ディルスチームアの街にて
◇
太陽は天頂からやや西に傾き、湖と緑の大地を照らしている。広大な円を描く不思議な山脈。その内側に拡がる盆地が月の印だと手元の地図には描かれている。
正午過ぎ、僕らはディルスチームアの街へと到着した。
「あれがディルスチームアの街ね」
「どこの国に属しているの?」
「都市国家ルナリアマーク。円形の盆地全体に点在する町や村でひとつの国、という事らしいわ。珍しい王様のいない国、商工会と職人ギルドの代表、長老会による議会制で物事を決めるみたい」
「すごい。なんでも知っているんだね、メリアは」
「どういたしまして。本で読んだのですけど……」
物知りで頭もいい。流石は魔女見習い。暇さえあれば本を読みたいと言う勉強家。
僕はもういちど手元の地図に目を向ける。簡単な地図によると、僕らの故郷であるナルリスタ王国の国境から、もう百五十キロメルも東に進んだことになる。
南にはヴェトムリア小国家連合。北から東を支配するのは、広大な領土を持つデームハイル王国だ。
これでもレムリア大陸全体でみれば、まだ西側エリアにいるという感じ。大陸は広いなぁ。
「白い煙がたくさん出ているんだね、なんだろ?」
ロリシュが気がついた。街には煙突がたくさんあって、白い湯気を噴き出している。
「地下からお湯が湧き出しているの。蒸気を使ったカラクリが使われていて、産業や工業が発展しているらしいわ」
「すごい。世界はいろいろ知らないことだらけだ」
湖畔のほとりに開けた大きな街、ディルスチームア。
そこは城壁に囲まれていなかった。周囲を山脈に囲まれているせいで、それ自体が壁の役割を果たしているのだろう。外から魔物が攻めてこようにも、通れる道は限られている。だから、防衛はしやすいのだろう。
街の入口で簡単な手続きを終えて、屋台でサンドイッチやお焼きなどを買って、簡単な昼食をとった。
みんなようやく一息つく。
街はかなり賑わっている。驚いたのは馬のいない馬車が走っていたことだった。
「あれ、魔法の馬車!?」
「馬がいない。でも走ってる」
「え、えぇ? なんで?」
僕とエルリアがキョトンとする横で、ロリシュは半ば固まっている。
「魔法の馬車で正解だと思うわ。以前本で読んだことがあるの。ほら、車輪が太くて大きいでしょ? あれに魔法のカラクリが仕掛けてあって、勝手にゴロゴロ転がるらしいわ。だから馬が居なくても進む……って、聞いてます?」
「「「ほぇ……?」」」
僕もエルリアもロリシュも唖然とする。過ぎ去ってゆく馬車をぽかんと見送りながら、世界の広さに驚く。
「ちょっと、恥ずかしいからいつまでもガン見しないでよっ!? 田舎者だと思われるしょ」
メリアが顔を赤くする。
「田舎? そんなもんじゃないね。ボクは山奥育ちだし」
ロリシュが堂々と言う。
その通り、僕もエルリアも人里離れた田舎育ちだ。
メリアは同じナルリスタ出身でも王都育ち。でも、この街の人たちから見たら、ナルリスタ自体が田舎に思えるだろう。
事実、ナルリスタの王都でもこんな凄い魔法の馬車は見たことがない。何か使っている魔法が違うのだろうか?
「あれもすごいね」
「ゴージャス」
僕は別の馬車に目を奪われた。今度のは貴族か身分の高い魔女が乗るのか、高級な外装に覆われピカピカしてかっこいい。
「もう、いいわ。私は魔女の組合に挨拶をしてくるから、あとで合流しましょ」
メリアはそういうと、一人ですたすたと行ってしまった。
◇
しばし、エルリアとロリシュと三人で適当にディルスチームアの街を見学することにした。
大きな通り沿いには様々な店があり、食料や日用品はもちろん、服や宝飾品、武器や防具の店など、沢山の店が並んでいた。同じ系列の商品を売るお店が数軒ごと並んでいて、買い物がしやすそう。おまけに隣のお店どうしで「値引き合戦」なんかをやっていてすごく活気がある。
交易都市らしく歩いている人種も様々だ。意外とエルフやドワーフ族は少なくて、むしろネコや犬みたいな耳としっぽをはやした半獣人のほうをよく見かける。おかげで半竜人っぽいエルリアも、特段じろじろ見られることはなかった。
「なんだかいい街だね。食べ物も美味しいし」
「うんっ」
ディルスチームアの街にいると、ひときわ高い塔が目につく。どこからでも見える。気になってお店の人に聞いてみる。
「あぁ、あれかい。この地を昔から守護してくださっている魔女さまの塔だよ。魔女イフリア様の御住まいなんだ」
更に一階には魔女の同業者組合、魔女ギルドもあるらしい。どうやらメリアはあの塔に向かったのだろう。
「ロリシュ、見て! あのお店、すごく可愛い!」
エルリアが瞳を輝かせ、エルフの狩人の手をつかむ。
「綺麗な服がいっぱい……! パーティで着るドレスのお店かな?」
エルリアとロリシュは目を輝かせて、店のショーウィンドゥにへばりついた。透明なガラス板を何枚も繋げた、ステンドグラスみたいな窓越しに中を見て歓声をあげる。
実際に買うわけではないだろうけれど、これが噂に聞くウィンドゥショッピングなのだろう。
二人はすぐに別の店、また別の店へと駆けてゆく。急に元気になった彼女らの後を、荷物を抱えてペーター君とついていくのが精一杯だ。
正直、疲れてきた。
「あのさ、僕とペーターくんはこの辺で待ってるから」
「迷子にならないでね、アルド」
「ならないよ。エルこそ気をつけて」
エルリアとロリシュは手を振って、人混みの向こうに消えていった。
僕はそこから通りを一本入った路地の突き当りで、休憩できそうな広場を見つけた。
水場の横のベンチに腰を下ろす。
大きな街路樹が木陰を作り涼しい。石畳の広場は、建物に囲まれた円形になっていて、表通りとは違って落ち着いた雰囲気だった。
近所のひとたちの憩いの場なのだろう。近所に住むお母さんや子どもたちが何組か集まっては、賑やかに広場でおしゃべりに興じている。
お料理の匂いがして、子供の名を呼ぶ声がする。沢山の洗濯物が、広場の間に渡された長いロープで揺れている。
ここは公共の水場らしく、一段高くなった水路から透明な水が流れ出していた。一番上を飲み水として使い、その下を炊事用に。さらに下の段を洗濯や手洗い、家畜の飲み水にと、水の流れる場所ごとに使いわけている。
離れた場所に馬を休ませる駐馬場もあったので、そこにペーター君を繋ぎ水を飲ませる。
「疲れたよね、へとへとだ」
『メェ』
「あ、見てママ! 黒山羊さんだー」
「可愛いー!」
子どもたちが寄ってきてペーターくんの周りに群がった。そういえば馬車を牽く馬は居たけれど、黒山羊は見かけなかった。
このあたりでは山岳地に生息する黒山羊は珍しいのだろう。
鋭い角を恐る恐る触れる子供がいたけれど、ペーターくんは堂々として気にするそぶりもない。
子供たちを追うように、お母さんたちもやってきた。僕を見つけて声をかけてきた。
「おやまぁ、旅の子かい? どこから来たんだい?」
「あ、はい。お邪魔してます。僕らはナルリスタから来ました」
「まぁ!? ナルリスタから」
一人があげた声に、周囲が反応する。水場にいたおばさんたちも食いついてきた。
「悪い魔女が暴れて、大変だったんでしょ?」
「坊や、お母さんやお父さんは?」
坊やって……。
「あ、まぁその……」
僕とエルリアにはジラールという育ての親がいる。元王国の女騎士。強くて優しいジラール。大好きだったのに、しばらく会っていない。
急になんだか会いたくなってきた。
「そうかい……。残念だったねぇ」
「その剣はお父さんの形見なんだね」
「えっ?」
残念? 形見? なんで? そんなこと話してないのに。
「……可哀そうに、さぞ辛い目にあってきたんだろうねぇ」
「お腹すいてないかい? これ、余りものの焼き菓子だけど、お食べ、遠慮しないで」
「え、えぇ……? あの、えと」
僕は避難民か孤児と思われているらしかった。
装備は革製の簡易鎧に、腰に下げた愛用の短剣。どこからどうみても「剣士」のはずなのに。ものすごく同情されて、哀みの視線が向けられているんですけど?
自分では「手練れの冒険者」あるいは「旅の剣士」――それも激戦をくぐり抜けてきた猛者――というイメージのつもりだったのに、自信が揺らぐ。
『……メェエ(なわけあるかい)』
ペーターくんが笑っている気がした。
僕がナルリスタ出身だとわかると、人だかりができた。
仕方なく、これまでに見たこと、経験したことをかいつまんで話すうちに、涙を浮かべる人まで出始めた。
「そういうわけで、いろいろあって。仲間たちと旅をしているんです。そろそろいかないと」
「悪い連中と一緒じゃないだろうね? 大丈夫かい?」
「なんなら、うちで引き取っても良いくらいだよ。ウチにくるかい? ウチのバカ息子に比べたら、しっかりしているよ」
「いえ、結構です……」
だから孤児じゃないってのに。
「そういや、トメさんちの息子も、魔物退治に出たきり帰らないねぇ……」
「あんのバカ、魔物のエサにでもなったんだろうさ」
そろそろ話の輪から抜け出そうとした、その時。
「――オレは騙されねぇぜ。そのガキ、かなりの使い手だ」
「えっ!?」
嬉しさのあまり、思わず振り返った。
ざわっ、と人垣がゆらぎ、道ができた。
そこに長身の若い男の人が現れた。薄汚れたマントを羽織り、背中には布でぐるぐる巻きにした剣をかついでいる。
青い髪を後ろで結わえ、精悍な顔つきに不敵な笑みをうかべている。
「オレの目は節穴じゃねぇぜ? そのガキの手、かなり剣を握らなきゃできねぇ剣ダコがある。それにその目……」
うんうん!
この人はわかってくれている。
剣士だって見抜く目、なんだかすごい人が現れた。
靴底で地面の硬さを確かめるように、一歩僕の方に近づいて足を止める。その動きにも無駄はない。
「これは、人を何人も殺めてきた凶悪な目だぜっ!」
ズビシィ、と僕を指差し叫んだ。
自信満々の表情で、周りのみんなに聞こえるように。
「は……はぁああああ!?」
目が節穴だった!?
「オレにはわかるんだぜぇ? 隠したって消せねぇ、血の臭い。剣に染み付いた……断末魔の叫びが」
「いやいや! ぼ、僕は人なんて殺してないよ! 魔物とは戦ったけど」
「はーん?」
ダメだ……この人。はやくこの場から立ち去りたい。
「このバカ息子がぁああ!」
「へっ? かーちゃん!?」
「なんて事いうんだろうね、アンタの目が腐っているんだよ! この子は、とても可哀想で、苦労して必死に生きてきた子なんだよ、この目を見な……! お前の濁りきった目玉なんかとは比べ物になりゃしないくらい正直で、キラキラしてるじゃないか!」
すごい剣幕で、現れた青年にくってかかる。
叫んだのは、さっき僕を養子にすると言い出したオバさんだった。どうやらこの二人、親子らしい。周囲の人たちもオバさんの言葉に頷いてくれている。
「でっ、でもよ、オレもナルリスタで魔物狩りを……」
「お前は魔物のエサにでもなりゃよかったんだよ、カルビアータ!」
ばしばしと拳で殴り付けるオバさん。周囲は苦笑しつつ呆れたような視線を向ける。
「ひ、ひでぇ、息子が凱旋したってのに!」
「うるさい、いいから、この子に謝りな!」
「ぎゃっ」
カルビアータと呼ばれた青年は、首根っこを掴まれ頭を下げさせられた。
「すまなかったねぇ、ホント」
「あはは……」
<つづく>




