猛襲、ヒゲール男爵の怨霊
「失礼しまーす?」
コンコンコンとドアをノックする。
返事がないことを確認し、ドアノブに手をかける。この先は「死霊の巣食う恐怖の館」の最深部、ヒゲール男爵の書斎になっているらしい。
「アルドとエルちゃんって、変なところで律儀だよね」
僕らの横でドアを蹴り破るつもりだったらしいロリシュが、感心しつつも呆れ顔をする。
「そうかな? だってここは一応、他人の家だし」
「ジラールに礼儀作法は大事にって言われた」
僕らの親代わりのジラールは、王国の元女騎士として、礼儀作法には厳しかった。
「礼儀も何も今日から私はアウトロー。魔法の禁忌を侵してしまった私はもう……」
メリアはどんよりとした顔で、壁際にある魔法の照明用ランプを弄んでいる。
禁じられている焦熱石を暴走させて爆破。生活の魔女としての危険行為、禁忌を破ってしまったこと気にしているみたいだ。
「大袈裟だなぁ。生きるか死ぬかの緊急時なんだし、魔法は使ってナンボでしょ?」
「野生のエルフにはわからない、繊細な悩みなんです」
「はぁ!? なによ人が心配してやれば」
慌てて割ってはいるエルリア。
「まぁまぁふたりとも。お陰で私たちは助かったよ? ありがと、メリア」
「エルリアちゃん……」
「いい? 突入するよ」
「うんっ」
僕とエルリアで両開きの扉を同時に開け、いちにの、で書斎へと踏み込んだ。エルリアは盾を構え左を、僕は剣は抜き右を警戒。攻撃に備える。
「よっ!」
ロリシュが続いて僕らの横から室内に入る。素早く身をかがめて膝をつき矢を構える。狙いは真正面の闇の向こう側。
でも、襲ってくる死霊はいなかった。
「あれ……?」
「しっ……!」
部屋の奥は暗くてよく見えない。けれど廊下からの光で浮かび上がったのは、正面にある大きな黒塗りの机。その向こに革張りの椅子があって、誰かが腰掛けているような気配があった。
『……オォ……』
呻き声か、低い風の音が聞こえた気がした。
暗く冷たい気配が粘り気を帯びて足元を撫でてゆく。
「奥に魔力の気配がありますわ!」
メリアも続いて室内に入る。すると、ギィイイと音がして扉が勝手に閉じた。
「わっ!?」
「閉じ込められた?」
「ま、そんな気がしてたけどね」
僕らは闇の中に飲み込まれた。
でもみんな落ち着いていた。流石にこの程度は想定済み。最悪の時は、後方支援の二人組にドアを破ってもらえばいい。
闇が濃さを増し、気温がぐんぐん下がってゆく。
『…………誰ダ…………?』
「なにかいる!」
「どーせ、死んだ館の主が死霊の親玉になってるんでしょ」
不安げなエルリアを勇気づけるかのように、ロリシュは気丈にタンカを切る。
『……我ガ、儀式ヲ……邪魔スル……モノハ』
「明かりを!」
僕が叫ぶのと同時にメリアが動いた。
「皆さん、閃光注意です! 弾けよ光、闇を照らせ……白色昼光!」
メリアが魔法を唱えながら、何かを部屋の中心へと投げた。
床に小石が落ちて跳ね返るような音が響くや、カッ! と、まばゆい閃光が迸った。
「わっ!?」
「眩し……!」
「あれって、壁の照明器具!?」
ロリシュが言う通りだった。さっきメリアが弄っていた壁の魔法照明具の一部分、光を放つ水晶だ。それが猛烈に輝いて室内を煌々と照らしだしてゆく。
「そうです。水晶に魔力を規定値以上に充填して、過剰反応させているんです! 五分程度は明るさを保ちます。もちろん、これは生活の魔女としての決まりに準じた合法の、大丈夫な……」
「あぁもう、わかったから!」
メリアの解説をロリシュが苦笑しながら遮る。
光に照らされた室内がはっきりと見える。十五メル四方ほどの室内は、赤黒いビロードの天幕がぶらさがり、怪物の体内を思わせる不気味さを漂わせていた。
いくつかある窓には、すべて板が打ち付けられている。左右の壁は巨大な書棚になっていて、古びた本が天井まで詰まっている。
「なんて禍々しい気配、これらの書籍は、すべて魔導書ですわ……!」
メリアが悲鳴じみた小声を発したとき、黒い革張りの椅子がギギギとこちらを向いた。
そこには貴族のような身なりの死霊が座っていた。半透明の髑髏に重なって、青白く生気のない顔が蜃気楼のように揺らいでいる。
「アンタがこの幽霊屋敷の主ってわけ?」
ロリシュが矢を向ける。
『……イカニモ……。ヒゲール・ア・ゲルハリア。究極ニシテ、最高位ノ魔術――祝福サレシ永久ノ生命ヲ得シ、不死ノ魔女ニモットモ近キ、存在……』
目の前にいるのが、ヒゲール男爵の死霊だ。
僕とエルリアは自然に手を重ねていた。躊躇ったり、恥ずかしがっていたりする場合じゃない。それを互いに悟ったからだ。
「オッケ、消えて」
ロリシュは相手の口上も終わらぬうちに矢を放った。
空気を切り裂いて飛翔する矢は、一瞬でヒゲール男爵の眉間を貫通――。
椅子の背もたれにつき刺さった。そこにいた誰もが、死霊に矢なんて通用しないと思っていた。
でも、白骨に重なった半透明の死者の顔、死霊の表情が歪み、苦悶に喘いだ。
『グァア……アァ!?』
「へぇ、もっと気持ち悪い顔になるんだ」
ヒゲール男爵の眉間には、赤いヒビ割れのような乱れが生じていた。通用しないはずの矢がダメージを与えている事に驚く。
「傷!?」
『グ……!? オノレ……!』
「ボクだって精霊魔法が使えるんだよ。破邪とまではいかないけれど、闇払いと厄払祓いのまじないを矢じりに仕込んでみたんだ。意外と効くじゃん?」
「ロリシュ、すごい!」
「さすがエルフ!」
エルリアと僕が思わず感嘆すると、ロリシュは「ふふん」とばかりに唇の端を持ち上げた。
「けれど、完全に怒らせてしまいましたわ!」
メリアは床に魔法円を描き、護りの呪文を唱えていた。僕らに対する防御力上昇、対魔法防御力上昇をするという魔法を全員に重ねがけしてくれている。
『……我ガ……美シキ、至高ノ術式ヲ……乱ス者ハ……ソノ魂ヲ対価トシテ……献上セヨォオオオォオォオ!』
地獄の底から響くような声が満ちた。死霊の親玉、ヒゲール男爵の死霊が、その身を椅子から引き剥がした。
天井に届かんばかりの巨大な姿に息をのむ。黒い煙のような闇のオーラをふりまきながら、骨ばった両腕を振り上げる。
「エルッ!」
「うんっ!」
互いに重ねた手のひらを通じて、心をひとつにする。
みんなを守るため、心の奥底に眠る光の泉を解放する。
エルリアルドの――
『――汝ラ、地ノ悪魔ノ贄トシテ、膝ヲ折リ身ヲ投ジ、冷タキ、躯トナリ、朽チヨ――』
ズゥゥウム!
「ぐはっ!?」
全身が重くなった。思わず膝を折り、床に手をつく。
冷たい岩を真上から落とされたみたいだった。
凄まじい重さに押し潰されそうになる。全身に黒い煙がまとわりつく。よく見れば床から生えた細く黒い手のような煙が、僕らを床にひきずり倒そうとしていた。
「きゃ……ああっ!?」
「なにこれ重ッ……!」
「これはッ……闇の……魔術っ」
エルリアもロリシュもメリアも全員が一斉にひれ伏すように、床に膝をついた。
剣でかろうじて上半身が倒れるのを防ぐ僕。エルリアは盾で、ロリシュは弓で身体を支えている。
「今日はずっとこんなの……ばっかり」
あっというまにギュゥウウウと全身がさらに重くなり、指先さえも動かなくなる。
「ぜ、全体攻撃……! こんな魔法……信じられない……!」
メリアは杖で支えながらうめいた。
『若キ、瑞々シイ悲鳴ハ、良イモノダ……カカカ』
髑髏に重なった死者の顔が不気味に歪む。
「魔女にはなれないはずの、男性の……怨霊なのに……、これほどまでの……魔力を、何故?」
魔女見習いの言葉に、ヒゲール男爵が反応を示した。
『……如何ニモ、魔女ニハナレヌガ故、儂ハ、悪魔ト血ノ契約ヲ交カワシ、膨大ナ魔力ヲ得タ……! 魔女ニ等シキ、不死ノ魂、魔法サエモ凌グ……!』
嬉々としながら両腕を掲げる。
「ふ、不死ですって? 自分が死んで……しょーもない化け物になったことに、気がついてないの? バカなの?」
よせばいいのにロリシュが挑発する。
『エルフノ魂ハ……美味ナリ』
くんっと指を動かすとロリシュの首に黒い紐のような闇がさらにまとわりついた。
「きゃうっ」
「ロリシュ!」
くそうっ!
エルリアルドの剣さえ出せれば……!
その時だった。
外から物音とバタバタという足音が聞こえてきた。
ドドドッ、と床を伝わってくるのは蹄の……音?
『メゲェエエエ!』
「なんだいこの黒山羊はっ!? 外にいたはずじゃ……! カルビアータのやつお守りもできないのかい!?」
「まだ最中なんです、邪魔をさせな……きゃあっ!?」
どっ、と生身を突き飛ばす音と悲鳴。それは部屋のすぐ外から聞こえてきた。
「ペーターくん!?」
<つづく>




