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夢霧の魔女ミスティア(前編)


 ◆

 

 世界はいつだって不自由で、不条理で、醜い争いが絶えない。

 他人と交われば傷つき、傷つけることもある。

 けれど夢の中だけは自由で安全。誰にも侵されない。


 そこで見る夢は何? 富や名声、遥か彼方にある理想郷、まだ見ぬ理想の恋人かしら。なんだって想い描いて構わない。


「さぁ、君たちの夢をミィに見せて」

 愉しませて。夢の味見をさせて。

 それが、願いを叶えてあげる対価。

 とはいえ――。夢を自由に覗き見できるだけの魔女ミスティアが、叶えてあげられる事は限られている。

 美味しい対価だけを頂いて、叶えてあげられない願いもある。けれど、それはミスティアにとって些細な問題だ。


 白い肌に白銀の髪、そして薄く軽やかな白い服。夢霧の魔女、ミスティアは深い霧に包まれ、一寸先も見えない白い世界をひたひたと進んでゆく。


 ――君たちは、どんな夢を秘めているの?


 領域に招き入れたのは、若く可愛らしい旅人たち。

 結界を渡る資格(・・)は、ミスティア自身が与えたもの。

 あの子たちは、旅の商人でもなければ、貴族の放蕩息子の道楽旅とも違う。何か事情があるのだろう。そんな不思議なパーティに興味をそそられた。

 まだ穢れを知らないであろう少年と少女が、何ゆえ、危険をおかして旅をしているのか。秘密を知りたい。楽しみで仕方がない。ミスティアの足取りも自然と軽くなる。


 ちなみにすぐ後から来た黒い馬車に乗った三人組は、己の領域に招き入れなかった。一人は明らかに焦熱の魔女イフリアの眷属だった。しかも彼らは成熟しきった男と女……。おそらく抱いている夢は潰え、諦めの色に染まっているにちがいない。

 仮に野望じみた夢を秘めていても、大概は金か名誉か。そんなごくありふれたものだろう。


「最初の夢は……っと」

 濃密な霧の中、ミスティアは目の前に忽然と現れた扉の前で立ち止まった。

 木の扉は誰かの夢へつながる扉。此処から先は誰かの夢の領域なのだ。

 ドアノブに手をかけ、躊躇いもなく扉を開く。


「あら?」

 そこは――深い森の中だった。

 何百年も齢を経たであろう大樹の森。人の気配の無い深層部らしく、清廉な空気に満ちている。

 と、木々の向こうから荘厳な角を生やした、金色の鹿が姿を現した。それはまるで太古から息づく神獣のよう。あまりの大きさと神々しさに息をのむ。

『――たああっ!』

 そこへ、一人の少女が颯爽と現れ、挑みかかる。

 凛々しく美しい横顔、ピンと尖ったエルフ耳。若草色の長い髪をなびかせ、巨大な神獣へ飛びかかる。

 それは、エルフの狩人だった。美しく整った顔だちに、たわわに揺れる胸――。身軽な小動物のように巨木の幹を次々と蹴ると、巨獣よりも高く跳ぶ。

 咆哮し、角を振り回す神獣の攻撃をかわし、光り輝く魔法の矢を頭上から放つ。

 荒ぶる神獣は一瞬で狩り倒された。

『ふぅ、楽勝だねっ』


「どうやらここは、エルフの夢ね」

 馬車の御者席にいた地味めなエルフ。最初は男の子かと思ったけれど、少女だったらしい。


 自分がこうなりたいと願う夢。意識している場合も、あるいは無意識であるかに関わらず、人は普遍的に心の奥底で願い、夢を見ている。

 願うのは美しく成長した自分。

 素直で、実にわかりやすい。

 現実の壁にぶつかった大人では、もう見ることの出来ない夢。

「いいわ、とても素敵」


 エルフの娘は満足げな笑みを浮かべると、神獣の後ろ脚を切り取った。そして一瞬でペロリと皮を剥ぎ、新鮮な肉を肩に担いだ。

『さってと』

 すたすたと森の奥へ進んでゆく。大きな肉を担いで向かった先には、立派な家があった。丸太を組み合わせた可愛らしい家だ。

 ドアを開け中に入るエルフの娘。

 ミスティアもその後ろをついてゆく。夢の主は、観察者であるミスティアを認識できない。


『ただいま、アルド。いい子にしてた?』

『うん、おかえりロリシュ!』

 家で待っていたのは、赤毛の少年だった。駆け寄ってきて子犬のようにじゃれついて、ぎゅっと抱きしめる。

『うふふ、よーしよし』

『わぁすごいね、ロリシュは。今日も立派な獲物を狩ったんだね!』

『うん、千年森のヌシなんだ。この肉を食べれば、ずっと若いままで、元気でいられるんだって』

『ずっと君と一緒だよ、ロリシュ』

『嬉しい。ボクだけの……アルド』


「……ほぅ?」

 アルドと呼ばれた少年は、多少美化(・・)されてはいるが、パーティのリーダー格(?)の剣士だ。彼はエルフの娘に深く想われているらしい。

 しかし恋人や夫婦というよりは……。

「飼育、したいのかしらね?」


 まるで閉じ込めて囲っているようだ。家の中には部屋がいくつもあった。外観とは違う間取り。

 扉の向こうには、まだ他にも隠された夢の部屋があるのだ。それは深層心理の向こう側。深く暗い、時には情念や欲望の沼が広がっている。


 ……まぁいいわ。

 それでもこの子の夢は個性的で、明るくて、健全で楽しい。

 コレクションに値する。

「少し味見をさせて頂戴ね」

 ミスティアはすっと右手を掲げると、夢が霧につつまれた。

 ロリシュもアルドも、幸せな木の家も、全てが霧に包まれて渦を巻き、溶けるように消え、小さな(まゆ)になった。

 手のひらサイズの夢の繭は、ゆっくりと脈動している。ミスティアはそっと胸元にしまい込んだ。


 自分が夢の中の登場人物に成り代わり、享楽を味わえる。それが夢霧の魔女の魔法の秘められた力なのだ。


「さて、次の夢は……」


 濃密な白い世界を進むとすぐに別の扉が現れた。

 黒く固い木の扉。ドアノブを回そうとしたが固く閉ざされている。

「あら? 鍵がかかっているわ。……悪夢封じのまじないね」

 悪い夢を見ないように、夢魔の侵入を拒む結界が張られている。ということは、メリアと名乗った見習い魔女の夢にちがいない。

「でもね、夢の世界は私の完全支配領域なの」

 ミスティアが軽く念じると、ガチャリと鍵が開いた。ドアノブを回し中へと踏み込む。

 そこは――


 大きな街だった。その中心にそびえ立つのは、黒々とした円錐形の塔。氷柱を逆さまにしたような塔が天を貫かんばかりに立っている。黒い雲に覆われた空に、塔の先端が届きそうだ。


 ミスティアが目を凝らすと、周辺では無数の奴隷のような人々が石や資材を運びあげていた。塔を高く、更に高くと建築が続いているのだ。


『――さぁ、より良い生活のために、より良き街を! 究極の生活の便利さこそがみんなの幸せ、みんなの望み……! そこ、休まずにキリキリ働きなさい……!』

 時おり、倒れた奴隷がムチ打たれる。


 叫んだのは魔女だった。

 街を貫く大通りを御輿が進んでゆく。何人もの屈強な男達がかつぐのは、魔女の座る玉座を頂く御輿だった。二階の屋根さえも超えるほどに高い(やぐら)の上に、黒い玉座がある。

 妖艶な笑みを浮かべ、玉座に腰かけているのは魔女となったメリアだった。

 メガネはそのままだが美しく成長した姿。胸元の大きく開いた赤く派手なドレスを身に着け、地べたを這う奴隷たちを、片ひじをついて見下ろしている。


「あらあら、まぁ。これはこれは……。普段からかなり自分を抑圧しているのかしら?」


 ミスティアも呆れるばかりの夢だった。

 なりたい自分、成功者としての姿は理解できる。それに己が普段抑圧している願望、支配欲を重ね、際限なく暴走させている。


『うぅ、もうダメ……』

 ボロ着姿のエルフの娘が、石を運べずに倒れた。


『ロリシュ! さぼってはいけません、働きなさい!』

『ふぇえ……!』


 怖い怖い。同じパーティのエルフの娘を、普段どう思っているか、まるわかりだ。女同士の胸のうちなど、大概はこういうものなのだが。


 夢の中を自由に歩き回るミスティアの目の前を、魔女の御輿が通り過ぎてゆく。

 それを先導するのは、丸々と太った黒山羊と、桃色の鱗で覆われたドラゴンだった。

『メェエエ』

『ガァア……』


「こちらも仲間なのに……酷いものね」

 エルリアは長い尻尾と羽を持つ、地竜へと姿を変えていた。飛べない竜は首輪をつけられ、まるで見世物のように御輿の前を歩いている。


『ヤギはそろそろ食べ頃かしら? うふふ、エルリアもどんどん竜になってゆくのね、楽しみだわ』


 竜になってゆく?

 ミスティアは首をかしげた。

 エルリアとはアルド少年の妹で、半竜人のような姿が目を惹いた。それは強固で解析不能な魔法だった。

 

『今わたしは伝説の魔法を目にしているの。天秤の魔女アルテア様……! 神話級の偉大なる不死の魔女さまの魔法! あぁ、なんという幸運かしら。信じられないほど恵まれているわ! うふふ、知りたい、手にいれたい! 力を、もっと……!』


 魔女メリアは恍惚とした表情で両手を暗い天へ掲げる。桃色の竜は悲しげに鳴いた。


 背筋が冷たくなる。

 あの穏やかな魔女見習いの心の内には、こんなにもどす黒い野望が渦巻いているのだ。

 強引にこじ開けた夢の扉は、誰にも知られたくない、禁断の深層だったのだろうか。


 それにメリアは恐るべき魔女の名を口にした。

 天秤の魔女アルテア。

 エルリアという半竜の娘に呪いをかけたのは、本当にアルテアなのか。金杯の魔女と同格とされる別次元の魔女の一人。領域を支配する程度の魔女では、到底およびもつかない存在だ。

 

「知りたい、この子たちの夢を、秘密をもっとミィにちょうだい」


『あぁ、アルドくん……』

 メリアは塔へ、熱く欲望に濁った視線を向けていた。

 黒く、太く、そそり立つ邪な欲望の象徴のような塔。大勢の奴隷が築き上げた、天に楯突くような塔。

 視界が急速にズームする。メリアの夢の視点移動に合わせ、塔の最上部付近の部屋へと。そこにアルドの姿があった。寝所のような場所に半裸で縛られている。


『誰にも邪魔させません、アルドくん……うふふ』

 

 塔の足元では、エルフの娘が石を運んでは転び、鞭打たれる。


「悪趣味だけど実に面白い夢ね。魔女らしいと言えば、その通りだけど」

 目を背けたくても覗き見てしまう、心の奥底の欲望、禁断の夢の世界。

 ミスティアは静かに手を掲げた。この夢を夢の繭に変えコレクションする。他とはひと味ちがう、禁忌の味がすることだろう。


 ――ちがう……!


「ん?」


 その時だった。

 天から声が響いた。


 ――ちがいますの……!


 暗い雲を切り裂くように、明るい光が降り注いだ。


『こんなもの、私の夢じゃありませんわ……っ!』

 雲間から黄金色に光輝く、メガネの天使が姿を現した。

 それは、神々しいばかりの輝きを放つ魔女、メリアだった。


「もうひとりのメリア……?」


 両手に光の魔法を励起するや、輝く浄化の光が地上の闇を暴き出した。闇を穿ち、圧倒的な光の奔流が暗黒の塔を打ち砕いた。

 黒い等が崩壊すると同時に、奴隷たちの足かせも砕け、次々と解放されてゆく。エルリアと黒山羊も光に包まれると首輪が砕け自由の身になった。

 グギャーと断末魔の悲鳴をあげたのは、暗黒の魔女と化した「悪いメリア」だった。御輿の上で顔を手で覆い、溶けるように崩れてゆく。


『さぁ、もう大丈夫ですわ。みなさん』

 天使のように背中には光の翼が生えていた。夢にしても少々盛りすぎなほど己を美化している。

 地上にゆっくりと舞い降りると、自信と慈愛に満ちた笑みをうかべ、メガネをキラリと光らせた。


「メリアー!」

「メリアすごい!」

 元の姿に戻ったエルリアが、奴隷姿のロリシュが、それぞれ涙を流しながら、天女のようなメリアの元へと駆け寄って抱きついた。

『うふふ、よしよし』


「メリア、大好き、愛してる!」

 半裸のアルドが遅れてやってきて、ぎゅっと抱き締めた。エルリアとロリシュが拍手で祝福を送る。


『うふふ、よきかな、よきかな』


『なるほど、破壊と救済。相反する願望を内包し、夢で(せめ)ぎ合わせているのね」

 どちらも本物の夢であり、願望なのだろう。実にコレクションしがいのある夢だと、ミスティアはほくそ笑んだ。


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] メリア……恐ろしい子っ! [一言] 相反する願望というのは、誰もが持っている気がしますねー。 メリアの場合は、力への渇望もあるけど、それだけでは皆から認められないことを知っている。賢い子…
[良い点] 新たなロリ魔女とアルドたちの出会い。 吉と出るか凶と出るか。 今は挨拶程度の軽いジャブの応酬で俺は暇だ。 つい微睡んでいると、俺は何時の間にか異世界にいた。 異世界では七色に輝く砦の近くで…
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