襲来、焦熱の魔女イフリア
「「「「かんぱーい!」」」」
僕らは食堂の一角で、木のジョッキをぶつけあった。ゴクゴクと一息に飲んで、ぷはー。
僕らの乾杯は、大人たちの真似事だ。
「んっ……美味いっ!」
喉ごし爽やかな乳酸菌飲料が疲れた身体に染み渡る。これはラッシィという飲み物で、この地方の名物だとか。
牛の乳を発酵させたものを、冷たい水で薄めた甘酸っぱくて爽やかな飲み物で、ちょっと泡がプクプク浮いている。
「アルドに白いヒゲが生えた」
「えっ? ていうかエルだって鼻の下に生えてる!」
「うー!?」
「毛深いアルドってなんか嫌ぁ」
「そんな嫌がらないでよ」
僕だってヒゲぐらいそのうち生えらぁ。
「そういうロリシュにも生えてますわよ。あっ、私にも髭が……」
皆で一斉にごしごしと口を拭って大笑い。
泡が白いヒゲみたいになるのがこの飲み物の特徴らしい。
横のテーブルにいたお姉さん集団が、僕らの様子を見て「うふふ、かわいいわね」と笑っている。派手な服を着ているので、夜のお店で働く人たちだろうか。
ここは街の大衆食堂、『腹十二分目亭』。店内は夕刻ということもあり大勢の人たちで賑わっていた。
全部で二十テーブルはありそうな広い店内は、食べ物の匂いとお客さんたちの笑い声で満ちている。
お客さんの多くは今日の仕事を終えた職人さん、商人っぽい旅人たち。それに僕らと同じような見た目の「冒険者」風の人たちで占められていた。
大人たちが美味しそうに飲んでいるのは、注文のメニューを見ると『麦汁発酵酒』と書かれていた。確かジラールが美味しそうにガブ飲みしていたものだけれど、以前一口飲ませてもらったとき、あまりの苦さとマズさにビックリした。
大人はあれが美味しいのだろうか……?
「お料理が来たよ!」
「おまちー! 当店自慢のミートパイと、スパイシーフライドチキン大盛り! それと果物盛り合わせネー」
「「「おいしそう!」」」
店員のお姉さんが、料理をデン! と置いた。お勧めの大皿料理が二つ、テーブルの中央を占拠する。
「それと、表にいる黒山羊ちゃんにもご注文通り、野菜の切れはしを、あげておきましたからネー」
にっこりと微笑むのは、猫のような耳をした、赤毛の亜人のお姉さんだった。店に入るときに、ペーター君のご飯を頼んだのだ。
「ありがとうございます。これ」
銅貨を三枚渡す。メリアが「頼んだらチップを出すのが礼儀ですからね」と教えてくれたのだ。
「あらあら、ありがとネー」
「いやぁ」
「追加注文は、いつでも歓迎ネー」
「はいっ」
去って行く彼女のお尻には、長いネコのような尻尾が生えていた。エプロンを結んだリボンの下から覗いた尻尾が、しなやかに動く様子が可愛い。エルリアの竜の尻尾とはまた違って――
「痛ッ!?」
いきなり誰かに向こう脛を蹴られた。
何で!? 慌ててテーブルを見回しても、ロリシュもエルリアも知らん顔で料理を切り分けていた。
「四等分だから簡単だね」
「八等分にしないと、大きくて口に入らないー」
もう……なんなのさ。
ミートパイを切り分け終えると、いよいよ料理を頂く。
思い思いにかぶりつくと、ミートパイの中は濃厚なソースでいっぱいだった。お肉とトマトソースと香草が、絶妙にマッチしているし、生地がパリパリで香ばしい。
「美味いっ!」
「最高ー!」
「おいひい」
「うん、美味ですね」
フライドチキンもジューシーで超おいしい。
とにかく僕らは腹ペコで、どれもこれも美味しかった。街にいるとこんな美味いものが食べられるんだなぁ。
「美味しいものの、お金があればこそですけどね」
「だいじょうぶ? こんなに豪勢な食事で」
「賞金報酬に期待して……ですけれど」
メリアが口の汚れを拭き終えると、メガネを指先でもちあげた。会計担当メリアの計算上、僕らの残り資金でも食事をして二晩ぐらいはお宿に泊まれるらしい。
僕らは黒猫のギルドからの報酬に期待している。ヒゲール男爵の館に巣食う悪霊を退治。その依頼を達成した成功報酬に。
「ほら、アルド! 早く食べないとチキンが無くなるよ」
ロリシュが肉をすごい勢いで食べている。ベジタリアンのエルフでもビーガンほどには厳格ではないらしく、美味しいお肉はたべるらしい。
「うん」
僕らの声は、賑やかな店内の喧騒に吸い込まれる。
大笑いしているテーブル、乾杯を繰り返しているテーブル。どこもかしこも楽しい夕食の一時だ。
ちょっとだけ自分も大人になったような、そんな気持ちなる。
他のテーブルには、魔物討伐を終えたらしい冒険者の一団が、何組か見えた。
僕らも今日はクエストを達成した。困難の連続で、かなり苦しい戦いだったけれど、成長できた気がする。
身体はヘトヘトだけど、やりとげたという達成感と、充実感がとても大きい。それはロリシュもエルリアも、メリアも同じらしかった。
でも、想定外のことも沢山あった。
助けてくれるはずだった先輩冒険者たちの裏切りと、暴走だ。
カルビアータの兄貴さんは「なんだかわからねぇが、先輩方が迷惑かけちまった。本当にすまねぇ……!」と、僕らに謝ってくれた。
揉めたくなかったし、責める気にもならなかった。
結果オーライなので僕らは一緒に帰ることにした。
ぐったりしたムチリアさんに肩を貸し、放心状態のリスカートさんを連れて街まで戻ってきた。
カルビアータさんとは、明日ギルドでの「事情説明」で落ち合うことを約束し、さっき別れたばかりだ。
報酬が支払われるのは早くても明日。
現地の確認とクエスト達成の評価。その判定が終われば支払われるらしい。
それともうひとつ。気がかりなこともある。
この街を支配する焦熱の魔女がエルリアルドの剣を探している、という事もわかった。
僕らの剣の秘密を探り、狙っているようだ。気を付けないと、余計なことに巻き込まれたら面倒だ。
まぁ、今は心配しても仕方がない。とにかくチキンをもうひとつ食べたい。
「あれ? 僕のが……無い」
皿にあったはずのフライドチキンが消えていた。
「美味しいね、もっと食べたい」
「もう一皿頼もうか!」
「賛成ですわ」
「お姉さん、追加注文じゃー!」
はーい。とさっきの猫耳のお姉さんが戻ってきた。
「フライドチキンを全員分、追加でお願いします」
ロリシュが言うと、給仕姿の猫耳お姉さんが、ひいふうみい、と数える。
「五人前、追加ですね。少々まちー」
「よかった。僕ももうひとつ食べたかったんだ」
「あのチキンだけ食べ続けたい」
「エルちゃん、太るってば」
「うぅ、私も勢いで頼んでしまいましたわ」
「揚げたては美味いからのぅ。特にこの皮がじゅわっ……」
――って!
「「「「誰!?」」」」
みんなの視線が一斉にテーブルの一点に集まる。
エルリアとメリアの間にちょこん、と入り込んで座っている女の子に。
もぐもぐとフライドチキンを食べている。
「あっ、それ僕のじゃん!」
「早い者勝ちじゃ。ボケーと女の尻など眺めているお主が悪い」
「そうだそうだー!」
「アルドが悪い」
なぜか同意して気勢をあげるロリシュとエルリア。
赤いドレスを着た人形みたいな格好の女の子は、ニカーと楽しげに笑っている。
「君……どこからきたの?」
周囲を見回しても子連れファミリーは見当たらない。
年のころは十歳かそこらだろうか。ツインテールに結い分けた金色の髪が人形みたいな印象だ。
「迷子?」
「お母さんか、お父さんは?」
「店員さんに聞いてみましょうか」
「不要じゃ」
雰囲気が変わる。
パチンと小さな指を打ち鳴らすと、指先にボッと炎が燃え上がり、一瞬で消えた。
「手についた脂だけを……燃やした!?」
メリアが唖然とする。
その意味を、僕らも察する。魔法使いだ。それもかなり上位の、底知れない力をもつ――
「ワシは、この地を治める魔女、イフリアじゃ」
瞳に赤い火の粉のような光が渦巻いた。
「イフリア……!?」
「小さな子なのに?」
「焦熱の魔女……うそでしょ!?」
僕もエルリアもロリシュも、信じられなかった。
けれどメリアだけは違っていた。落ち着いた様子で、恭しく向き直ると一礼をする。
「……お初にお目にかかります、私は魔女見習いのメリアと申します。ご無礼をお許しください」
「あーよいよい。ぶれいこうじゃー。苦しゅうない、チキンでも食べながら、まずは話そうではないか」
<つづく>




