四人と一匹、旅のはじまり
◇
「久しぶりの上玉の魔物、逃がしませんよっ!」
魔女のメリアは嬉々として『運気低下』の魔法を励起した。白く輝く魔法円が出現するや否や、草原の上を滑り青鬼に命中する。
『フガッ!?』
「やった」
不運にも足を滑らせて転倒する青鬼、ブルーオーガ。背格好は人間に似ているけれど、乱暴で醜い化け物だ。
この辺りを根城にし、旅人を襲って食料を奪う小悪党。なので近くの宿場町のギルドで討伐依頼が出ていたのだ。
とはいえ、ギラギラした目で上玉だの逃がさないだのと叫ぶ、メリアのほうが盗賊っぽいと思うけど……。これは心にそっとしまっておこう。一緒に旅をする女の子の機嫌を損ねると、後々面倒なことぐらい鈍い僕だって学習ずみだから。
「今よ! しくじったら晩ごはん無しですからね!」
メガネに銀色のお下げ髪。魔女見習いのメリアが、近くの大岩の上に杖を差し向ける。
「わかってるわよ、メリアにいわれなくたって!」
岩の上に陣取っていたのは狩人のエルフ、ロリシュだ。
離れた位置にいたロリシュが素早く矢を射った。文句を言いつつも放った矢は、吸い込まれるように青鬼の眉間を射抜いた。
スコッ! と、心地よいほどのクリティカル。距離にして十五メル。弓の名手が外す距離じゃない。
『グ、ガッ……?』
青鬼は矢が刺さった頭部から、ブクブクと紫色の泡を噴き出し、ドロドロに溶けだした。顔から肉が剥がれ、露出した骨もすぐに紫色の泡になって溶け落ちる。
瞬く間に魔物は泡となって消え、かわりに金貨が三枚、その場にチャリンと音をたてて転がった。
「やったわ、野宿脱出ね!」
「もうそればっかり」
大陸を跳梁跋扈する魔物――コインモンスター。
かつて『金杯の魔女』メイヴが硬貨から生み出したのがコインモンスターだ。
魔女は金貨や銀貨、銅貨など、人間の欲望を吸い込んだお金を魔物に変えた。だから魔物を倒せば、硬貨が手に入る。
それはかつて、ナルリスタ王国を混乱に陥れた魔女メイヴによる災厄に起因する。硬貨モンスターは、魔女を退け動乱が収まった後も存在し続けた。
今や魔物は大陸全土に散り、各地で悪事を重ねている。
でも腕に覚えのある賞金稼ぎや傭兵たちにとっては「良い稼ぎ」になっているらしい。とはいえ、僕らのようなただの旅人にとっては危ないことこの上ない存在だ。
「ま、楽勝だねっ」
ロリシュが軽く親指を立てる。若草色の髪の隙間から、エルフ特有の尖った耳が見え隠れする。
「金貨級のモンスターだったのね」
「でも一匹だけってことはないよね」
メリアとロリシュは視線を交わすと、再び周囲を警戒する。素早くロリシュは次の矢を弓につがえた。
『メェ』
彼女たちのいる場所の横では、黒山羊がのんびりを草を食んでいた。荷物運びには欠かせない旅の相棒、黒山羊のペーターくんだ。
魔物の気配には敏感なペーターくんの様子から、メリアとロリシュの周囲には魔物は居ないのだろう。
でもロリシュの言うとおり、今倒した青鬼は群れで行動する。一匹だけとは思えない。
周囲は開けた草原地帯。東から西へと、馬車が通る街道が通っている。少しだけ逸れたこの場所は、綺麗な清流が流れ、木々の生い茂る小さな森のような場所もある。
ロリシュがよじ登ったような、身の丈ほどの大きな岩が点在し、身を隠すにはもってこい。
街道沿い近くにあるこうした場所は、旅人が休息するには都合がいい。だから旅人を狙う魔物も潜みやすい、ということになる。
「僕とエルで岩場の陰を見てくる。ロリシュとメリアはそこから援護して」
「アルドくん、エルリアちゃん、気をつけて」
メリアの声を背に、僕と妹のエルリアは慎重に進む。
短剣を構え、ゆっくりと大きな岩場へ。そこは森と川辺への獣道のように踏み固められていた。
「アルド、魔物の臭いがする」
妹のエルリアは小声で囁くと、僕と肩を並べた。
緊張からかエルリアは背中の小さな竜の翼を動かした。腰の後ろからは1メルほどもある竜の尻尾が生えている。盾を構える手の甲は薄い竜の鱗で覆われている。
そう。
双子の妹、エルリアは半竜人だ。
これは魔女による呪いの影響だ。生まれた時、お母さんに魔女が呪いをかけた。呪いはエルリアだけが引き受けて、こんな姿で生まれてきた。
幸いなことに顔は人間だし、翼と尻尾という見た目が皆とすこし違うだけで、エルリアはいたって普通の女の子だ。明るくて、よく笑うし、よく食べる。茜色の瞳に少し縦長の虹彩。艶やかな赤い髪をポニーテールに結わえている。
大切な僕の妹、エルリア。
いつかこの呪いを解いてあげたい。その一心で僕は――ぼくらは旅をしている。
呪いをかけた魔女――天秤の魔女アルテアを探し出し、呪いを解いてもらう。レムリア大陸の東の果てに棲むと言う魔女。
そのために他の魔女たちの支配する領域、テリトリーを通り、旅を続けている。
「油断しないで、エル」
「平気。アルこそ」
エルリアは手に大きな盾を持って構えている。前衛として防御に徹した『盾使い』だ。
僕が前衛の剣士、エルリアが防御特化の盾使い。
エルフのロリシュは中距離支援の弓使いで、メリアが後方支援と全体の指揮を担う魔法使い。
僕ら四人は力を合わせて旅をする。
黒山羊のペーター君も……実はすごい秘密があるけれど、切り札なので黙っておこう。本当のピンチ以外はいつも草を食べているのだから。
『フガァアアア!』
『ムギョオオオ!』
青鬼、ブルーオーガが二匹、飛び出してきた。
手には錆びた剣を持ち、叫びながら突進してくる。動きが早い。あっという間に間合いを詰め、エルリアめがけて斜めに剣を叩きつける。
「エル!」
「うんっ」
ゴォオン! と分厚い地金に激突する音が響く。
普通の女の子なら吹き飛ばされてしまいそうな魔物の一撃を、エルリアは盾で受け止める。呪いの力、半竜人の為せる技だ。
ズッ、とエルリアの足元が滑る。
けれど、
――剣式、風斬!
僕の剣は既に青鬼の首を捉えていた。上半身をひねりつつ、魔物の首を切断する。
『ブ、ヒュッ……!』
エルリアに剣を叩き込んだ青鬼はそのまま崩れ落ちる。
でもまだもう一匹。
剣を放った勢いで、軸足を中心に身体をひねり、飛ぶ。
仲間の首が失くなったことに驚く青鬼の胸に、僕の剣が深々と突き刺さった。
コッ、とコインが切っ先に触れる音がして、背中にコインが突き抜けた。
『ビアッ』
二匹の青鬼は同時に、紫色の泡になって消えた。
剣の先に刺さっていたコインを見ると銀色に光っていた。
「あれ、銀貨だ……」
僕はちょっとガッカリした。
でも、これで今夜の宿代は手にはいった。
<つづく>




