交渉と契約
「この店のフライドチキンはいつ食べても絶品じゃのぅ」
美味そうに肉にかぶりつく女の子は、動く人形みたいだった。フリルつきの赤いドレスに、ツインテールに結い分けたプラチナブロンドの髪。パッチリとした瞳に小さな口。
彼女は僕らの気付かぬうちにテーブルに紛れ込んでいた。
「君が……イフリア?」
「し、信じられない」
「そうじゃと言っておろうが」
僕とロリシュの言葉を軽い調子で肯定するし、メリアの態度が真実であることを物語っている。
つまり本物の『焦熱の魔女』イフリアなのだ。
メリアの話では、この地方を支配する領域の主。メイヴに匹敵する実力を持つと云われる実力者だという。
そんな超大物の魔女がこんな食堂にやってくるなんて、誰が想像するだろうか。
「あー! イフリア様も来ていらっしゃったんですかー!?」
「おぉ、イフリア様、先日は息子が世話になりました」
「一杯奢らせてくださいませんか、イフリア様!」
僕らのテーブルはあっという間に大勢の客たちに囲まれてしまった。隣のテーブルに居たお姉さん、向かい側のテーブルで飲んでいた商人、そして冒険者のリーダーっぽい男の人が、彼女に気がついて立ち上がり、一気に押しかけてきたのだ。
「えぇっ?」
「ひゃぁ?」
僕らは集まってきたお客さんたちに、ぎゅうぎゅうと挟まれた。
「あー、わかった、わかった! だが静かにせぬか。ワシはこのテーブルの客人たちに用があるのじゃ。またあとでの」
食べかけのフライドチキンを振ると、集まっていた客たちは「では!」と、物分りの良い様子で一礼。そして自分たちのテーブルに戻っていった。
店内は何事もなかったように、再び喧騒に包まれる。エール酒を注文する声が飛び交い、料理を運ぶ給仕のお姉さんたちが忙しそうに動き回る。
「なるほどね……」
ロリシュが諦めたように、浮かしかけていた腰を椅子に落とす。少なくともイフリアから殺意や敵意は感じられない。
「何をそんなに驚いておるのじゃ、アルドにエルリア。気を楽に、飲み食いしながら話そうではないか」
「う、うん」
警戒しつつ、飲み物を流し込む。
どうして僕らの名前を知っているのだろう?
魔女イフリアは当然のように僕らの名前を口にした。魔法? とも考えたけれど違う。これは魔法でも何でも無い。この街はイフリアの領域。
すべての情報を手に入れられるし、常に監視できるのだと暗に示しているのだ。
「魔女らとて飯は食うし、飲み歩きもする。お主らの旅を、魔女の知恵で支えるメリアも同じじゃろうて?」
「きょ、恐縮でございます。イフリア様」
さり気なく持ち上げられたメリアは、僕らとは別の意味で緊張している様子だった。
最上位の魔女、圧倒的な存在感を放つイフリアを目の前にして、小さく震えている。
でも、緊張のせいだけじゃない。彼女の表情からは憧れと敬意、そんな感情を抱いているのが読み取れた。
「で、この街はどうじゃ?」
「あ、えぇと、凄く素敵です」
「珍しいものが沢山あって、活気があって楽しいよ」
エルリアとロリシュが素直に答える。
「そうじゃろう!? カカカ」
イフリアは瞳を輝かせ満足気に頷く。そして店内に視線を向ける。
「こうして人々が集まれば、商いが活発になる。さすれば税収も増え、それを元手に新しい産業を興せる。ワシはそれを魔法で手助けする。すると尊敬され、こうして美味いものが食える……という算段じゃ」
「すごいですね」
「うむうむ、なかなか見どころがある子らじゃのぅ。ほれ、赤く燃えるスパイス増し増しじゃ!」
テーブルの上にあった赤い辛味スパイスを、僕のチキンに振りかける。
「うっわ、辛っ!?」
「男子なのじゃから平気じゃろ、カカカ」
僕が知っている街の魔女は、日陰で暮らす隠者のような、遠慮気味な雰囲気の人が多かった。生活に欠かせない『暮らしの魔女』や『洗濯の魔女』『薬草の魔女』などなど、みんな小さな店を構え、ひっそりとお客さんを待っている。
でも目の前にいる『焦熱の魔女』イフリアは自由に街を闊歩し、人々と交流し、関わりを持っている。街が発展して賑やかなことを自分の事のように喜び、楽しんでいる。
恐ろしい災厄をふりまいた『金杯の魔女』メイヴとは、まるで違う。これは、実力に裏打ちされた自信から来るものだろうか。
「そんなに凄い魔女様が、あたしたちみたいな通りすがりの旅人に、何の用ですか?」
「おぉそうじゃったな、ロリシュよ。チキンに夢中になりすぎて、本題を忘れるところじゃった」
ほぼ、骨だけ残ったフライドチキンを皿に置くと、全員の顔を見回す。
「単刀直入に言えば、スカウトじゃ」
「スカウト?」
「なにそれ?」
エルリアと顔を見合わせる。
「むぅ? ヘッドハンティングと言えばわかるかの?」
「頭を射抜く狩り!? やっぱりボクらを殺す気……」
「えぇいエルフの娘よ! 話をややこしくするでない!」
ロリシュにツッこみを入れるイフリア。
「あっ、あの。イフリア様は私達をこの街で雇ってくださるというか、暮らさないか? とおっしゃってくださっているんです」
メリアが遠慮がちにフォローする。
「あ、仲間になれってこと?」
「まぁ……そんなところじゃ」
「ボクらを殺す気はないってこと?」
「ロリシュよ、そんな事をしてワシに何の得があるのじゃ?」
本気で、呆れたように背もたれにより掛かる。
「この店をヌシらの血で汚し、店の評判を落とし、商売が立ち行かなくなれば、美味いチキンも食えなくなる。つまり、なんの得もない。こうして話を持ちかけているのは、互いに得になるからじゃ。ワシは損得勘定、商いを第一に考える。利用価値があるか、無いか。そういうことじゃ」
「つまり、僕らに利用価値があるということですか」
「そうじゃ。ヌシらが持つ退魔の力、通称……エルリアルドの剣。それをワシの陣営に招き入れたい。そう言っておるのじゃ」
「……っ!」
エルリアルドの事を知っている。でも、それは当然か。ヒゲール男爵の館で、魔女リスカートさんが「メイヴを退けた、退魔の力を探している」と言っていた。
仕事でと言っていたのだから、イフリアが指図したのだろう。
「だから身構えんで良い。ワシが『金杯の魔女』のような話のわからぬ魔女と同じと思うてか? お主ら四人をワシの私兵として雇おうではないか。衣食住完全支給、契約金は金貨百枚。そして、日当は一人金貨ニ枚払おうではないか」
びっと指を立てるイフリア。
「えっ百枚!?」
「さらに金貨ニ枚……?」
「てことは一日で金貨八枚!?」
「は、破格の好条件ですわ!」
「ついでに、表の黒山羊も一緒でも構わぬぞぃ。その代わり、必要に応じてエルリアルドの力をワシのために行使するのじゃ」
ふんぞり返り胸を張ると、ニヤリと笑う。
これで交渉成立とばかりに僕らの返事を待っている。
僕らよりも年下の見えるのに、圧倒的な余裕と交渉力。いったいこの子……イフリアはいくつなんだろう。
でも、僕の答えは決まっていた。
「ごめんなさい。僕たちは旅をしているんです。エル……妹の呪いを解くために。行かなきゃならないんです」
「『天秤の魔女』アルテアの元へ、かの?」
「どうしてそこまで」
「……わからぬと思うてか? 魔女の同業者のネットワークは大きく大陸に広がっておる。個々では弱き存在ゆえ、魔女のつながりは強固なものじゃ」
「メリア……?」
押し黙るメリア。もしかして師匠のリヒテロッタさんや、他の魔女たちを通じて僕らの情報はある程度、知られているということだろうか。
「して、ヌシの妹……エルリアの半竜人という姿は、一見すると不憫な呪いじゃ。だがそれは認識が違うのぅ。いわば福音、祝福じゃ」
「福音て、良いものだっていうの!?」
ロリシュが抗議する。
「そうじゃ。いにしえの伝説級魔法、退魔の力という複雑高度な魔法術式を、人の身でありながら無詠唱、ほぼ自動励起するために必要な魔術的構造を、合理的に成しておるとワシは見るがのぅ」
火の粉のような光を秘めた瞳が、エルリアを見据えている。
その輝きは魔法の光。難しくて半分ぐらいしか理解できなかったけれど、呪いの秘密を看破し、言い当てたのだ。
その証拠にメリアは愕然としている。
「そういう……ことなのですか」
「エルリアルドは、お主らを少なくとも助ける力じゃ。必要に応じて引き出し、それを徐々に使いこなしておるようではないか? ヒゲールの怨霊を昇天させたようにのぅ」
「イフリア様でも解呪は出来ないのですか?」
メリアが意を決して尋ねる。
「このワシでも解呪はおろか、解読さえままならぬ。じゃがエルリアルドの魔法構造は、大方そんなところじゃろう」
『金杯の魔女』メイヴと双璧を成す伝説級、『天秤の魔女』アルテアの魔法。
それは呪いではなく福音……?
エルリアの身体を蝕む呪いでありながら、この退魔の力で結果的に生き延びてきた。
だったら、これを交渉に使う。
僕は賭けに出た。
「せっかくの申し出ですが、衣食住はいりません」
「ほぅ……?」
「その代わり、この大陸の果てに行く力を、かしてもらえませんか?」
「ヌシら莫大な利益を生む逸材を、みすみす逃せと?」
声を低め、瞳を鋭く光らせる。
僕は頷いた。
「もし、そこでエルリアが呪い……それを福音や祝福と呼ぶのは勝手ですが。それを『天秤の魔女』に解いてもらえたら、そこで開放された『退魔の力』は差し上げます。あとは好きにして構いません」
「ふぅむ、そう上手くゆくかの? お主らが旅の途中で死なぬ。とも限らぬ。死なれては折角の価値がパァじゃ。それより、この安全な街で暮らし、力を解析し、蓄え。やがて大陸の果まで、メイヴやアルテアさえも倒し、圧倒する……! そういう夢を見る手もあるぞい?」
イフリアは一息に言い終えると、「しまった」とでも言いたげな表情を浮かべた。そしてテーブルに肘をつき、組み合わせた両手の上に小さな顔を乗せた。
「僕らは魔女様みたいに、何百年も生きられません」
「今、ボクらは旅をしたいんだ」
「お願いです」
「私からも、お願いします」
しばしの沈黙。店の喧騒はいつしか耳に入らなくなっていた。
「……ベンチャーに投資するのも一興、かの」
「ベンチャ……?」
「どのみちアルド、ヌシらはこの先、エルリアの力を狙われる。数多の魔女にとっては、魔法を失いかねない危険な力じゃからの。それが失われるのはワシとしては実に惜しい。しかし強制すれば、その力でワシに歯向かうであろう? それは互いに損失が生じるゆえ、避けねばならぬ。となればワシが後ろ盾として投資、つまり庇護下にあると、他の魔女共に知らしめる、代案じゃ」
「僕らを行かせてくれるんですか?」
「構わぬ。じゃが、ワシと契約してもらうぞい。裏切ればその身を焼く、焦熱の契約じゃ」
<つづく>




