悪魔の力、女戦士ムチリアの猛攻
『うグゥ! この力はアタイのもんだ……!』
全身を黒い魔法が侵してゆく。ビキビキと腕の筋肉が盛り上がり、黒い血管が浮かび上がる。
ムチリアさんはまるで、暗黒の魔法に囚われた狂戦士みたいだ。
「悪魔が貸与する力を彼女に展開しているの。強い意志の力により制御下に置いて、アンダーコントロール。それによりムチリアは常人の何倍もの力が出せるの。これが私の魔法…………超稼働暗黒労役者よぉ!」
「悪魔の力を借りるなんて、そんな魔法の使い方………! 許されるはずがありません!」
メリアが震えた声を絞り出し、魔女リスカートさんと対峙する。でも相手は海千山千の魔女。悠然とした様子で、意に介す風もない。
「あぁら? 見習い魔女のお嬢さん。一つ教えてあげる。私は後天的に『木こりの魔女』の属性を得たわ。お父様の夢、魔法使いになりたいという意思を継いで、魔女になった………! 父は狂人だったけれど、魔法をくれた事には感謝しているの。だから、魔法はせめて正しく使うべきだと思ったわ」
「これが正しい使い方だっていうんですか!?」
「戦闘に使える魔法属性、だから戦って勝つことに特化した戦闘術式として磨きあげたわ」
「戦闘用の魔法……」
「実際、これで災厄の魔物どもをたくさん屠った。『金杯の魔女』が生み出した、恐ろしい魔物を退治して回ったの。そして多くの人たちの命を救った……! だからこれは、正しい魔法の使い方なのよぉ」
『そうさ、アタイラは正義ってワケだ……!』
そうか、この人達も魔女の災厄をくぐり抜けてきたんだ。だから彼女らなりの正義や、思想信条もあるのだろう。
でも――
「だからって……! 僕が退魔の剣を持っているからって、何だっていうんですか!?」
「うぅん、それについては……ビジネスね。それと、純粋な好奇心と興味、かしら」
妖艶な微笑みを浮かべる魔女、リスカートさん。
『コレも仕事のウチでね……! 力を……試させて貰うよ……ウグォォ!』
「そんな……!」
ムチリアさんの左腕には、銀色のブレスレットが光っている。それはギルドが認めた『銀竜級の戦士』の証のはず。
なのに――悪魔の力を借りていたなんて。
強い女戦士だというムチリアさん。ジラールのように、鍛え抜かれた強靭な肉体で戦い、手にいれた名誉だとばかり思っていたのに。騙された事に対する怒りよりも、簡単に人を信じ、仲間を危険にしてしまった僕の判断の甘さ、愚かさが悔しかった。
『うらぁあああ!』
再び剣を振り上げ襲ってくるムチリアさん。まるで暴風のような迫力に怯みそうになる。
直接戦うには体格差がありすぎる。それに、殺気は本物だった。
相手は本気で僕を殺そうとしている……!
僕が倒れれば、エルリアが……ロリシュが、メリアが……!
紙一重で剣撃を避ける。床が砕けた。
『どうする少年……! アタイの力に、パワーに、どう抗うってんだい? なにかとっておきがあるのなら、殺されるまえに……見せてみなよぉおッ!』
ブォン、と真横一文字に分厚い鉄の剣を薙ぐ。
僕は大振りな攻撃を避けた。壁際に置かれていた立派な家具が、粉々に砕け散った。
「うわっ!」
なんて威力だ……!
巨大な食器棚が一瞬で破壊された。それに剣が触れた部分から黒い火花が散ったのが見えた。あれはおそらく「悪魔の力」が切れ味を倍加させているせいだろう。
「きゃうっ!?」
破片が激しく散らばる。エルリアは、起き上がろうとしていたペーター君を庇った。
「エルリア!」
「平気……!」
『メゲェ……!』
ペーター君の鼻息が荒くなった。
「くそっ、こうなったら……相手になってやる!」
エルリアから気を逸らすため、注意を僕に向けさせる。
引き付けている間に逃げ出してほしいと考えた。でも、誰もこの場から逃げ出そうとはしない。
エルリアもペーター君も、ロリシュもメリアも。誰一人として僕の勝利を信じている。
『ようやくその気になったかい!』
ムチリアさんが嗤う。
軋むほどの勢いで床板を踏み込み、こちらから仕掛けた。
向かってくるムチリアさんとの正面対決。間合いはわずか2メル。
空気を裂く音よりも速く、分厚い剣が僕の胴体を狙って放たれた。両断しようとギラつく刃を、両手でしっかりと握った短剣で受け止める。
ガギィイイン! と凄まじい衝撃に襲われた。
「うぐうっ!」
『ほぉ……! この一撃を止めるとはね……! ゴブリンどもならこれで三匹は真っ二つの必殺剣をさぁ!』
剣が折れなかったのが奇跡に思えた。
両腕、両肩、背骨に腰にかかる衝撃は、今までに感じたことのない凄まじいものだった。刃と刃がぶつかって、ヂリヂリと黒い火花を散らす。
エルリアルドの光が急速に失われてゆく。
重量級の一撃に押しつぶされそうになりながら、なんとか耐えるのが精一杯だった。
「や、やめてください、戦う理由が……無いですッ」
刃を傾け、滑らせ、僕とムチリアさんの剣を互いに弾く。
体勢をわずかに崩しつつ、二撃目を放ち、再び衝撃が襲う。
ゴォン! と更に重い衝撃に手が痺れた。
――ダメだ、真正面からじゃ打ち負ける……!
三発目を食らう前に、ステップを踏み後方へ跳ね、部屋の外へと逃げる。
『逃がすか……!』
もはやエルリアルドの剣の光は失われていた。
対魔法戦闘が可能な剣でも、魔法や魔物が相手でないなら意味はない。
試すもなにも、ヒゲール男爵の怨霊を消滅させた事こそが、僕らの退魔の剣の真骨頂。
こんな肉弾戦で試されるなんて、完全な見込み違いだ。
でもこうなった以上、聞く耳を持ってくれるはずもない。
ムチリアさんは、魔女リスカートさんの暗黒魔法で肉体や装備を強化して、半ば凶戦士と化している。
何よりも、相手は生身の人間だ。
対人戦闘のルールでは、自分の命が危険に晒された時、人に剣を向けることは許される。
その場合の勝利条件は「倒す」こと。
相手の武器を使えなくするか、動けなくする。
肉体的な戦闘不能、戦闘継続意思の喪失、あるいは降伏か。そのいずれかに持っていかねばならない。
頭ではわかっていても、魔法でパワーアップした手練れの女戦士を相手に、そんな余裕は無かった。
「だったら魔法を消しちゃえば……!」
ロリシュは次の行動に移っていた。
魔女リスカートさんの死角になる位置から忍びより、腰のナイフを抜いて接近戦を挑む。
「ロリシュ、いけない……!」
メリアが制止しようとした、次の瞬間。
魔女リスカートさんが口を開け、声を発した。
「木こり魔法、『山彦裂波』!」
声なんて生易しいものじゃなかった。ボッ! と口の周囲に円形の雲が生じるほどの激しい衝撃波だった。
「わあっ……!?」
「きゃっ!」
ロリリュは吹き飛ばされ、メリアと折り重なるようにして床に転がった。
「ロリシュ、メリアッ!」
「邪魔だから黒山羊ちゃんと同じ魔法で、眠ってもらおうかしら」
魔女リスカートさんは杖の先端を二人に向けた。そこへ盾を構えたエルリアと、ペーターくんが突撃を仕掛けた。
「ダメっ!」『メェエ!』
「――!? ああもう、魔法の邪魔をするのはルール違反なのよっ!」
『おら、他所見してる暇なんてあるのかい!』
「うっ、くそっ……!」
ガッ、ゴッ、と素早い連続攻撃。その一撃一撃が重い!
筋肉に疲労が蓄積し、腕が満足に動かなくなってきた。
ジラールの修行とはまるで違う、人間とは思えないパワーをもった剣の使い手。
突きを放つが剣で弾かれ、逆に体勢を崩される。剣式もすべて見透かされ、反撃の糸口も掴めない。
こんな相手と戦ったのは初めてだ。
「うっ!」
『未熟だねッ! それで終いかい!? 秘剣があるんだろう! みせてみなよ……!』
圧倒され、吹き飛ばされた。
「はあっ、はあっ……!」
まずい、呼吸が乱れた……!
『こんなんじゃ、本気を出せない……ってか? ならバ、バババ……血ヲ……! 剣ニ血ヲ吸ワセ、グゴォオオ……』
あれは、悪魔の声だろうか。ゾッとするこの世のものとは思えない声が重なる。するとムチリアさんはじりっ、と身体の向きを変えた。
血走った視線をエルリアたちに向ける。
『血ヲ……魂ヲ、若キ、娘ノ内臓ヲ……引キズリ出シ、ワレニ……捧ゲヨ……ォゴゴ……』
喉の奥から響く声に導かれるように、ゆらぁと剣を持ち上げてエルリアやロリシュのほうへと向かい始めた。
「や、やめろおおおっ!」
疲労困憊の全身に鞭うって立ち上がる。
「――ムチリア!? 意識を強くもって……!」
想定外の事態なのだろうか。魔女のリスカートさんが、慌てた様子で声をあげた。
ムチリアさんはそれまでとは違う顔つきで、剣を乱暴に振り回し、床や壁を破砕した。
衝撃でエルリアやロリシュにメリア、それにリスカートさんまでもが吹き飛ばされた。
「うわっ」
「きゃ、ああっ!」
『メゲェエエエ!』
唯一、怯むことなく立ち向かおうとしていたのは、ペーターくんだった。
と、その時。
「ちょっ……! ちょちょちょっ、何やってんスかぁあああ!? 先輩ッ……!」
ドドドドと走り込んで、みんなの間に滑り込むように駆け込んできた。
「カルビアータさんっ……!?」
「いったい、これはどういう……!? ってアルド、なんでそんなボロボロなんでぇ? えっ?」
『ウゴァ、アァアアアアアアアアアアア!』
「パ、パイセン、なにバッチリキマッてんスカ……?」
ムチリアさんの咆哮に、カルビアータさんは顔を真っ青にした。
でも、チャンスだ。僕はエルリアたちのもとへと駆け寄った。
<つづく>




