夢霧の魔女ミスティア(後編)
期待した通り、この子達は実に面白い夢を見せてくれる。
胸に秘めた感情や願望を、上手く言葉に出来ない年頃なのだろう。抱いている複雑な感情や、揺れ動く想いが、夢には現れる。未成熟な精神ゆえの不安定さが、独特な味わいのある夢を生んでいるのだ。
「さぁ、次はどんな夢かしら?」
夢霧の魔女ミスティアは、濃密な霧のなか目の前に出現した扉に手をかけた。
次はアルドとエルリアという兄妹の夢のはずだ。年子というよりは双子だろうか?
竜化の呪いを受けたというエルリアは、その姿を悲観する様子はない。健康で快活な少女に見えた。
「ふむ? この匂いと気配は……」
ミスティアは夢の世界において、相手の精神の総量、形をおぼろげながら把握できる。
二人の精神の雰囲気はよく似ていた。というよりも、まるで瓜二つ。いや、むしろ同じ一つの魂を、二つに分けたかのようにさえ思える。
まさか――何か特別な魔法で引き裂かれた魂か?
二卵性の兄妹となれば、性別も性格も違うはず。だが魂、人の心のコアとでも呼ぶべき魂の色や形、匂いがまるで同じに思える。そんなことがありうるのか。
見習い魔女のメリアが呟いた通り、天秤の魔女の魔法が、兄妹の中に潜んでいるのだろうか。
だが詮索は危険だ。本当に神話クラスの魔女による仕込みならば、想定外の罠や防護が講じてあるだろう。
しかし目的は一体何だ……?
一つの魂を分割すれば、互いに元に戻ろうとする。
その力は強く、間に何らかの魔法を介在することで、無尽蔵の魔力を引き出せるかもしれない。
だが同時に危険でもある。魔法を解除する、あるいはバランスを崩せば、二人はどうなってしまうのか。これは想像でしかないが、片方が消えてしまう、あるいは魂の脱け殻となってしまうこともありうるのだ。
恐ろしい半竜の呪い――か。
一瞬だけ扉の向こうに踏み込むことを躊躇ったミスティアだったが、好奇心には抗えなかった。
ドアノブを回し、扉を押し開ける。
「……眩しっ」
扉の向こうは、朝日の差し込む部屋だった。
小さな小屋の一室だろうか。古くて粗末だが、綺麗に掃除と手入れの行き届いた、暖かな生活感に満ちた場所だ。
キッチンでは見知らぬ女性が朝食の支度をしていた。母親だろうか。それにしては体つきが頑丈そうで、何らかの武術に長けた、あるいは戦士のように思える風格がある。
と、ドタバタと床を踏み鳴らす音がして、奥の扉が勢いよく開いた。
『遅刻、ちこくーっ!』
『あぁもう、遅くまでゲームさせるから……』
『アルドが勝たせてくれないから悪いんでしょ』
『はぁ!? エルが弱いだけじゃん』
同時に飛び出してきたのは、アルドとエルリアだった。
早口で何事か言い合いながら、白いシャツを慌てた様子で羽織る。胸のボタンを留めながら、それぞれが椅子にドカドカと座る。
寝癖のついた赤毛の少年の見た目はそのままだ。しかし淡いピンク色の髪の少女、エルリアの背中には竜じみた羽も尻尾も無い。ごく普通の女の子だった。
『おそいぞ二人とも、さっさと飯をくえ』
『おはよ、お母さん』
『あーねむい』
アルドがあくびをすると、エルリアが兄の頭をわゃわしゃと撫でつけた。顔を洗うついでに髪も直せ、ということらしい。
『学舎(※学校)に間に合うか?』
『たぶん』
『だいじょうぶ』
キッチンに立っていた母親は微笑んで、焼きたてのベーコンと卵をテーブルに並べる。他には素朴なパン、山羊のチーズ、山で採ってきたであろう季節の果物が並んでいる。
『『いっただきまーす!』』
凄まじい勢いで朝飯を食べた二人は、早送りのような速度で身支度を整えた。顔を洗い、平民向けの学舎の制服を着込みながら、タイを締める。
アルドは青っぽいスラックスと上着、エルリアはプリーツスカートに上着姿だ。
『まがってる』
エルリアがアルドの首元のタイを直してやる。
『いいってば』
『私が恥ずかしいの』
「なんともまぁ、仲睦まじいこと」
これはよい夢だ。実に微笑ましい。こんな穏やかでどこか甘い日常を夢見ているのかと、ミスティアは感慨深げに目を細めた。魔女である自分の百年近い人生では味わったことの無い世界がそこにあった。
もう少し夢を観察することにする。
『『いってきまーす!』』
二人は小屋を駆け出していった。夢の中だから距離感はわからないが野山をかけ降りて、王都らしい街に至り、学舎の門を潜るまで瞬きほどの時間だった。
『ふぅ、セーフ』
『はぁはぁ……ったく』
『あ、おっはよー! エルちゃんとアルくん』
教室にはいると、真っ先に二人を迎えたのは、エルフの娘だった。ロリシュという狩人を夢見る森の子だ。机の上に腰かけて脚を組み、周囲にはクラスメイト達が集まっていた。人気のある女子生徒、という感じだろうか。
『おはよロリシュ、あのね』『昨日借りたボードゲームが面白くってさ』
エルリアとアルドは同時に話しかけた。
『でしょでしょーっ?』
エルフ耳を動かして、ドヤ顔で二人と話し込む。
『コホン、もう授業が始まりますわよ。それに……ギリギリ登校なのは如何なものかと思いますわ』
そこにメガネをくいっくいと動かしながら、すました顔で絡んできたのは、魔女見習いのメリアだった。
クラス委員長という腕章を左腕につけている。
「ほぅ、そういう役どころね。……って、ミィも?」
気がつくとミスティア自身も、彼女らと同じデザインの制服に着替えていた。無意識のうちに夢に同調し、姿を変えていたらしい。
窓に映る自分は、白いおかっぱ頭の地味な見た目の少女だった。
「……うふ、面白い」
ミスティアも教室の中に入る。窓際の後ろから二番目の席に吸い込まれるように移動し、腰かける。
アルドとエルリアは斜め前方の中央辺り、互いに少し離れた位置に着席していた。
教室の前の扉が開き、先生が入ってきた。
『メゲェ、グッモーニング!』
現れたのは、巨大な体躯を誇る、黒山羊のような先生だった。入り口の天井に、頭の角がぶつかりそうな身体を屈め、教室に入ってくる。生徒達が起立し、礼をした。
『ペーター先生、おはようございます』
「えぇっ!?」
ミスティアは思わず小さな声をあげた。すると何故か視線が自分に向けられた気がした。完全なる観察者、本を読むように夢を覗き見る、夢の世界を支配する、傍観者のはずなのに――。
『一時間目ェエエは、体育……!』
黒山羊先生は、ばん、と黒板を叩いた。そして「校庭五十周!」とチョークで書きなぐった。
えー!? ありえねぇ!? と教室から抗議の声があがる。
だが黒山羊先生のペーターは、文句をいう男子生徒を角で窓の外にぽんぽんと放り出した。
もう無茶苦茶だ。
と、その時だった。
『いきましょ、先生に放り出されちゃう前に』
声をかけてきたのはエルリアだった。
「なっ……!?」
まるで本物のクラスメイトに話しかけるように、しっかりとミスティアを見て声をかけたのだ。
『エル、急げって。先生がヤバ……あれ? 君って』
アルドもミスティアを見た。
「そんな、ばかな……っ!? ミィを」
この二人は、認識できるのだ。夢を外側から観察しているはずの、超越的な存在であるミスティアを。
『ミィちゃん……だっけ? はやくいこ!』
エルリアが手を掴んだ。温かな体温が伝わってくる。これではまるで現実だ。夢の世界を観察しているつもりが、逆に夢に飲み込まれてしまっている。
エルリアに手を引かれ、教室を駆け出したとき強い風が吹いた。白い霧が、夢霧の魔法が吹き消されてゆく。
「なッ!?」
風のように感じたのは光の流れだった。
――この力は……!?
アルドとエルリアが互いに手を取り合い、教室から駆け出す姿をミスティアは後ろから眺めていた。
自分は夢から弾き出されたのだ。
エルリアが握っていたはずの手は空を切り、軽い喪失感を伴いながら、覚醒の狭間へと向かって飛ばされていた。
<つづく>




