エルリアと、アルドの夢の場所
◇
「って、あれ?」
僕は立ち尽くしていた。
ここは……村の広場だ。霧に包まれた魔女の村フォンシーの。
見回すと、魔法の馬車の横にはロリシュとメリアが立っていて、同じように「あれ?」という表情でキョロキョロとあたりを見回していた。
「おはよ」
『ミェエ』
「エル、ペーターくん……?」
僕の傍らには、いつのまにかエルリアとペーター君が立っていた。
ペーター君がエルリアの服の裾を咥え、連れてきてくれたのだろうか。エルリアはちいさなあくびをしている。
――そうだ、思い出した!
濃い霧に包まれたと思った直後、急な眠気に襲われた。
夢霧の魔女の魔法か? という疑いを抱くまもなく夢の中へ……。
ほんの僅かの時間だったと思うけれど、立ったまま眠ってしまったらしい。
「夢でエルと学舎に通ったよ」
「あ、私も!」
「ロリシュもメリアも学舎にいたよ。でも、黒山羊の先生に校庭を走れーって言われてさ。そこで目が覚めたんだ」
「あはは……! そうそう、やっぱりアルと同じ夢だよ」
エルリアと僕は同じ夢を見ていた。
それはいつもみたいにエルリアと同じ夢だった。
小さい頃からこんな事はたびたびあった。
浅い眠りのときに見る、不思議な夢。内容は特に決まっていないのだけれど、僕ら二人は「夢の中での体験」を共有しているようだった。
朝起きた時に夢の世界での出来事を事細かに覚えている。そして夢の内容をエルリアに話してみると、「同じだね。だってアルと一緒にいたもん」と当然のように言う。
ジラールにもこの事は打ち明けたけれど、双子の兄妹だからかな? 不思議なこともあるもんだ。と、軽く受け流された。
けれど、考えてみればちょっとおかしい。
双子の兄妹は他人のはじまりだ。
誰に聞いても親子や兄弟姉妹で同じ夢を見るなんて、話はあまり聞かない。
でも旅を始める理由になった、金杯の魔女メイヴとの戦いを経て僕らは知った。
互いの心の共鳴を「起動の鍵」とするエルリアルドの力。退魔の力が僕らの中にある。
それが何か夢にも関係しているのは間違い無いだろう。
「アルドくん……!」
メリアが青ざめた様子で、広場の水場を指差した。
はっとして視線を向けると、そこに白いキノコのような女の子――夢霧の魔女ミスティアが倒れていた。
「あれ、なんで倒れてるの?」
「霧も消えてる……?」
気がつくと周囲の霧が晴れていた。村の向こう側も、周囲の森の方まで、雨上がりの後のように澄み渡り、クリアに見える。空は夕焼け空で、鳥や小さな竜が家路を急いでいる。
「大丈夫ですか?」
一番近くに居たメリアとロリシュが駆け寄る。
ミスティアさんは「うーん?」といいながら上半身を起こした。
「なんだビックリした。生きてる? ケガとかは大丈夫そうだけど」
「あいたた……。あの兄妹の夢に……弾き飛ばされるとは……」
ヨロヨロと立ち上がると、キノコの傘のような髪を整え、頭を振る。
「夢に弾き飛ばされたって……。やっぱりあの白い霧は、僕らに夢を見させる魔法だったんですか?」
問いかけると、ミスティアさんは静かに頷いた。
僕とエルリアを交互に眺め、そして
「ミィの魔法が、とちゅうで強制解除、いや排撃されたのは初めてだよ」
ため息交じりにそう言うと、水場の端の石段に腰掛けた。
「僕らに、夢の魔法をかけたんですか」
「別に悪さはしてないよ。ちょっと夢を覗かせてもらっただけ。けれど……強い力で魔法が弾かれ、かき消されてしまった。実に面白い夢だったのに……」
爪をかみながら口惜しそうに。
「はぁ!? 夢を覗いたって、ボクらの夢を?」
「キミのも実に良い夢だった。伝説の狩人ね……」
目を細めながらロリシュに視線を向け、悪戯っぽく微笑むミスティア。
「――ちょっと!? 信じらんない、勝手になんなのさ」
ロリシュが怒って詰め寄るけれど、メリアが慌てて制止する。
「ま、まってロリシュ!」
「なによメリアは魔女側だからって、こんな事許すわけ?」
「許すも何も、ミスティアさまの力を借りるための、これが……おそらく対価なんですっ」
対価。魔法でなにか願いを叶えるために必要なもの。
生活の魔女メリアは、触媒を消費して魔法を行使する。触媒に関する対価は、購入するためのお金なのだという。勿論、報酬分のお金も上乗せしてもらうけれど。
「夢ってさ……。そんな簡単に、誰かに見られたり、教えたりしたくないじゃん」
ロリシュはぐっと苦虫を噛み潰したような顔をして、ぷいっと、そっぽを向いてしまった。
「……そうですよね。ロリシュ」
「メリアだって、そうでしょ?」
「私は……。私も、そうです。誰にも知られたくない……」
服の胸元をぎゅっと掴むとメリアは頬を染め、神妙な顔つきになった。
「そっちの妹、エルリアの夢に入った。兄のアルドがそこにいた」
夢霧の魔女ミスティアは僕を指差した。
「いたよ、エルは知ってる」
エルリアも肯定する。
「なら、アルドの夢はどこ?」
「え……?」
その言葉に、魔女の瞳の光に背筋がぞくり、とした。
僕とエルリアは顔を見合わせた。
心の奥底で、秘密のトンネルのように、夢がつながっている僕ら。ロリシュのように胸に秘めた夢を、僕は見ていないのだろうか?
いつもではないにせよ、夢は筒抜けだ。
明け透けにエルリアに心の内を晒している。
でも、それはエルリアも同じこと。兄妹だからって、こんな事、本当はおかしくて、間違っていて、何か違うのではないだろうか。
突然不安がこみあげてきた。
エルリアは竜化の呪いで羽と尻尾、そして体の一部が鱗に覆われている。
でも他は人間で、皆と何も変わらない。
違うのは僕? 何か、みんなと違う? 何が? 何故?
「……なにか事情があるのは理解した。もしよければ、ミィの家で夕飯でも食べながら、少し話さないか? どうせ食堂も無い村だしね」
「ミスティア様のお家で?」
僕らは顔を見合わせた。
「家は狭いが、泊まりは心配ない。村には空き家がたくさんあるからね」
空はオレンジ色から群青色に変わり始めている。森に囲まれた何軒かの家の窓にも、ポツポツと明かりが灯り始めていた。どうやら住人はちゃんと住んでいるみたいだ。
「別にとって食ったりしないよ。ただ……君たちの願いを聞く前に、もうすこし知りたい。旅の目的や、夢の魔法を払うほどの力を秘めた、天秤の……いや、竜化の呪いについて」
ミスティアは夢の中に入りエルリアルドの力の一端に触れた。逆に言えばこれはチャンスだ。エルリアルドの力を知り、竜化の呪いを解く方法を知るための。
「……わかりました」
<つづく>




