新しい旅の準備をしよう
僕らは旅を再開することにした。
黒猫のギルドからはクエストをクリアした成功報酬が支払われた。褒賞金はなんと金貨70枚。僕らにとっては大金だ。
路銀も手に入ったことだし、次の街へも行ける。湖のほとり「月の印」の街とも今日でお別れだ。
「でも、ムチリアさんたちには悪いことしちゃったかな……」
「アルドくん! 人の良いこと言っていちゃダメです。あれは自業自得ですから」
「だ、だよね」
「危なくお屋敷の修理費用を支払わされるところでした」
メリアの言う通りだ。ヒゲール男爵の館は、悪魔との戦いで内装がメチャクチャになってしまった。
僕らが報酬を受け取っていると、不動産業者が怒鳴り込んできて「やりすぎだ、修理費を払え!」と言い始めた。
困っているとムチリアさんたちがやってきて「原因を作ったのは私達だ、文句があるなら話を聞く」といって庇ってくれた。
結局、修理費はギルドもち――背後にいる焦熱の魔女(?)が対応する、ということで落ちついた。
なんだか申し訳ない気もしたけれど、僕らは厚意に甘えることにした。旅を続けるという目的があるからだ。
「旅を続けるにもお金は大切です。ここからは今まで以上に節約して、無駄遣いをしないようにしませんと……」
「わ、わかってるよ」
メガネをくいっとしながら、ずいっと迫ってくるメリア。
ここは、魔法工術都市ディルスチームアの往来だ。大勢の人々が行き交い、とても賑やか。馬が牽かない魔法の馬車が、不思議な音を立てて通り過ぎてゆく。
「おーい、買ってきたよー」
「旅のおやつー」
『メェ』
通りの向こうからロリシュとエルリアがやってきた。若草色の髪と、淡い桃色の髪が仲良く並んでいる。
黒山羊のペーター君の背中にある二つの荷物袋が、大きく膨らんでいた。
「いっぱい買ったみたいだね」
「うん! 一週間分の保存食でしょ、それと着替えと、あとは日用品各種かな」
「あとは、旅のおとも。焼き菓子に、砂糖菓子、それに飴と……」
ロリシュとエルリアが楽しそうな様子で、袋を開けて見せてくれた。
「わぁ……て!? お菓子とか着替えとか、無駄遣いしすぎです!」
「えー? 別に無駄遣いじゃないよ。てか、すきに買い物してこいっていったのはメリアじゃん」
「メリア、お母さんみたい」
ロリシュとエルリアはメリアの剣幕もどこ吹く風。
「それにしてもペーター君、背中の荷物が重くない?」
『メェェ』
「オレは平気だけどな、だって」
「うーん」
エルリアはそう言うけれど、これから長い旅をするのに荷物は増える一方だ。女の子たちの服や日用品も三人分となると大荷物だ。
ガラガラと音を立てて、目の前を魔法の馬車が通り過ぎる。立派な黒塗りの客室には、お金持ちそうな貴婦人が乗っていた。御者は涼しい顔で前に座ってハンドルを握っているけれど、馬はいない。
代わりに御者の腰掛けている椅子の下に、複雑な金属の部品のカラクリが見えた。あれが魔法によって車輪を動かしているのだろう。
「そうだ! ああいう魔法の馬車を買えないかな?」
「アルドくん、魔法動力付きの馬車が、いったい幾らするかご存知なのですか?」
「さぁ……?」
「金貨二百枚ぐらいじゃない?」
ロリシュが指を二本立てる。
「とんでもない! 金貨千枚以上の高級品です」
「せ、千枚!?」
「たかい!? 安い馬なら金貨五十枚で買えるのに」
驚くロリシュ。エルフの耳がぴん、と動く。
信じられない高級品だ。僕らの持ち金は報酬とあわせても金貨百枚もない。とてもじゃないけど買えやしない。
「馬車みたいな、皆で乗れるやつがあれば楽なんだけどなぁ」
「確かに馬車がれば便利だよね」
「荷物も運べますし、屋根付きのキャビンなら雨風も避けられます。野宿よりマシになりますわね」
ロリシュもメリアも「馬車がほしいね」と賛同する。
「ペーターくんも乗せていい?」
「エル、ペーターくんは牽くほうでしょ」
『メェ』(おまえもな)
どん、と軽く頭突きをされた。
「魔法の馬車は論外として、普通の馬と馬車を買うにもお金が足りませんわ。魔物を今以上に倒して、お金を貯めて、節約して……。それまでは徒歩と、乗り合いの馬車で移動するしかありませんね」
ため息交じりに苦笑するメリア。
「ねぇアルド」
「ん?」
「あっちで、魔法の馬車を売ってたよ」
エルリアが通りの向こうを指差した。
「魔法の馬車屋さん? でも高いんでしょ?」
金貨千枚で売ってるお店を見に行っても、僕らなんて追い払われるだろう。
「金貨三十枚って書いてた」
「まさかぁ」
「金貨三千枚の間違いではありませんの?」
僕もメリアも半信半疑だ。
「ううん、値札に『大特価、金貨三十枚』ってあったもん」
少し頬をふくらませるエルリア。
「わかった、行ってみよう」
僕らはエルリアが見たという大特価の魔法の馬車を見に行くことにした。
◇
路地裏を抜けた街外れの開けた場所。街路樹と露天が交互に並ぶ場所に、そのお店はあった。
『中古専門店 シンピーン』
あばら家のような店構えだけど品数は豊富で、武具や防具、服に日用品などいろいろな物を売っている。いろいろな中古品を取り扱っているお店らしい。
中でも目を引くのは店先に置いてある馬車だ。
「確かに、値札は『金貨三十枚』とありますわね」
メリアが眼鏡をくいっと動かしながら、しげしげと値札を眺める。
「ねっ」
エルリアがえへんと胸を張る。
古い中古の馬車の値札は間違いなく『大特価 金貨三十枚』とある。
車体の木は色あせていて、あちこち傷んでいる。かなり年季が入っている。
馬車は屋根や幌のないオープンタイプで、大きさは幅ニメル、長さ4メルほど。小さめだけれど、大人でも6人ぐらいは余裕で乗れそうだ。
丈夫そうな車輪が4つ、荷物や人が乗る荷台を支えている。
「ほんとに魔法のカラクリ付きの馬車だ!」
そして、御者席には見慣れない装置というかカラクリが鎮座していた。
金属製のフレームに補強された小さな樽、そして細い煙突が上に伸びている。下の部分は青銅の歯車が複雑に組み合わされた技巧が前輪をつなぐ車軸に接続されている。
魔法のカラクリに間違いは無さそうだ。けれど、馬をつなぐ馬具や手綱もついていた。魔法が使えなくても馬がいれば大丈夫な作りなのだろう。
「かなり古い感じだけど」
「動くのかしら?」
「お客さん、それ、おすすめの魔法の馬車ネ」
髭面の店主さんが声をかけてきた。この場所で長く商売をしているのだろうか。奥に年老いたおばあちゃんが座っている。
「こんな古い壊れかけの荷台、この値段でも高いくらいですけど。いちおう魔法のカラクリがついているのですね」
メリアがすこし小馬鹿にしたような口調で、店主と向き合う。
いきなり「壊れかけ」だの「高い」だの、そんな事を言ったら怒るんじゃないの?
僕はハラハラしてしまった。
「お目が高いネ、魔女さま。ご推察の通り、これは十年前に作られた、初期型の魔法のカラクリネ。でも、丈夫で長持ち、こうして今でも売っているネ」
自信満々で商品を勧めてくる。
「本当に動くのかしら? 見たところ魔法石で回転させるタイプではありませんね。旧型にもほどがあります」
メリアは魔法のカラクリについても詳しいのかと驚く。
「アッハハ、最新型の魔法回転石を使った車は、最低でも金貨千枚はくだらないネ! 高い、高い! でも、これは旧式の初期型だから、とってもお安い。お買い得ネ」
「初期型、確か……蒸気ですか?」
「お若いのに流石はお詳しいネ!」
店主さんがパンと手を打ち鳴らす。
「え? 蒸気ってなに? どうやって動くのさ?」
ロリシュが口を挟む。僕もエルリアもさっぱりだ。
「薪や焦熱石でお湯を沸かし、その蒸気の圧力を回転力に変換して、車輪を動かす。とても旧式のカラクリですわ」
「すごい……!」
「お湯と蒸気で動く? なんだかよくわからないけど」
<つづく>




