魔法のぽんこつ馬車
「お湯と蒸気で動くって、どういう仕組みなんですか?」
「正確には、蒸気は補助ネ。初期型の魔法回転石駆動機関は、安定稼働するまでは、熱で蒸気を作って回転を助けるネ」
「へぇ……?」
店主のおじさんは魔法の馬車が動く仕組みと、店先に並ぶまでの経緯を説明してくれた。
それによると魔法工房でテスト車両として利用されていた物で、旧式になって役目を終えたものらしい。倉庫で埃を被り、場所を取るだけのお荷物となっていた。廃棄寸前だったものを、店主さんが昔のつてで安く買い取ったのだという。
「乗ってみてもいいですか?」
「いいともネ。乗るときっと欲しくなるヨー」
自信ありげに笑う店主さんを尻目に、僕は魔法の馬車の御者席によじ登った。
二人がけの席の下には、駆動用のカラクリが仕込まれている。そのため普通の馬車の御者席よりは高めになっている。
「視界が高くて眺めがいいなぁ」
座面の横からは、操縦用の金属棒らしきものが二本、突き出ている。手綱代わりにこれを使うらしい。
「そのバーを前に倒すと前進、押し込むほど速度アップネ。そっちの棒は引くと止まる、ブレーキというカラクリネ」
「ほぉお……?」
不思議と気分が高揚するのを感じる。なんというか……かっこいい。これで皆で旅ができたら楽しいだろうな。
「私も」
エルリアも興味津々といった様子だったので、手を引いて御者席に登らせる。
「ほいっ」
「わぁ……!」
瞳を輝かせるエルリア。
こうして肩を並べて馬車に乗るのは久しぶりだ。ジラールと一緒に街に行くとき、御者席に並んで座らせてもらったっけ。
「また、こんなふうに乗りたいな」
「うん、そうだね」
エルリアはにっこりして頷く。
振り返ると荷台がすぐ後ろにある。荷台は客室を兼ねたフラットなタイプで広い。ロリシュとメリアがしげしげと荷台を覗き込んでいる。
「これなら荷物もたくさん積めますね」
「屋根があったらもっと良いよね。野宿しなくていいしさ」
「お嬢さんたち、そうネ。もし購入を決めてくれるなら、知り合いの職人に頼んで、幌をつけてもらうネ。材料費だけは頂くけど、お安いネ」
店主さんが抜け目なく好条件を上乗せしてくる。
「……!」
僕らの金庫番、メリアの眼鏡が光った。
もし馬車があれば、旅はずっと楽になるだろう。
思わずメリアと視線を交わす。
――これは、買いですわ!
気持ちは決まった。ロリシュも気持ちは同じみたいだ。
そうと決まれば購入の交渉だけど……。買い物上手なメリアにまかせたほうがよさそうだ。
眼鏡の魔女見習いは、コホンと小さく咳払いをして、店主さんと向き合う。
「まぁ……悪くないですわ。でも、実際に動くところが見たいですわ。ちゃんと動くなら、前向きに考えます」
「そうくると思ったネ、お客さん! いいともネ。魔法の馬車は、動かしてみないとネ。でも、まずはお湯を沸かす必要があるネ」
「準備が面倒ですわね」
馬を繋いで即出発、とはいかないようだ。
「もちろん、馬がいるなら普通の馬車にもなるネ。魔法の力で動かすには、最初は火の力で蒸気を作る必要があるネ。ちなみに、簡単にお湯が沸く高品質の焦熱石がオススメね。こちらオプションでおひとつ金貨一枚……」
「それなら心配無用ですわ。良い焦熱石を持っていますから」
メリアはすまし顔で、腰のポーチから焦熱石を取り出した。店主さんが「これは」と目を丸くする。
ヒゲール男爵の館を冒険したときに手に入れたものだ。それを沢山持っていた。
「なるほど、お客さんたちは旅の冒険者。おまけに『暮らしの魔女』さまだったネ! なら支度に取りかかるネ」
十五分後――。
ぷしゅー、と馬車の下に取り付けられている金属製の樽から蒸気が噴き出す音がした。
「ちなみに焦熱石が無くても、釜のような構造なので薪を燃やしてもお湯は沸くネ! それと、樽の上の金属部分がとっても熱くなるので火傷注意。でもなんと……! そこで肉やナンが焼けるネ!」
じゃーんと、熱くなった樽の上の板を指差す。ちょうど座席の下辺り、放熱用の金属板が使えるらしい。
「すごい!」
「便利かも……!」
「それは嬉しいですわね」
それから店主さんからは、動かすまでの操作手順や注意点、操縦方法のレクチャーを受けた。
皆が見守るなか、僕が動かしてみることに。
「とにかく、危なくなったらブレーキを引く事ネ」
「わかりました」
ゆっくりとレバーを前に倒すと……ブューと蒸気が噴き出す音とともに、ギリリッと金属部品が擦れる音がした。
樽を加熱している間に、黒い鉱物油を隙間に流し込み滑りは良くしてある。
ゆっくりと人の歩く速度で魔法の馬車が動き出した。動き始めると蒸気の音がぴゅーと少し甲高くなる。
「おぉ……?」
「動いた!」
ロリシュが横で驚くと、店主さんは苦笑い。
「もちろん動くネ。さぁ、速度アップして、向こうの広場の端までいって、戻ってきてみるとイイネ」
「はい!」
店は街外れで人通りもまばら。向こうには背丈の低い草で覆われた広場が見える。子供たちが何人か遊んでいる。
「よぅし……!」
レバーを前に倒して速度アップ。
少し音が変わって速度が上がる。小走りぐらいの速度で、乗り心地も悪くない。
『メェ……!』
気がつくと横をペーター君が並走している。トットコと小走りで『どこにいくのだ?』という顔を向けてくる。
「よーし競争だ」
前に人が居ないことを確認して、レバーを一番下まで押し倒す。途端にギュィイ! と音がして、何かのカラクリの回転数が上がった音がした。お尻の下から振動が伝わってきた。
風をきって走る爽快感は流石は魔法の……ん?
「あれ。遅……っ!? これで最高速?」
全然速度がでない。
最高速度でも牛が牽く牛車よりは少し速いかな、という程度だ。
『メェエ……』
ペーター君は余裕の小走りでどんどん先にいってしまった。広場の端まで着いて立ち止まり、こっちが来ないのを見て、草を食べながら待っている始末。
「うーん、牛ぐらいの速度しか出ないんだね……」
百メルほど先、広場の端でペーター君が待っていた。
ブレーキレバーを握る。レバー脇から突き出ている右のフックを掴み、ゆっくりと引く。すると静かに魔法の馬車は右旋回。右の車輪にブレーキがかかり、右に曲がる仕組みなのだとか。
僕はペーター君を引き連れてお店の前に戻った。ブレーキを引いて皆の前で停車する。
エルリアが駆け寄って、ペーター君を抱き留めた。
「どうだった?」
「うーん、魔法の馬車というより、魔法の牛車というか」
「見ていましたが、安全第一、悪くないと思いますわ」
メリアは肯定的な評価だけど、僕的にはもっとぶわーっと速度が出て、気持ちよく走りたい。
「そだね、速いと揺れるし。歩くよりは全然いいじゃん」
と、ロリシュも賛同する。
「アルドくん、あれから実質値引きしていただいたの。幌の屋根も無料でつけてくださるそうよ」
ニコニコ顔のメリア。
もう買うことで交渉を進めていたらしい。
足元には中古の鍋やお皿など、日用品の袋が置いてあった。袋には『ご契約成立記念品』と書いてある。
「問題がもうひとつあるんだって」
「え?」
そっと囁くエルリア。
「実は上り坂がとても苦手ネ。荷物と人が乗ると、牛よりも遅くなるネ。だから、このオプションもつけてあげるネ」
ビン、と革製の馬具のようなものを差し出す店主さん。広げてみると腰や胸にくくりつけて、馬車を牽くためのものだった。
「上り坂だけでいいのですけれど。アルド君とペーター君に、これで引っ張ってもらいたいのです」
「よろしくね、アルド。きゃはは」
お願いポーズをするメリア、横でお腹を抱えて笑うロリシュ。
「え、えぇ……!?」
『メ、ェエ?』
楽ができると思ったのに、人力の必要な場面があるなんて。とんだ落とし穴だ。
何はともあれ、僕らはポンコツな魔法の馬車を手にいれた。
<つづく>




