焦熱の魔女イフリアと猫の魔女ジュルジュ
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魔法工術都市ディルスチームア。
レムリア大陸のほぼ中央に位置する巨大なクレーター状盆地、『月の印』の内側に存在する街だ。
地熱により噴出する蒸気の力と、魔法の力を融合させた技巧より、産業が発展した都市は、大陸全土を見回しても他に類をみない。
経済活動と魔法文明の発展に寄与したのは、一帯を領域として支配する魔女――『焦熱の魔女』ことイフリアの手腕と采配によるところが大きい。
しかし、支配者たる魔女イフリアを目にした者は、皆一様に驚きを隠せないという。それは、まるでドール人形のように、愛くるしい少女の姿をしているからだ。
無論、その姿が真の姿であると思うものなど、誰一人として居はしないのだが。
『ただいま戻りましたにゃ』
黒猫が広大なバルコニーの手すりに飛び乗った。人語を話す猫は、疲れた様子で全身を伸ばすと、ペロペロと赤い舌で手先を舐めた。
ディルスチームアの街の中心部に立つ塔。その最上階にほど近いバルコニーは、魔女イフリアの居城でもある。
「ご苦労じゃったの、ジュルシュ」
プラチナブロンド色の長い髪をツインテールに結わえ、赤いリボンを頭の左右にあしらった魔女イフリアが、持っていた魔導書を閉じた。
あどけない顔立ちに、つぶらな瞳。しかし黄金色の瞳には、常人ならざる光が宿っている。まるで火の粉のような赤い輝きが、時おり見え隠れする。
『収穫は大いにありましたにゃ』
「ほう。して、首尾は?」
フリルのついた赤いロリータ風ドレスに身を包んだイフリアが、急かすように問う。
『にゃぁ……』
しかしジュルジュは、猫特有のつーんとした仕草でそっぽを向くと、ぺろぺろと手を舐め、顔や耳の手入れをつづける。
「ったく。南国産の干し魚じゃ。極上品じゃぞ」
イフリアは小さく嘆息すると、テーブルの上にあった袋を手繰り寄せた。そして中から茶色い干物を取り出し、左右に揺らす。
『にゃぁ……!』
ジュルジュは瞳を輝かせると、半円形のバルコニーの中央へと軽い足取りで進み出た。
そこで姿勢を正すや、全身から黒いオーラを立ち上らせる。するとジュルジュは猫から人へとその姿を変えた。
「『猫の魔女』ジュルジュよ、約束の対価じゃ」
「にゃん。すてきな対価を頂戴し感謝、感激にゃ。焦熱の魔女、イフリアさま」
肩までの長さの黒髪に、ぴんと上を向いた猫の耳。尻の後ろからは長い尻尾が生えている。
顔はどことなく悪戯好きな子猫のよう。瞳は青く、くりくりとよく動く。
猫耳の半獣人。亜人族の魔女、ジュルジュ。
「いつも世話になっておるからのぅ」
『イフリアさまに永久の忠誠を……』
猫の魔女ジュルジュには、猫たちを統率する魔力があった。猫はネズミを捕る。食料の保全や、疫病の予防。それに癒し……。飼い猫たちの存在が、街の発展を裏から支えている面もあった。
「たわけ、ネコに忠誠心などあるものか。欲しいのはコレじゃろうに。ほれ」
「にゃぁ……!」
イフリアが投げて寄越した干物を。嬉しそうにキャッチするジュルジュ。
「次はマタタビを頂けたら嬉しいのにゃ」
「産地への通商路の回復を急ぐのじゃな」
「にゃはは、そうでした」
魚の干物を咥えつつ、頭の後ろをかく。
ジュルジュは身体にフィットした、青いショートドレスを身に着けていた。膨らみの少ない胸元から、太ももまでを申し訳程度に隠している。人間の年頃なら十三かそこら。しかしネコ族ならばその見た目とは裏腹に、長寿の範疇にはいるだろう。
「成果はあったようじゃな。その様子ではよい知らせを期待して良さそうじゃが……」
「はいにゃ。まずヒゲール男爵の『呪いの館』は、本日をもって閉館となりましたにゃ。巣食っていた悪霊や死霊は全滅……。綺麗さっぱり居なくなりましたにゃ」
明るい調子でジュルジュが報告する。
「ほぅ? 初級魔女の肝試し、除霊魔術の鍛練場として、実に丁度よかったのじゃが。少々惜しいのう」
イフリアは机に肘をつき、右頬を指先で支える。
「にゃはは。並みの術者なら、入り口で逃げ帰りますからにゃ。今回アタックしたパーティは、合格だと思うにゃ」
「例の災厄の生き残りの一行かの」
「ですにゃ。流れ者の冒険者が領域に踏み込んだ場合、ミーの仲間が漏れなくチェックしておりますにゃ。そのなかでも例の五人組……あ、いえ四人と一匹のパーティは最初から不思議な感じがして、目をつけておりましたにゃ。そして、これが大当たりでしたにゃぁ」
尻尾の先をつまんで、毛並みを整えるジュルジュ。
「ついに見つけたか、例のものを」
にいっと野心むき出しの表情で、口角を持ち上げるイフリア。
災厄を大陸に振り撒いた『金杯の魔女』メイヴは、最強にして最凶。そんな不死に近い最強の魔女を退けたという「退魔の剣」通称、エルリアルド。
その剣を使う者を探し出せ。
可能なら剣を奪え。
奪うことが難しいなら、抱え込め。
メイヴさえ退ける剣の力を手に入れ、大陸を分割支配する他の魔女どもを征する――。
剣の秘密を解き明かし、なんなら量産し、魔女の騎士団を作ってもいい。さすればやがて、レムリア大陸全土の支配という遠大な目標が成就する時が来る……!
それがイフリア、超上級魔女が抱く野望だった。
「そんなに血走った目を向けないでほしいにゃ……。話は順を追ってするからにゃぁ」
「うぅ、じれったいのぅ」
浮かせかけた腰を再び落とす。
「ミーのギルド、『黒猫のギルド』が紹介した仕事を見事、クリアしたのは、ナスタリア王国からきた者たちにゃ」
「災厄を生き延びただけでも大したものじゃ」
「ですにゃ。実際、ヒゲール男爵の館に巣くっていた死霊や悪霊を退治したパーティの力は本物にゃ。まぁ、危うい場面はありましたが。そして館の主にして死霊どもの親玉……禁断の悪魔契約により暗黒死霊化したヒゲール男爵さえも滅したことで、試験の第一段階は合格にゃ」
「ふん……。あの程度の死霊を倒すなど、上級の魔女がいれば済むであろう。パーティに上級クラスの魔女でも混じっておったのではないか?」
懐疑的な質問を投げ掛ける。
イフリアは指先に炎を灯し、バルコニーの外に向かって軽く放った。バルコニーの手すりに並んでいた燭台に炎が次々と灯る。
外はいつのまにか日が暮れつつあった。
「あのパーティにいたのは、見習いの『生活の魔女』が一人だけですにゃ」
「なんじゃと……? それで死霊どもを退け、ヒゲール男爵の怨霊を消したと申すのか」
「そうですにゃ。更にはヒゲール男爵の怨霊のみならず、彼が召喚した悪魔さえも消し去りましたのにゃ」
「なんと!」
「ミーが見た限り、退魔の光を剣に宿す、光の魔法の一種か。……ううん? でも、光る矢も使っていたし、光る盾もあったにゃぁ。なんだかよくわからなかったのですにゃ」
たはは、と苦笑する猫耳の魔女。
「なんじゃそれは……? はっきりせぬか!」
マトを射ない言い方に苛立つイフリア。
「ことば通りにゃ。退魔の力を使ったのは一人ではないのにゃぁ。剣で死霊やヒゲールを斬り倒したのは少年……たしかアルドという名だと思いますがにゃ。でも仲間のエルフも矢で死霊を倒したり、アルドの妹も盾で死霊の攻撃を防いだり……。あ、それに連れの家畜、黒山羊もなんだか普通じゃなかったですにゃ」
腕組みし、首をかしげるジュルジュ。
「そんなバカな話があるか」
「事実ですにゃ。ちなみにですが、ギルドでヒゲール男爵の館を紹介する前に、街でアルドに剣士を差し向けてみたのですが……。腕前は、いっぱしの剣士ではありましたが、持っていた武器はごく普通でしたにゃ」
「ふぅむ……? もっと調べてみる必要はありそうじゃのぅ。そのアルドとやらが退魔の剣、エルリアルドを持つ聖剣使い……なら話は早いのだが」
イフリアも首をかしげる。
聖剣持ちなら剣を奪うなり、身内を人質に脅すなり。あるいは懐柔してしまえばいい。
しかしジュルシュの報告では、エルリアルドの剣には実体が存在しない。剣やただの武器に宿らせてつかう魔法の一種。
しかも、まるでパーティ全体が「退魔の力」を使っているようにも思える。
「そこで試験は即座にステージツー。第二段階へ移行したにゃ」
「魔女リスカートのパーティをぶつけたのか」
「はいにゃ。その結果、悪魔を憑依させた強化戦士ムチリアを撃退。さらに、憑依本体である悪魔イノロスタルフを撃破したにゃ」
猫のようなしぐさで、手の甲を舐める。
「悪魔を倒したとなれば、ただ事ではないぞい。退魔の力の存在を、エルリアルドという力を認めざるを得ぬ……。倒したのは、アルドという少年かの?」
「まぁ、前衛として止めを刺しましたがにゃ。パーティ全員でうまく連携して戦っていた印象ですにゃ」
「ますます興味が出てきたのぅ。ところで、例の魔女。ヒゲールの娘、リスカートはどうなったのじゃ?」
「魔力の源である悪魔、イノロスタルフを撃破されたことで、完全に魔力を失ったようですにゃ」
「そうか……」
意外にも、イフリアは沈痛な面持ちになる。
「ま、禁忌の魔法、闇の魔術の使い手でしたからにゃ。正直、ギルドでも厄介払いができたという感じですにゃ」
対するジュルシュはあっけらかんとした様子だ。
「そう言うでない。狂人の娘、不憫なことじゃ」
この地を支配する魔女として、狂人・ヒゲール男爵を知らぬはずもない。
魔女に恋い焦がれるあまり、忌まわしい悪魔召喚の儀式に手を染めた。そして家族や侍女らの命を供物に呪われた儀式を執り行い、召び出した悪魔にその身を食い尽くされた。
望み通り、魔力を手にいれた男爵は、肉体を失い永遠の牢獄に囚われた。怨霊として館に縛り付けられたのだ。
ヒゲール男爵の一族のなかで、生き残ったのはただひとり。
長女のリスカート。
父親の形見――といえば聞こえは良いが、要は悪魔の呪い――を若き身に受け継ぐことで魔力を得た。後天性の魔女にして人造魔女、リスカートの誕生だった。
魔女を束ねるイフリアは、そんな彼女を不憫に思い、配下である黒猫の魔女に預けた。その後はギルドで仲間と共に様々な成果をあげたことまでは聞いていた。
しかし、魔力の源は悪魔の力。
リスカートがギルドで頭角を現すにつれて、仲間の戦士ムチリアを「悪魔憑き」にしているとの噂もあり、評判はあまりよくなかった。
「しかしですにゃ。悪魔憑きの戦士ムチリアから、悪魔を追い出したのが、光る角をもつ黒山羊……。というのがまた、謎なのですがにゃぁ」
ジュルシュの言葉に、イフリアが怪訝な顔をする。
「さっきからなんなのじゃ、その黒山羊は?」
「ミーが話した感じだと、ただの黒山羊じゃないようですにゃぁ。あれは……人の魂? 記憶の欠片? よくわかりませんが、何か秘密があるようですにゃ」
「ますます面白い、ワシも会いとうなってきたぞい」
「イフリアさま御自ら……? まとまる話も、まとまらない気がしますがにゃぁ……」
「なんじゃと!?」
「なんでもないですにゃ」
魔女ジュルジュは黒猫に姿を変え、闇にとけるようにどこかへと走り去った。
「……ワシは、欲しいものは何でも手にいれたくなる性分でのぅ」
暗闇を煌々と照らす魔法の明かりに彩られた街並みを見下ろしながら、焦熱の魔女イフリアは静かに呟いた。
<つづく>




