傀儡の使徒マリオネッタ
吹き飛ばされて落下したペーター君は、すぐに起き上がった。野菜畑のキャベツがクッションになり、衝撃を和らげたらしかった。
『ンメェ……!』
顔についたキャベツの葉を齧り、ペッと忌々しげに吐き出す。二色怪人を睨み付ける闘志は衰えていなかった。
「よかった」
ホッとしたのも束の間、二色怪人は執拗に僕を狙って攻撃を仕掛けてきた。
左手から黒い竜巻のような魔法を放つ。爆風に怯んだところに右手の刃で斬りかかってくる。
『抹消、完遂……!』
「くそっ! なんなんだよっ、おまえっ!」
太刀筋は単純、だけど間合いが広く、一撃の威力が大きい。
短剣で衝撃を受け流し、弾くのが精一杯だ。苦し紛れに間合いをとれば、途端に魔法を放ってくる。
宝石級のように再生はしない。けれど斬っても突き飛ばされても意に介していない。痛覚もダメージも感じていないのだ。
接近戦から中距離戦闘まで、まるで付け入るスキが無い。
「くそっ……!」
体力が削がれて行く。このままじゃジリ貧だ。
「アルーっ!」
「アルドくんっ!」
エルリアたちの声に慌てて振り返ると、ペーター君が身構える畑の方から駆け寄ってくる姿が見えた。エルリアとメリア、そして矢を構えたロリシュだ。
「もう、一人で飛び出す前に声をかけてよ!」
「ロリシュ……」
「下がってくださいアルドくん。エルちゃんと合流を!」
メリアの言うとおりだった。今のままじゃ勝てない。エルリアルドの力を使うしかない。
「――風よ!」
ロリシュが精霊魔法で風を纏わせた矢を放った。
狙いはなぜか二色怪人の頭上、暗闇に覆われた空だった。斜め上空に飛翔する矢が向かった先に緑色の光が見えた。
「えっ?」
十メルほど上空、闇の中で緑の光が明滅。カシュッと命中した衝撃音があった。
「当たった!?」
ロリシュ自身が驚いたように声をあげた。
空中に何かが隠れていたのに、全く気がつかなかった。
「流石は野生の狩人、野生のカンってやつですわね!」
「野生野生うるさい!」
メリアがディスリながら誉め、ロリシュが噛みつく。
「魔力の流れの源を辿ったら、上空に怪しい光! アルド君は操り人形と戦っていたんです」
「そういうことか……!」
僕には見えない魔力の流れが、メリアには見える。
ミスティアさんの家の爆発に気を取られ、側にいた二色怪人にばかり気を取られていた。
迂闊だった。僕だけで飛び出さず、みんなと戦っていればよかった。冷静さを失い、半ばヤケになっていた事を反省する。
『グ……ゴゴ』
矢が命中した直後から二色怪人の動きが止まった。手足をぐにゃぐにゃと動かし、見えない何かを斬りつけるように暴れ始めた。
「アル!」
「エルっ……!」
その隙に駆け寄ってきたエルリア。僕も走り、互いに手を伸ばし、がっしりと握る。
途端に光が溢れ出した。心の内側から溢れるパワー。これが魂に仕掛けられた魔法、エルリアルドの力なのだ。
天秤の魔女アルテアの呪い。謎の思惑、僕自身の存在――。複雑な思いが交錯する。でもいま言えることはひとつ。
これは勇気をくれる。力を与えてくれる。
暗闇に迷いそうな自分の、進むべき道を照らす光なんだ。
互いに繋いだ手を中心に、走る勢いもそのままに半回転。手を離し、回転と遠心力で得たスピードを脚に乗せる。
エルリアは再びメリアたちのほうへとターン。安全圏へと離脱する。
僕は光を放つ短剣を構え、二色怪人へと突っ込む。
「うぉおおおおおッ!」
二色怪人が刃を僕に向けて振り下ろした。それを光を宿した剣で弾き、返す刀で腕ごと切断する。
腕は容易に斬れた。
緑色の腕が宙を舞い、畑に突き刺さる。
『ソノ光――――!?』
「はぁあっ!」
更に踏み込み懐に入り込む。魔法を励起していた二色怪人の左腕を、下段から上段へと斬り上げる。
光の剣が触れた瞬間、魔法が霧散し、腕が崩壊。両腕を失った二色怪人はもう無力だった。
――剣式横一閃!
水平に切り裂く刃で一刀両断。二色怪人の胴体は、いとも簡単に真っ二つになった。
支えを失った仮面じみた顔めがけ、剣の切っ先を叩き込む。
『――竜剣――……ノ』
二色怪人は謎の単語を発し、黒と緑の砂を散らしながら爆散した。
「やりましたわ、アルドくん!」
「お見事、お姉ちゃんとの合体パワー」
跳び跳ねるメリアとエルリア。飾りのような背中の羽と尻尾が揺れる。
「エルはすっかりお姉ちゃん気分かよ」
苦笑しつつ、周囲を警戒する。二色怪人が再生しないことを確認しつつ、深く呼吸を整えて構えを解いた。
でも怪人は気になることを言っていた。
――竜と剣。
もしかして竜がエルリアで剣が僕、という意味だろうか?
「それよりみんな! ミスティアさんとユメトくんが……!」
「あの炎では近づけませんわ……」
家は炎を上げて燃え続けて、周囲の家々や森を赤々と照らしている。東の空はうっすらと明るくなり始めていた。
気がつくと、村人たちが何事かと集まり始めていた。
何人かが燃えている家を見て「ミスティア様……!」「あぁ……そんな!」と悲鳴をあげて泣き崩れた。
すると、森から白く濃密な霧が流れ込みはじめた。霧の流れはまるで生きている大蛇のように動き、家ごと炎を包み込んだ。驚く僕らの目の前で炎は小さくなり、鎮火。
「霧が……!」
「まさかあれって」
霧はより濃密になり、キャベツ畑の横で渦を巻くと人の形を成した。それも大小、二つの人影となった。
「……まったく、人の家を燃やすなんて」
「ひどいです……うわぁああん」
白い霧のような魔女と、水色の細いキノコみたいな少年が姿を現した。
「ミスティアさん! ユメトくんも!」
「無事だったんですね!」
「よかった……」
メリアと僕にエルリアも駆け寄った。
二人は怪我もなく無事だった。
「ミィの結界が破られた時点で、ただ事ではなかったので。一足先に逃げ出した」
「ボクとミスティアさまの身代わりを、霧で作ってから逃げたんです」
「魔力を込めた身代わりを咄嗟につくって、襲撃者の目を惑わしたのですね」
「そうだよメリア。賢い子だね君は」
ミスティアさんの言葉に頭を下げながら、メリアがあることに気がつく。
「つまり、襲撃してきた二色の魔物が狙っていたのは……ミスティア様?」
「おそらく。結界が破られた直後、ミィを目指して一直線に殺気が迫ってきた。さすがに……逃げるのが得策だと思ってね」
傍らのユメトくんの肩を抱き寄せる。焼け落ちた家を見てユメトくんは呆然としていた。よほどショックなのだろう。
「ミスティアさん……」
領域級の魔女、ミスティアさんならば戦うことも出来たはずだ。夢を見せる魔法を戦闘用に使うことも。でも、得体の知れない魔女の眷属相手に、ユメト君が近くにいる状態で戦うことを避けたのだろう。
自分の住み処を放棄してまで。
「それにしても、ミスティアさまのお命を狙うなんて、一体どこの魔女でしょう」
「それは……」
ミスティアさんが言いかけた時、ロリシュが僕らを呼ぶ声がした。
「おーい! 話はコイツに聞くのが早いと思うよー」
すこし離れた場所にペーター君とロリシュがいた。
キャベツ畑を縦断する畦道で、ロリシュが何かを捕まえていた。片手で掴んだそれをブンブンと振り回すと、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。
「やめ……やめぇ……!」
みんなで行ってみると、それは背中に翼の生えた、小さな人形のようだった。
「こいつさ、空から落ちてきたよ。羽にボクの矢が刺さってた」
『メゲェ(犯人)』
ぐいっと僕らの方に突き出すロリシュ。ペーター君が下から角で突き上げると、そいつは悲鳴をあげた。
「ひゃうっ!? ひどいッ、やめッ」
「これはこれは、妖精族とは珍しい」
ミスティアさんが瞳を鋭くして、ロリシュが突き出す妖精を観察する。
「これが妖精!?」
「空とぶ蛾人間みたい?」
僕とエルリアは顔を見合わせた。小屋にあった絵本でみた可憐でヒラヒラした妖精とはだいぶイメージが違っていた。
緑色の肌に、黒い昆虫のような瞳。細く痩せた身体。薄手のチュニックみたいな服を着ているけれど、女の子……だろうか。
羽はチョウというよりはガみたいであまり可愛くない。
「蛾とは失礼なッ! 可憐な蝶でしょうがッ! 無礼ものッ! 頭が高いッ! 手をはなせ野蛮なエルフめッ!」
「野蛮がなんだって?」
「アッ!? 痛いッ、嫌ぁあッ」
キンキンと金切り声で鳴く。随分とうるさい妖精だ。
「手がかぶれたりしないかな?」
「せんわッ! むしろ効能しかないわッ!」
汚いものでも触るような口調のロリシュに、妖精がくってかかる。
ペーター君が苛立たしげに角で突き上げると「ひぎゃぁ」と叫んで大人しくなった。
「君が、あの二色怪人を操っていたの?」
「おぉッ! おまッ!? いえ、君は……エルリアルドの光の使い手ッ……」
僕をみて驚く妖精。曖昧に微笑みを浮かべて決定的なことを口走る。なるほど事情を知っているということは……。
「コイツはかの魔女の眷属。というよりは使い魔、したっぱね」
ミスティアさんが手を伸ばした。
すると途端に、口調がトゲトゲしくなる。
「たわけッ! 田舎の魔女ごときが無礼ッ!、偉大なる天秤の魔女、アルテア様のしもべ……! のひとりッ! 『傀儡の使徒』マリオネッタとは、あたいの事ッ! さぁ手を放せッ!」
「……なるほど」
「これはこれは」
「手がかりが目の前に」
「拷問すれば口を割るかな」
呪いをとく手がかりが目の前にいる。この妖精はアルテアと繋がっている。
向こうから来てくれるなんて願ってもない。
「ちょっ!? なんだおまえらッ!? アッ、アルテア様の使徒だよッ!? ね、ねえッ!? 痛たたたッ!」
ジタバタと暴れる妖精。ロリシュが羽を折らんばかりにねじる。
「ミィを狙ったのは、アルドとエルリアの秘密とやらを暴いてしまったから……というわけだね」
「ギクッ!」
わかりやすい。
<つづく>




