冒険旅行と女の子たちの悩み
◇
「魔物三匹を討伐して、金貨2枚と、銀貨5枚を入手……っと。まぁまぁですね」
魔女見習いのメリアは、ホクホク顔で小さな手帳にメモを書き込んだ。几帳面で綺麗な字が並ぶ。
倒した青鬼たちは溶けて消え、後に残ったのは数枚の金貨と銀貨だった。
その後、僕らはこの場ですこし休憩することにした。
妹のエルリア、魔女見習いのメリアに狩人のロリシュ。
みんなで小川のほとりで一休み。
黒山羊のペーターくんが背負ってくれている荷物の中から、小鍋とカップを取り出す。そして火を焚いてお茶を飲むことにする。
さらさらと流れる水の音、さえずる小鳥たち。水もそのまま飲める清流で、木々の木陰が心地よい。
これなら青鬼たちが隠れていたのも頷ける。旅人はみんな木陰と水を求め、ここに立ち寄るだろうから。
「よかったね、これで次の町では宿に泊まれるじゃん」
「安宿なのは変わりませんが、野宿よりはマシです」
メリアはすまし顔で言うと、金貨と銀貨を革袋に仕舞いこんだ。すこし痩せ気味の革袋には、旅を続けるための路銀が入っている。
それは魔物――硬貨モンスターを倒して得た、貴重なお金だ。ナルリスタ王国からは『魔物を倒して得たお金は本人の所有とする』という正式なお触れも出ている。
つまり魔物を倒して得た収入は、無税。そのまま所有できるうえに、拾得物横領にはあたらない。
僕らの旅の目的は『天秤の魔女』を探し、エルリアの呪いを解くことだ。でも、旅をするにはお金が必要で、稼ぐ手段は普通に仕事を探すか、こうして魔物――コインモンスターを狩るしかない。
大陸の西に災厄をもたらした『金杯の魔女』メイヴ。
彼女が硬貨から生み出した、迷惑な魔物に旅が支えられているかと思うと、すこし複雑な気がするけれど。
「どうして野宿が嫌なのさ? ボクは平気だけどな」
エルフの狩人、ロリシュが調整していた弓の弦を弾きながら言った。
「何度も言いますけど、都会育ちの私にとって、野山で寝るのはとても苦痛なことなのよ。魔物や毒虫に怯えて眠れるもんですか。野生育ちのエルフには、わからないかもしれませんけどね」
ニッコリ、と口元だけ微笑むメリア。
「ふーん? 楽しいのになぁ。ね、アルド、エルリア」
ロリシュは僕らに話をふってきた。
女の子エルフなのに「ボク」という彼女は、地面にあぐらをかいて座っている。
火を囲んで四人は車座に座っていた。
「楽しい。野宿も、旅も好き!」
木の棒で焚き火をつつきながらエルリアは微笑んだ。もうすぐお湯が沸きそうだ。
「僕も野宿はべつに気にしないけど。みんなと一緒だしさ」
「アルの言うとおり」
妹も賛同する。
僕らは育ての親のジラールと一緒に、山奥の小屋で暮らしていた。そこは自然に囲まれた所で、毎日が冒険と野宿みたいな感じだった。だから野宿も冒険も苦痛だとは思わない。
「なんなのよ、みんなして」
メリアが少しふてくされる。
仲間が辛い思いをしているのなら、手をさしのべて助けてあげなくちゃいけない。それが四人と一頭で旅を続ける秘訣なのだ。
「メリア、もし虫や魔物が怖いなら、夜は僕がずっと見守っているから、安心して休んでいいよ」
夜は黒山羊のペーターくんに寄り添って眠る。すると敏感な黒山羊は何かが近づいてきたり、危険な気配があったりすれば、すぐ反応をする。だから野宿の見張りは僕とペーター君が交代でしている。これまの旅でもそうしてきた。
エルリアもロリシュもメリアも、少しでも安心して休めるように、と。
「あっ……えと、その。アルドくんがそう言うなら、べつに……野宿もいいですけど。あ、お茶の準備しなきゃ」
メリアは急に頬を染めると、カバンに手をいれて、ごそごそと茶葉をさがしはじめた。
「アルドってさぁ、そうやって甘い言葉で丸く収めるのが上手いよね」
何故かジト目を向けてくるロリシュ。
「え? なにが?」
何のことやらよくわからないけれど、エルフの狩人はため息をつきながら、弓に矢をつがえた。
そして小川の近くの木に狙いを定めると、矢を放った。
「わ!?」
「いきなり何ですか?」
コスッと音がして木の幹に命中。見ると木の幹に擬態していた大きな蜥蜴が、頭を射ぬかれていた。
「やった! 美味しいのよ、あれ」
ロリシュは小動物のような身のこなしで駆けていき、矢に刺さったトカゲを高く掲げてみせた。
「ロリシュ、すごい!」
「さすが狩人だね、ぜんぜん気がつかなかった」
エルリアと僕は拍手を送る。
ロリシュは「まぁね!」と誇らしげな顔で戻ってくると、トカゲをそのまま火にかざした。
「いっ、いやぁあああっ!? 折角お茶なのに、なんでトカゲなんて炙るのよ!?」
メリアが悲鳴をあげた。
「お茶のおつまみにちょうどいいかな、って」
「この野生エルフは……っ! お茶といったら甘いお菓子でしょ!? 砂糖菓子がまだのこっているから、こっち食べましょ、ね?」
「うーん。じゃぁ薫製にしておこうかな」
ロリシュは素早くナイフでトカゲの腹を裂き、内臓を取り去る。そして川の水で洗い、木の棒に刺して再び焚き火にかざした。
「うぐ……。ま、まぁそれなら」
メリアは嫌そうな顔をしつつ、いつものことだと諦めたようすだった。
「ちなみにさ、このトカゲの内臓を干すと、ニキビや出来物に効果のある軟膏の材料になるんだよっ」
無邪気に内臓をミンチにしはじめるロリシュ。川辺の石の上でガガガと刻み粘りけを出す。
メリアは目を背けつつも、炙っているトカゲを見てメガネの奥で目を丸くする。
「これって……イモリアトカゲ? なら知ってるわ。魔法の軟膏の材料って本で読んだことがある」
「本で読むと材料だけど、街で売っている物はみんな、誰かがこうして採ったり、作ったりしているんだよ」
ロリシュの言うとおりだと思った。
「そうね……ごめん」
「いいのいいのっ」
エルフはからっとした笑みで、トカゲを裏返した。
「それより軟膏で思い出したけど、次の町ではいろいろ買い物しなきゃならないの」
メリアがポケットからメモを取り出して、パラパラとめくり、悩ましげな表情をする。
「買い物? あ、エルは木の実のクッキーがほしい」
はいっと、手をあげるエルリア。
「それも確かに欲しいところですけれど、コスメ用品がいろいろ無くなりつつあるの」
メリアはロリシュとエルリアに真剣な眼差しを向けた。
二人も「ハッ」とした様子で顔を見合わせた。
「コスメ用品?」
なんだっけ、それ。武器? 防具?
「シャンプーにリンス、保湿液、美容クリーム」
「生理よ……コホン。石鹸とかいろいろ」
「要求。着替え、下着の買い増し」
女の子三人は何かよくわからない単語を並べつつ、ペーター君の背負っていた荷物を紐解き、中身を確認しはじめた。
「そんなの必要? 冒険の旅ってさ、武器と防具、それと水と食料があればいいんじゃないの?」
つい、ポロリと口にした一言がいけなかったらしい。
「は? アルドくんは何をいっているのかしら」
「まったく、これだから男子は」
「アル、最低……」
突然、すごい団結力を発揮する女の子たち。
「え、えぇ……?」
「宿無しの傭兵団じゃあるまいし、身だしなみはきちんとしなきゃいけませんの」
「エルフはいつも清潔で可憐にあるべき、ってお婆ちゃんの遺言なんだ」
「ジラールに女の子として守るべきこと、きちんと言われてきた」
何故か僕は猛烈に非難された。
「わ、わかったよ」
男子はあっちいけ、とばかりにお茶のカップを渡されて、焚き火の輪から追い出された。
その後、女たちの話し合いが延々と続く間、ペーターくんと二人、すこし離れた場所でずっと空を見上げていた。
遥か空の向こうを、翼竜が気持ち良さそうに飛んでゆく。
『メェ……(落ち込むなよ)』
「……くすん」
<つづく>