エルリアルド、魂の座
食事を終えると、ユメトくんが席をたち片付けを始めた。
「手伝うよ」
「お客様にそんな」
「いーからいいから」
ロリシュが流し場でユメトくんと並んで、片付けを手伝い始めた。
壁際とテーブルの中央には、香油ランプが灯されている。磨りガラスの向こうは、何時しか夕闇に沈んでいた。
やがてミスティアさんは僕とエルリアに視線を向けた。
「二人には辛い話になるかもしれない。それでも聞く覚悟はある?」
「あります」
「平気です」
僕らは静かに頷いた。エルリアにかけられた呪いの秘密、あるいはエルリアルドの力について、何かわかるなら構わない。
メリアは僕らの横にならんで座り、神妙な面持ちで静かに耳を傾ける。
「断っておくけど、これは妹ちゃん……エルリアの夢に入り込んだミィが、触れて、感じたことを基にした仮定の話だよ」
「はい」
念押しする夢霧の魔女ミスティアさんに、エルリアが頷く。
「端的に言おう。君たちの魂は一つだ」
「魂が」
「ひとつ?」
「いや、その言い方は正しくないか……。人間の肉体は、経験や学習で得た記憶、考える心、育まれる精神、全身に分かちがたく繋がる霊魂。そういった内なる構造、目には見えない『存在を形づくるもの』が、玉ねぎの皮のように折り重なっている」
ミスティアさんの説明は解り易く、なんとなく理解できた。
「アルドとエルリア、君たちは肉体はもちろん、『存在を形づくるもの』も別。けれど、さらに深く、根幹となる領域……。すなわち『魂』と呼ばれるものが同根だ」
「同根?」
「同じってことですか」
「そう。ミィの固有魔法、『夢見の霧』で夢をみたのはエルリア、君だ。そしてアルド。君は夢を見ていないね?」
視線が僕に向けられる。青く深い光を潜ませた瞳は、魔女特有の力を感じずにはいられない。
「さっき見たのは……学舎の夢でした。ここはエルリアの夢だって、直感でわかりました」
「うん、アルも夢にいた」
エルリアが肯定する。
「それが論拠のひとつ。他人の夢に同居する、紛れ込む。そんなこと普通はありえない。ミィの魔法で過去百年、少なくとも、そういった存在に出会ったことがない」
言葉には力があった。仮定といいつつ確信を持っているかのように。
「百年!?」
台所から聞き耳を欹立てていたのか、ロリシュが声をあげる。魔女の年齢に驚いたのだ。
「……コホン。魔力の源たる『魔素』を体内に膨大に宿し、強い魔力を発揮される『領域支配級』の魔女様ともなれば、殆どの場合、考えられないほどの長寿となりますわ」
メリアがさらりと補足する。でも僕の関心はそこにはなかった。
「たとえ恋人、親子、兄妹であろうとも。身体を重ね、愛し合おうとも、魂が一つになることはない。だけど君たちの魂は深い部分で繋がっている。魂の座は、一つと考えていい」
「魂が」
「ひとつ」
僕らは思わず顔を見合わせた。
想いを重ねる。それがエルリアルドの発動条件だ。血を分けた兄妹で、魂が近いからこそ可能な、力を引き出せるのだと考えていた。
「原因ははっきりしている。魔女の呪いだろう。だが、片方が死ねばもう片方も死ぬ……というわけではなさそうだ。それぞれ独立した個別の命と精神を確立しているから」
「天秤の魔女……アルテア」
「おっと、あまり軽々しくその御名を口にしないでほしいな。……神話級の魔女は規格外に強大だ。いつどこで聞いているかもわからない。……おそらく、魔法で理を曲げたのだろう。普通なら考えられない。一つの魂を派生させ、二つに分けたと考えるしかない。その目的は謎だよ。ミィには計り知れない」
少し疲れたように肩をすくめる。
そこに丁度、お茶が運ばれてきた。温かいハーブティーだろうか。とても甘くて優しい香りがする。
ミスティアさんの話は驚くべき内容だったけれど、どこか頭の片隅で理解していたというか、なんとなく直感で「魂がひとつ」と感じていた部分もあった。
辛いというよりは、内心すこし嬉しかった。エルリアとは考えていたよりもずっと、誰よりも近しいのだと分かったのだから。
お茶を口に含み一息つく。
「竜化の呪い……。エルちゃんは呪いを解けば、元の身体に戻れるんですか?」
メリアが僕の聞きたかった事を先に尋ねてくれた。
「正直、ミィにはわからない。その呪い……いや、竜人化の魔法はとてつもなく強力で複雑だ。何の為に、何故にそれが必要だったのか、ミィには皆目見当がつかない。魂が根幹で一つだという仮定が、鍵だと思うが…………」
何かを言い淀む。ミスティアさんはここまできて言うべきか言わざるべきか、迷っているように思えた。
「教えてください。なにか、分かったことを、何でもいいんです! 僕は、僕らは、エルリアの呪いを解くことを目的に旅をしているんです!」
「それは……お薦めしない」
ミスティアさんはそう言うと僕を見据えた。
「どうしてですか!?」
「呪いを解けば、おそらく……アルド。君が消えるからだ」
「……な」
僕が……消える?
「えっ!?」
「そんな……!」
ロリシュとメリアが驚き困惑の色を浮かべる。
大きくため息を吐き、しまったという表情を浮かべるミスティアさん。突然の言葉に、返す言葉がなかった。
「……しかたない。ここから先は、推測の推論の、ミィのまったくの想像かもしれない。だけど、夢はその人間の記憶と経験に、魂の深いところから照らされる光で生まれる影だ。夢は時に真実の一端を教えてくれる」
「もったいぶらないでよ!」
ロリシュが思わず身を乗り出すのを、メリアが押し止める。
「アルドとエルリアは、何か得体の知れない、強い魔法の繭になっている」
「……!」
ミスティアさんは、エルリアルドの事を半ば言い当てた。
誰も、エルリアルドの力、退魔の力の事は打ち明けていない。ここまでの旅の経緯と、呪いを解きたいという目的を明かしただけなのに。
「魔法の正体はわからないけれど、エルリアの夢でミィの魔法を破壊し、弾き出した力だ。確かに感じた。仕込んだのが天秤の……魔女ならば合点がゆく」
「エルリアルド……」
「ほぅ? そう呼ぶのね。認識しているのなら話は早い。エルリア、君は竜化により、魔法の器として耐えうるように肉体を強化、保護されているのかもしれない。他の魔法を破壊するような強力な力と、天秤のようにバランスをとるために」
それは合点がいく気がした。エルリアの身体の変化、そしてエルリアルドの力は、互いに表裏一体。バランスがとれているのだとしたら。僕は力を引き出すための器……?
「それとアルド君が消えるって事と、どういう関係が?」
上ずった声でメリアが訊いた。
「オリジナルの魂から、強大な魔法を生むために魂を分割、あるいは複写した。理の歪曲という矛盾による強大な魔力の生成……。それとバランスを取るためにアルドが存在するとしたら? エルリアの肉体を竜化したように。つまり呪いを解く、あるいは破壊した瞬間、分離した魂の片割れ、つまりアルド。君は消えることになる可能性が高い」
刺すような、抉られるような痛み。
息をするのも忘れ拳を握りしめていた。
僕は――
「そんなの嫌! アルが消えるなんて!」
エルリアがぎゅっと僕の手を握る。とても温かくて、自分の指先が冷たくなっていることに気がつく。
「天秤の魔女を目指しているのなら、旅を止めるべき。ミィの想像だけど、それが旅の終わり、魔女にとっては収穫のとき」
みんな静まり返っていた。誰も何も言えなかった。
でも、それでも。
心に決めたことがある。
「……それでも、僕は、エルリアの呪いを解く」
「ダメです、危険です! ミィスティア様の言葉は、想像だけじゃありません。真実をついている可能性が高いんです」
「たとえ僕が消えても、それでエルリアが普通の女の子に、みんなと同じになれるなら良いんだ、だって――」
いきなり横っ面を叩かれた。平手? いや、グーで。
「アルのバカ! ばか!」
「痛ッ……って、えぇ?」
エルリアだった。右ストレートで僕をぶん殴ったのだ。
「私は、これが私、みんなと同じ! 羽や尻尾なんて、あっても別にいい……! アルドが消えるくらいなら……このままでいい。一緒にいてくれたら、私……」
「エル……」
「兄のばかぁ!」
起き上がろうとしたところに、もう一発。
「んばっ!?」
二発も殴られた、妹に。
「そうだよ、アルド! 決まったわけじゃないじゃん」
「何か方法があるはずです。ほら……焦熱の魔女、イフリアさまも『力を奪う』って」
「君たち、姉さんに、イフリアに会ったのかい!?」
ミスティアさんが驚いたように声をあげた。
「え、えぇ」
「なるほど、目をつけられたってことは、本物だね。天秤の魔女の力……こりゃ、参ったなぁ」
<つづく>




