猛攻と迷い
◇
いつも能天気に思われるけれど、僕だって凹むときもあるし、元気が出ないときもある。
正直、ショックからまだ立ち直れていない。夢霧の魔女ミスティアさんの夢分析、エルリエルドの力についての「見解」があまりにも衝撃的だったからだ。
――本来はひとつだった魂を二つに分けた。分離された魂の欠片から生まれたのがアルド、君だ。
天秤の魔女の仕掛けた呪い。それは高度な魔術で「理の歪曲」と呼ばれるものらしい。そこから特殊な魔力が生じることで夢霧の魔法がキャンセルされたのではないか、と。
ミスティアさんは「エルリアルドの力」を知らない。
でも「特殊な魔力」についての見解は本質を言い当てているのかもしれない。
エルリアの身体についてもそうだ。特殊な魔力の負荷に耐えうるよう、肉体を竜化の魔術で強化したのではないか、というのだ。
僕らはそれを「呪い」と呼んでいる。でも本質はもっと複雑で、本当の目的は謎のままだ。
僕とエルリアは魂の双子として、天秤のように力と身体の均衡を保っているのかもしれない。
だからバランスが崩れれば、魂から分離した側である僕が消えてしまう。ミスティアさんは推測と前置きした上でそう言った。
「元気出して、お姉ちゃんがついてる」
「急にお姉ちゃんになるなよ」
「だって、私が魂的にはお姉ちゃん」
嬉しそうなエルリア。
「かもしれないってだけだろ」
なんだかんだ言いながら、エルリアはあれからずっと僕の横にいてくれる。殴られた頬がまだ痛いけれど、それが生きている証だと思うことにする。
エルリアはあまり真剣に悩んでいる様子はなかった。
ただ「魂を分離して兄、アルドが生まれた」という部分がとても気に入ったみたいだ。実際、生まれてきた順番は僕が先なので、兄である事実は揺るがないのだけれど。
何にしても真実を知りたい。
エルリアの竜化の呪いを解けば、僕は本当に消えてしまうのだろうか?
可能性が示唆されただけで、確実なことは呪いをかけた等の本人に尋ねるしかない。
でも仮説をメリアは否定しなかった。領域級の魔女であるミスティアさんの見解だから、という理由だろうか。
兎に角。少し休みたい。きっと明日にはざわつく気持ちも鎮まって元気になるはずだ。
ミスティアさんは「今夜はもう遅い」と、僕らに一軒の空き家を貸してくれることになった。計らいに感謝しつつ厚意に甘えることにする。
「ここです。お好きに使ってくださいね」
ユメトくんがランタンを片手に案内してくれた空き家は、ミスティアさんの家から畑を隔てた反対側にあった。
「まぁ、立派なお家……!」
メリアが喜ぶとおり、空き家だけど手入れがされてきれいな状態だった。
「去年まであるご家族が住んでいたのですが、お子様が街の学舎に通うことになりまして。ディルスチームアへ引っ越されたのです」
「そっかー。この村じゃ勉学ができても学舎も無さそ……」
ロリシュが言いかけて慌てて口をつぐむ。
「いえ、そのとおりです。何もない村ですから仕方ありません……。いえ、何もないのが良いところですけれど」
気を使うユメトくんにお礼を述べつつ、みんなで休ませてもらうことにする。
ペーターくんと馬車も空き家の前に移動。暖炉に火をつけ、ポットを借りてお湯を沸かし、お茶を飲みほっと一息つく。
お湯で身体を拭いたり、顔を洗ったりしているうちに、僕は疲れて眠ってしまった。
でも霧の中で見たような楽しい夢とは違っていた。
黒い霧で溺れるような、悪夢だった。
「……っあ」
どれくらい時間がたっただろう。
目が覚めてしまった。汗びっしょりだ。また水浴びがしたい。僕は暖炉の前で眠っていたようだ。毛布が背中にかけてあった。
暖炉の明かりを頼りに室内を見回すと、ソファにロリシュが、寝台にメリアとエルリアがすやすやと寝息をたてていた。
なんだかホッとして、暖炉に薪をくべる。昼間は快適な温度だけれど、山間部だから夜は冷える。
「……何時だろう」
すりガラスの窓から見える東の空は真っ暗だ。深夜の三時ごろだろうか。
その時だった。ガラスの窓がカタカタと震えた。ズン……という振動のような何かが、空気を震わせたのだ。
「なんだ?」
僕は立ち上がった。
何か妙な胸騒ぎがする。
悪夢の続きのような、暗くて、重い気配が向こうから押し寄せてくるような気がした。
――この感じ……!
圧迫感、目眩に似た平衡感覚の揺らぎ。金杯の魔女メイヴや、その眷属たる宝石級の魔物と対峙した時の感覚に近かった。
『ンメェエエエエッ!』
「ペーターくん!?」
外でペーター君が激しい鳴き声をあげた。
尋常じゃない鳴き方は、異変があった事を告げるものだ。以前、ゴブリンが小屋を襲撃したときと同じ火急を告げる声。
僕は床に置いてあった剣を握り、外に飛び出した。
ドアの前にペーター君がいた。黒山羊の視線は、畑の向こうの暗がり側に向けられている。
その方角には確か、ミスティアさんの家が――
ドォン! という衝撃音。直後、赤い炎が噴きあがり家の屋根を吹き飛ばした。
「ミスティアさん!?」
『メェエエ……!』
僕とペーター君は駆け出していた。魔女ミスティアさんを狙った何者かの襲撃か。圧迫するような違和感は続いている。
畑の幅は五十メルほど。あぜ道を駆け抜けて、火の手が上がる家に向かう。再びの爆発。
ミスティアさんは、ユメト君は無事だろうか?
と、炎を背に何者かの姿が見えた。
人間? いや身体のバランスが妙だ。人のような姿をしていても、手足の長さが変だ。明らかに人ならざる異形。
怪人としか形容できない不気味なシルエットが炎に照らされている。
「ミスティアさん! ユメトくんっ!」
僕は駆け寄りながら、燃え上がる家に向かって叫んだ。炎はあっというまに燃え広がり、家が焼け崩れていく。二人の返事はない。中に取り残されているのだろうか。
不気味な二色の怪人が僕に気がついたのか、ユラリとこちらを向いた。それは緑と黒の二色に塗り分けられた怪人だった。
空中から糸で吊るされているかのような、妙な動き。
右手には剣、いや腕と一体化した鋭い刃を持っている。左手には黒い煙のような渦がユラユラとまとわりついている。あれは家を爆破した魔法に違いない。
距離は十メル。僕は鞘から剣を抜き払いながら立ち止まった。ペーターくんも横で臨戦態勢をとって停止、ザッと前足で地面を蹴る。
「おまえがやったのか!?」
『オマエ……?』
二色の怪人は人語を発した。ただの魔物じゃない。最初の衝撃といい、ミスティアさんの結界を破り、侵入してきた異形。
『オマエモ……カ』
僕の問いかけには答えず、お面のような顔を僕らに向ける。
眼窩の奥に赤い輝きが揺れている。間違いない。魔法で生み出された怪物。つまり、魔女の眷属だ。
空中を滑るように黒と緑の二色怪人が突っ込んできた。そしてロングソード並みに長い右手の刃を振り下ろす。
『知ルモノハ、抹消』
「問答無用かよっ!」
斜め上方からの攻撃を、僕は短剣で受けた。長さ60センチメルの使い慣れた刃が、魔物の刃と衝突し火花を散らす。
凄い力だった。大人の剣士よりも強く、重い。ズゥム! と両手で握った剣が押し負けそうになる。
「うぐぅあぁっ!」
全身をバネのようして弾き返した瞬間。魔物の左腕で黒い渦が密度を増しているのが視界に入った。
「――!」
至近距離からの魔法。家を吹き飛ばすほどの魔法を食らったらひとたまりもない。弾き返した直後の剣の切っ先の軌道を曲げる。鋭角的に横一文字に、ガラ空きの胴体を切り裂く。
刃が食い込んだ手応えは、まるで砂袋に剣を叩き込んだような感触だった。切り裂くこともできぬまま、刃が止まる。
「しまっ……!?」
『メゲエッ!』
ドグォッ! と真横から黒い疾風が魔物の身体を突き飛ばした。ペーターくんが頭突きを食らわせたのだ。
「ありがとう、ペーター君」
「メェ(油断すんな)」
吹き飛ばされた二色怪人は一度地面でバウンドし、5メル先で再びユラリと立ち上がった。やはり上から吊られているかのような、気味の悪い動き。
右脇腹の傷口から、緑と黒の砂のような粉がサラサラと零れている。僕の剣と、ペーター君の角による攻撃をものともしていない。
『……抹消』
同じことを繰り返し、左手に黒い渦を纏わせる。そして左手を突き出す。二色怪人の足元から僕らにむかって地面がえぐれ、連鎖的に爆発が起こる。
「やばッ!」
『メッ!』
狙いは僕とペーター君で左右に跳ねて魔法の攻撃を避けた。
直後に立っていた場所が爆発。地面を盛大に吹きとばす。
この攻撃力、そして魔法。
間違いない。金杯の魔女メイヴの眷属レベルの魔物だ。
「くそっ!?」
間髪を置かず、僕を狙って黒い渦を放ってきた。一発目よりも威力は小さいけれど食らったら即死だ。
距離をとると魔法攻撃を仕掛けてくる。
接近戦も通常攻撃ではダメージは与えられない。
剣と魔法を同時に使う魔物――こんなのと遭遇したのは、メイヴの眷属、宝石級のデイアマンテ以来だ。
じわりと嫌な汗が流れる。対抗するにはエルリアルドの力しかない。
でも――
僕のなかで、呪いの言葉のように、ミスティアさんの言葉が木霊して躊躇いを生んだ。
エルリアがここにいない以上、力は使えない。たとえ今ここにいても、使うことを躊躇しただろう。
一度撤退して、エルリアと合流するしかない……!
気がつくと黒い渦の魔法が二方向から迫っていた。一瞬の気の迷いを、二色怪人は見逃さなかったのだ。
「しまっ!?」
回避しつつ、完全には避けられない――! と死を覚悟した刹那。
僕の身体は、盛大に突き飛ばされた。爆発ではない。二本の角が別の角度へと押し出したのだ。
『メゲッ(ったく)』
「ペッ……!」
反転する視界の中で、続く爆発がペーター君を吹き飛ばした。僕を助けるために身代わりになったのだ。吹き飛ばされた黒山羊は、畑の向こうに落下、ドウッと鈍い音が響いた。
「ペーターくんッ!」
<つづく>




