
あの時、加勢しに来てくれたら嬉しかった。今いる魔物は魔女の軍勢が崩壊したさいの敗残兵。いわば逃げ出した魔物たちなのだ。
話には耳を傾けつつも、退散するタイミングを見計らう。そろそろエルリアたちと合流したくなってきた。
「迫りくる魔物の群れ……! 凶悪なゴブリン、醜悪なオーク!」
身振り手振りを交えながら、まるで大道芸人の芝居のように面白おかしく再現するカルビアータさん。
これでお金がもらえるんじゃなかろうか。
広場には人だかりができていた。暇を持て余したお年寄りや、小さな子どもたちが集まってきて、カルビアータ兄貴の話に耳を傾けている。「カルビ兄ぃだ」「放蕩息子だよ」「仕事はみつかったのかい?」「魔物退治ねぇ?」なんて声がそこかしこから聞こえてくる。
ここらでは少し有名人らしい。
「オレはしかし怯まずに剣を振り、斬っては投げ、斬っては投げ! 魔物を狩りまくった。おかげで、金銀銅貨をザックザク、大儲けできたってわけよ!」
ガハハ、と革製の小袋をみんなの目の前でジャラつかせる。
ほぉー? と歓声が沸き起こる。
「さらにだ! このブレスレットは街の有名冒険者ギルドで貰った、青竜級戦士の証だぜ! 魔物退治の成功報酬と一緒にもらえる強さの証! よぉく拝んでおきな」
「わぁ?」「すごいの?」
子供達が目を輝かせた。
腕には青い石で飾られたブレスレットが光っていた。
「あ、それ知ってるよー! あたしのお父さん、むかし金竜級戦士だったって」
女の子の一人がブレスレットを指差して笑顔で言った。十数年前も魔物が発生したことがあり、その時にワシも戦ったぞい、と老人の一人も言っていた。
「ねぇねぇ、青い石は強いのー?」
「うぐっ……。まぁ、まぁ強いな」
「確かね、茶色、青色、緑色、赤色……それから、銅色、銀色、金色の順で強いんだよね?」
子どもたちもギルド認定の「強さの証」の事を知っているらしかった。
「そっ……そうかも、しれねぇな、ガハハ?」
色はさておき、戦った証なのだ。それは誇らしい勲章であることには変わりない。
「いいなぁ、僕も欲しい」
「おっ!? アルドくんはわかってる! 見込みがあるぜ、おめぇ」
急に元気になって肩を組んでくるカルビアータさん。
ここまで来る間、魔物を沢山倒してきた。エルリアを守るため、生き残るため必死で戦った。それに僕が戦ったのは、硬貨から生まれた普通の魔物だけじゃなかった。
魔女の眷属――上位の魔物たる『宝石級』。
様々な宝石から生まれた強敵たち。彼らは他とは一線を画し、魔女から強力な力と能力を与えられた存在だった。
ジュエリアたちとの死闘は、限界ギリギリ、紙一重で何度も死を覚悟した。
勝てたのは仲間たちのおかげに過ぎない。
もし、あれがギルドで募集した討伐クエストだったなら、報酬を貰えたのかな?
結構がんばったと思うけど、何色の認定のブレスレットが貰えるんだろう。
「そうだアルド! これも何かの縁だ。オレっちが剣の稽古をつけてやるぜ」
「えっ? カルビアータさんが」
「おうよ、おめぇも剣の使い手なんだろう? 実戦を経験してきたオレ様の剣さばき、きっと参考になると思うぜ」
僕の頭を撫でる。弟扱いされているみたいだ。
「はいっ、是非おねがいします」
剣の稽古!
いつぶりだろう?
ジラールに稽古をつけてもらっていた頃からだいぶ経つ。魔女の騒ぎが無かったら、もう少し教えてもらえていたのに。
そうと決まれば話は早い。ちょうど人の輪も解散しつつある。とはいえ広場では危ないので、ギルドの裏手にあるという鍛練用の広場で、少しだけ剣の手合わせをしてもらえることになった。
黒山羊のペーター君をひきつれて、裏通りから大通りへと向かう。
傭兵兼冒険者ギルドは、魔女イフリアの棲む高き塔のすぐ近くにあった。
「あ、アルドだ! みつけた」
「アル、おやつ買った。食べるー?」
向かう途中、僕らは再会できた。
「ロリシュにエルリア、それにメリアも」
街でのウィンドゥショッピングを終えたのか、三人は上手く合流できたらしい。ロリシュは何か買い物袋を抱え、エルリアは食べ物の袋を抱えている。
「メリアの魔法ってすごいね、こんな人混みなのにアルドとも合流できた」
ロリシュが珍しくメリアを称賛している。
「うふふ、余裕です。初歩的な魔法ですし。『尋ね人』で、交流のある人なら、おおよその位置は掴めますから。……ところでアルドくん。どなたです? そちら」
メリアは魔法の杖を地面に立て、実に胡散臭いものでも見るような視線をカルビアータさんに向けた。メガネの柄を指先でついっと持ち上げてレンズを光らせる。
「えっ? えーと。さっきそこで知り合って。冒険者ギルドで剣の稽古をしてくれるって誘われて……」
「アルドくんっ! 怪しい人にホイホイついていっちゃダメですよ!」
「えぇっ?」
メリアに叱られた。
「そんなに怪しくないと思うよ、無職だったけど、魔物退治でお金を稼いだ立派なお兄さんで……」
「十分怪しいです!」
血相を変えたメリアに、ぐいっと手首を掴まれて、引き寄せられた。
「言葉巧みに誘って、その、あの、いろいろと、変なこと、いかがわしい事を企んでいるのかもしれませんし」
早口でまくしたてる。
「いかがわしいってなにー?」
「ロリシュは黙っててください!」
流石はロリシュのエルフ耳。小声の早口から聞き取ったらしい。
「アッ……アァアアア! アルドくんっ、キミィイイッ、なんでこんな……ベリーキュートな女の子たちと知り合いなんだコノヤローッ!?」
カルビアータさんが頭を抱え、突然叫び出した。怪しい人というメリアの勘は当たっていたのかと不安になる。
「妹と旅の仲間ですから、このへんで」
「なぁにぃいいっ!? それは羨ましけしから……いや。いいから、来い。オレが稽古つけてやるから。そしたら一人紹介しろコンチキショー!」
反対側からガッとカルビアータさんに手を掴まれる。目が血走っている。
「アルドくんから手を放しなさい、変質者っ!」
「痛い痛い!?」
両側からぐいぐいと引っ張られる。
「アルドの取り合いだ」
「きゃはは、修羅場?」
「エルもロリシュも、見てないで助けて!?」
◇
「……まぁ、すまなかったな」
「いえ」
落ち着きを取り戻したところで、僕らは冒険者ギルドへとやってきた。
平時は傭兵ギルド、あるいは様々な仕事を斡旋する場所らしい。でも魔物が出現した今は『冒険者ギルド!』と、嬉しさに溢れる書体の手書きPOPが貼られていた。
ギルドは二階建ての建物で、一階が受付と待合室、二階が事務所。建物の裏手は馬を繋ぐ場所で、広場になっていた。
行ってみると、声が聞こえた。
そこでは剣や盾、様々な武器を持った者達が、思い思いに稽古をしている最中だった。
「ここだ」
「すごい……」
カルビアータさんがせっかく稽古をつけてくれるというのだけど、お腹も空いてきた。ほどよく終わらせて切り上げたい。
メリアとロリシュは、冒険者ギルドの入り口に張り出されている仕事の依頼書に興味があるようで、あれこれと見ては何かを相談している。
入り口の掲示板に張り出されている依頼書。そこには様々な魔物の討伐依頼や、報酬、難易度などが書かれていた。
基本的に魔物を討伐するものがほとんどだった。
いまが旬、ということらしい。
魔物を倒して得た硬貨はその人の報酬となる。更に仕事に成功すると成功報酬が出る仕組みが一般的。つまり失敗したら実入りが少ない、ということなのだろう。
――急募、放牧地に出没する魔物退治
報 酬:金貨三十枚、食肉提供特典あり
難易度:青色竜級戦士以上推奨
――求む、温泉給湯施設に巣食う魔物の退治
報 酬:金貨五十枚、他特典あり(要相談)
難易度:銅色竜級戦士以上推奨
――東の街道掃討戦(大規模集団戦闘)募集中!
報 酬:一人あたり金貨二十~七十枚
難易度:階級問わず
僕らも簡単な手続きでギルドに入れば仕事ができるらしい。鍛錬が終わったら僕も見てみたい。
「キミ、可愛いね! ドラゴンハーフ?」
「魔力を感じるわ、変わった波動ね」
「ま、間に合ってますー」
エルリアは女性冒険者と赤いマントの魔女に挟まれていた。
興味しんしんにエルリアに声をかけている。心配だけど話をするぐらいなら……。
「妹ちゃん、エルリアちゃんだっけ」
「まだ紹介してないです」
メリアに気をつけるように言われたので、僕もちょっと警戒モード。
「オレが勝ったら紹介してくれよ」
「いつから勝負になったんです?」
「まぁ細かいこたぁ気にするな、さて。普段使っている剣と同じ重さの木剣でやろうぜ。アルドはショートソード、オレは普段は両手持ち大剣使いだが、片手剣に変える」
「稽古といっても、試合形式ですか?」
「そのほうがいいだろう? 剣を落としたり、参ったと言ったりすれば一本。それでどうだ?」
「それでいいです」
ギルド裏手、広場の隅っこで僕らは向き合った。
地面は踏み固められた土。互いの距離は5メル。数歩踏み出せば互いの間合いに入る距離だ。
見届け人は、黒山羊のペーターくん。
「おねがいします!」
「おう、来い!」
両手で剣を握り、正面で上段に構える。
カルビアータさんは剣を横に向け、剣先を下にむけた下段の構え。不利な下段、僕にハンデをくれているのだ。
一瞬の沈黙、すっと表情が引き締まる。
『メェ(始め)』
ほぼ同時に地面を蹴った。
一瞬で間合いが詰まる。
カルビアータさんは、その長身に似合わぬ低い姿勢から、横なぎの剣を放った。
「ぬん!」
相手の――大抵は無防備な――脚を狙っての刃。
脚を斬られたら動きが止まる。魔物相手なら実用的。でも戦い方の極意たる剣式。ジラールの教えに従うなら、軽量級の僕が剣を真正面から受け止める選択肢は無い。
直前で踏みとどまるか、跳んで避けるしかない。
「くっ!」
タイミングよく跳ねて、初撃をやり過ごす。
ヒュゴッと足の下を木剣が通過する。けれど、動きは当然のように予測され、読まれていた。
「そうだわな!」
ぐんっ、と剣の軌道が変わった。まるで水面に向かって水平に投げた石が弾かれるが如く、上に逃れた僕を追ってくる。
「わっ!?」
といいつつ、それぐらいの予想はしていた。
跳ねると同時に、下からの攻撃に備え、すでに剣を振り下ろしていた。下向きの剣で追撃を受け止める。
ガッ、と足元で剣が激突した。
下から押し上げるような、斬り上げる刃。
上から押さえ込むような、振り下ろした刃。
僕は衝突の勢いを利用して、身をひねり逃れる。剣同士がぶつかり弾かれた力に任せ、自然な動きで剣を上段へ。
「おほぅ!?」
カルビアータさんの体勢が乱れた。首と顔ががら空きだ。でも、狙うは剣を握る手首。
――対人、剣式……!
「手甲破断!」
「痛ッ!」
カァンと小気味のよい音が響いた。
剣の持ち手を強く叩いた衝撃で、カルビアータさんの剣は地面に落ち、跳ね返った。
<つづく>




